酒場にて
カルスタン帝国属国領ヴォルクと商業都市アルカスとを結ぶ街道の途中にあるとある街。
旅人や商人達が行き交い、街もそれなりに活気がある。街道の治安を守るため冒険者達にも依頼が多く出され、そこを拠点として商人の護衛を行ったり、魔物の討伐を行うものも多かった。
そんな街の冒険者ギルド多くの街にある冒険者ギルド同様酒場を併設した作りで昼間から酒に酔った冒険者達が管を巻く。
その一角に二人のフードを被った人物が腰を掛けていた。二人は頼んだ飲み物を飲みながら冒険者達の話に耳を傾けている。
「――黒装傭兵団が復活したってよ」
「黒装傭兵団?人魔大戦の時に魔物を討伐して回ったってアレか?」
戦士風の男に狩人のような恰好をした男が話しかける。
「五百年も前の話じゃねぇか。まあ子供の頃は憧れたけどよ」
「いやいや最近魔物の動きが活発になってきただろ?魔王が復活したって話もあるから誰かが再結成したんだと」
「よくやるぜ。それよりこの前お前のとこの――」
戦士風の男は肩を竦めて他の話を始めた。
違う場所では同じパーティーだろう男達が話し合っている。
「ここから西に行ったところにある村がなくなったってのはどうやらほんとらしい。」
「魔物か?」
「それが村の生き残りがいないもんで情報が曖昧なんだ。」
情報を仕入れてきたらしい魔法使いの男にリーダーであるのだろう人族の剣士が聞いた。
「偶然その村に泊まっていた商人がいたらしいんだがその男がいうには黒髪の女が一人で村を滅ぼしたとかなんとか」
「嘘くせぇな。変な情報掴まされやがって」
髭を蓄えたドワーフの男が魔法使いに文句をいう。魔法使いの男は困った顔をして続ける。
「でもギルドは嘘だと思っていないらしい。人型の魔族がやったんじゃないかと考えているみたいだ」
「おいおい。こんなところに魔族?物騒な。」
ドワーフの男が嫌そうな顔をして酒を煽った。
「まあ何にせよ当分は西へは近づかない方針でいこう。西の大森林での光の柱のこともある。」
リーダーの男がまとめて再び男達は酒を飲み始めた。
「――魔王復活はどうかわかりませんが、魔物が活発化しているといううわさがおおいですね。」
フードを被ってちびちびと飲み物を飲んでいた人魚族と思われる少女が前に座っていた獣人族の少女に向かって話しかける。
人魚族の特徴を持つ少女だが実は人魚族ではない。星使魔導士に呼び出された星獣という存在であった。名をアルレシャという。アルレシャはいつもなら踊り子風の露出度の高い服装をしていたが今回はその上からさらりと流れるような青い髪に合った紺に近い濃い青のローブを纏っている。
冒険者ギルドでその恰好では注目を集めるとアルレシャの主である星使魔導士のクロノから着用を義務付けられたのだ。
対する獣人族の少女は気の強そうな吊り目に金色の瞳、撥ねた赤い髪からは猫耳が覗く。正確に言えば獅子族の出身であるため獅子耳なのであるが細かい事は気にしてはいけない。同じ猫科である。こちらはローブの裾からちろりちろりとしっぽを揺らせている。名をルトナと言い、元はミスタンの街で冒険者をしていたが今はクロノとアルレシャと共に旅をしていた。自称ではあるがアルレシャの主人であるクロノの騎士である。腰にはショートソードを佩き、右手に武骨な紅の騎士の籠手をはめていた。ローブを着ているのはアルレシャ付き合ってのことである。そうしなければアルレシャはすぐにローブを脱いでしまうのだ。
「そうね。実際ここまで来るまでに結構な数の魔物に遭遇したし、商人は大変なんじゃないかしら」
ルトナは頷きアルレシャの言葉に賛同する。
ルトナ達が依頼の掲示板を見た時もやはり商人の護衛の依頼が多かった。後は街道に出現する魔物の討伐依頼だ。商業路の途中という土地柄からそのような依頼が多いとは思っていたがそれでもその依頼の数は平時では考えられない程だった。
通常、商業路として使われているため、街道付近では定期的に魔物が討伐され少ないというのが普通だ。この状況を見て何かあるのではないかと冒険者が不安に思うのも無理はないだろう。
「護衛の依頼を受けるにしてもとりあえずクロノが帰って来てからね。それまでに魔物の討伐依頼を受けるのもいいかもしれないけど……」
ルトナは思案するように座っている位置から少し先の依頼の貼ってある掲示板を眺めた。
