10.トーマスとの別れ
ジハードは、ユーリ達と別れると、すぐに島に向かった。船より早い乗り物が彼にはある。ドラゴンだ。
島には二人に聞いたとおり、小さな小屋があり、懐かしい母の匂いがした。墓もすぐに分かった。まだ彼らの供えた花が、綺麗に咲いていた。
「母さん。良かったな。一人で逝かせてしまうかと思っていたが、最後に一緒にいてくれる奴らがいて。上手に隠れすぎるから、見つけるのに手間取っちまった。母さんは昔から鬼ごっこが得意だったな。」
墓石の前にしゃがみこみ、話しかけた。土の中に、木の端が見える。指先で土を払うと、小さな木の箱だった。
「これは?」
木の箱の中には、手紙が一通。開けば、懐かしい几帳面な文字が並んでいた。弟の文字。
文面を読めばわかる。弟も死んだんだと。墓には花が二束置かれていた。二人分だったのか。
「あの小僧たちに礼をしなくちゃいけないな。それにあの娘。赤い髪に青い瞳。アミュダットの生き残りか?それならば母さんと弟に代わって、俺が守ってやらなきゃいけないな。それを頼みたかっただろう?任せとけ。二人の分まで俺が守ってやるよ。」
ジハードは立ち上がるとドラゴンに跨った。
港町に戻ってみれば、既に二人は町を離れていた。町の人間に向かった方向を確認し、空から先を見渡すと、前方に風魔法の気配がする。間違いない。あの白エルフの魔法だ。
魔法の方に向かえば、閉じた門の周りに野盗が集まり、今にも門を破られそうになっていた。
櫓の上には、さっきの子供二人がいる。
野盗を倒したジハードは、二人と再会した。
再会したジハードは、あの短時間で島の往復を済ませていた。それもドラゴンで!
「ドラゴンなんて、居たんだ。」
「あぁ、山に登った時に見つけて、馬替わりにしている。」
以前は、大きい馬に乗っていたらしいが、空も飛べるのでと、ドラゴンに代えたらしい。
大きい馬って、何?
ユーリの頭の中に普通の倍ぐらい大きい馬が浮かんだ。普通の馬では、ジハードを乗せれないだろう。
ジハードは大きい。何を食べて育ったら、ここまで大きくなるんだろうか。
「お前ら、二人で乗るんなら、その馬やろうか?それともでかくて乗れないかもな。」
トーマスが眉間に皺を寄せる。この男は嫌いだ。トーマスは自分の体つきが嫌いだった。この男は、そんな彼のコンプレックスを刺激する。
「馬鹿にするな!乗れるに決まってる!!」
ユーリは困ったように二人を見た。ジハードは面白がっているが、トーマスは明らかに嫌っている。苦手と言った方がいいかもしれない。
「分かった。今度連れて来てやるよ。」
「いつ?」
「少し離れた所にいるから、一緒に行くか?」
「行く。」
ずっとしかめっ面だが、ついて行くらしい。よく分からない。
そんなこんなで、馬のいる所に行く事になった。
途中、ユーリと、トーマスの特訓もお願いした。ジハードの元には連絡鳥を使った連絡がよく届く。彼はそれを読みながら、ユーリ達の特訓もする。片手間だ。
それが、またトーマスの神経を苛立たせている。
「おい。真剣に相手をしろよ。」
「何でだ?片手間でも勝てる相手に真剣にする必要はないだろう?それともお前は怪我をするのが好きか?」
トーマスは悔しそうに俯き、唇を噛んだ。
ユーリの前で実力不足と言われているのが悔しい。ユーリを守れないと言われているようで、情けない。
そう。自分はまだまだだ。開放された力全てを使いこなせていない。
わかっている。この男は強い。でも……僕は。
ジハードの馬を預けている村に着いた。
馬を見たユーリは驚いて、感動していたが、トーマスは胸が潰れそうになった。
馬は火炎馬だった。人に慣れないと言われている馬の魔物。それを慣らしただけでなく、その貴重な馬をジハードはポンと人にくれようとしている。
トーマスはユーリに頼られたいのに、ユーリはジハードを頼るようになるんだろう。それをそばで見ているのは耐えられない。
離れよう。
トーマスは覚悟を決めた。
「ユーリ」
「どうしたの?トーマス。」
いつになく表情の硬いトーマス。
「ここでお別れするね。」
「どうして?!」
「エルフの里に戻る時が来たんだ。」
「そんな事、今まで言わなかったのに何で?」
「君といて楽しかった。今はジハードがいる。ユーリを守ってくれるから安心して。」
「今まで、ずっと守ってくれたのはトーマスだよ。」
「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。」
トーマスはユーリの左手を持ち上げると、小指に口付けた。小指にシュルっと蔦がまとい、小さな白い花が咲く。
「いつか必ず君の元に戻るから。これは約束の印。お願いユーリ。僕の事忘れないで。」
「忘れるわけない!」
トーマスが凄く綺麗に笑うので、ユーリは胸が締め付けられる。行かないでと言いたいのに、言えない。
村から出ようとするトーマスに、今まで二人で乗っていた馬の手網を握らせた。
「この子、連れて行って。」
「助かる。ありがとう。」
ひらりと跨ると、トーマスはもう振り返らずに去っていった。
トーマス、トーマス、トーマス!!
好きだったのに。ずっと一緒だと思ってたのに。馬鹿馬鹿馬鹿!!
泣いて泣いて泣き崩れたユーリを、ジハードが優しく見つめていた。