そう、アルレシャ達は現在クロノと離れて行動していた。クロノは先程酒場の男達の話の中にあった『一夜で壊滅した西の村』について調べに現地まで行っている。ここから大体片道二日程の距離にある村らしい。クロノが噂を聞き、どうしても確かめたいと言って出ていったのだ。アルレシャとルトナは何かあるといけないからと街に置いて行かれた。アルレシャは無理矢理ついて行こうとしたがルトナのことでクロノに説得されここにいる。
「では簡単な魔物の討伐依頼をしましょう。じっとしているのもなんですしね。」
アルレシャはクロノから離れていることでストレスが溜まっているようだ。手をうずうずとさせて杖を握る。ルトナはそんなアルレシャの様子を見ながら苦笑した。
「それにしてもクロノは何で突然西の村なんかに行くなんて言い始めたのかしら?最初は興味なさそうにしていたのに。」
「ああそれは村を滅ぼしたのが黒髪の少女と聞いたからですね。少し知り合いに心当たりがありまして……」
ルトナが疑問を口にするとアルレシャが言いづらそうにそれに答えた。
「村を一夜で滅ぼせる知り合いとか……クロノに危険はないのよね?」
「その点はおそらく大丈夫だと思います。【叡智称える七人の乙女】もつけていますし」
【叡智称える七人の乙女】は【星精】を発展させアルレシャが作ったもので独自に考え行動する使い魔のようなものだ。分類的に言えば星獣であるアルレシャの分体という扱いになる。単体で敵を倒すような攻撃力は持たないが戦闘の補助を行うことも出来、アルレシャは主に偵察・情報収集用として利用していた。
アルレシャはクロノについて行かない代わりにこの【叡智称える七人の乙女】を連れていくことを承諾させたのである。
「確かにあれはすごいわね」
ルトナは思い出したように言う。ルトナは旅の途中でアルレシャから【叡智称える七人の乙女】を見せて貰っていた。【叡智称える七人の乙女】達は防御機能として障壁を張ったりすることが出来、さらに分体同士であるので【叡智称える七人の乙女】同士を使って通信も可能だった。
「ふーちゃんたちゆうしゅうですー」
ルトナの懐から飛び出すようにしてアルレシャの姿をデフォルメした手のひら大の小人が現れる。頭には猫耳の髪飾りがつけられていた。ルトナは慌てて懐に隠したため周りには気付かれていないようだった。
「だめでしょ!急に出てきちゃ!」
「はいー」
小人を叱るルトナ。小人はしゅんとして項垂れていた。
この小人が【叡智称える七人の乙女】である。猫耳を頭につけたこの小人は『ふーちゃん』こと『ぷれあです二号』で【叡智称える七人の乙女】の次女に当たる。【叡智称える七人の乙女】達は自分たちのことを『ぷれあです』と自称しており、一号を長女として姉妹であると主張していた。通信兼護衛用にとアルレシャがルトナにつくよう指示を出していたのである。頭の猫耳はルトナについている者が被るようぷれあです達の話し合いにより決定したらしい。
「もう。ちゃんと隠れているのよ?」
「はいー!」
ルトナがローブの中にふーちゃんを戻し、指で撫でてやるとふーちゃんは途端に元気になり、嬉しそうに目を細めながら手を上げた。
「そういえばクロノはいまどうしてるかしら?もう村に着いてもいい頃だけど。」
ふーちゃんがローブの中へ潜ったのを確認してルトナがアルレシャへ話しかける。
「ちょっと待ってくださいね。しーちゃん。」
そう呼ぶと今度はアルレシャのローブがもごもごと動き、怠惰な様子で別のぷれあですが顔を出した。
『しーちゃん』こと四女、『ぷれあです四号』である。
「……だるいですー。はたらきたくないですー。」
「しーちゃん……。とりあえず主様の情報を送ってください。」
「はいー……」
いかにも気だるげにもぞもぞとする。ぷれあです達の性能は一緒のはずであったが何故か性格はばらばらであった。しーちゃんの担当は情報統括である。ぷれあです達はアルレシャの分体であるためアルレシャ自身で情報を得ることも出来たがあまりにぷれあです達が無軌道に動き回る為、七人分の情報を精査する役割が必要だったのだ。しーちゃんが性格上あまり動きたくないというのを理由にその役目を引き受けた。
「……はいー。ひーちゃんとみっちゃんのぶんですー。……あーしゃべるのもだるいですー。」
そう言うとしーちゃんは再びローブの中へと戻っていった。アルレシャと一号・三号のラインを繋いだらしい。アルレシャは何かを見るようにしばし動きを止める。
「あーええっとこれは……」
「どうしたの?」
情報を確認したアルレシャが口籠る。ルトナはその様子を見て首を傾げた。
「なんというか主様は今……、くまに襲われてますね」
「……はい?」
ルトナの間の抜けた声が酒場の喧騒に呑まれて消えていった。




