裏話・2
カリィノが街を観光している間に起こっていた、ゴゴと『狼破王』とのガチンコバトルです。
黒い鎧のゴゴと動きやすさを重視した防具の『狼破王』が王城の地下、格闘場へ続く暗い道を二人きりで歩いていた。
互いに言葉を交わすことも、目線を合わせることもなく真っ直ぐな道を同じ歩調で進む。
名目上は格闘場となっているが、『狼破王』のプライベートで使用する、暴れられる場所……一部の者には処刑場とも言われていた。
しかし、今ゴゴが考えているのはこれから始まるだろう戦闘の事ではなく、追い出してしまった主の事であった。
(……怒っている?いや、大丈夫でしょう。主は優しいですからね。お身体は弱いので、一人で外を出歩いて怪我をしてしまうかも……あと、まだ心が幼い面があるので悪人に騙されたりしなければいいのですが)
ゴゴの人格は、カリィノの前世である物集女雄二郎が知る女性の人格をトレースしたものである。
実はそのトレースは物集女の主観に依らず、言動や癖、物集女へ向けられた普段の表情を取り入れているため、思考も自然と似通ってしまう。
そして今、ゴゴは自らが追い出してしまったチートな主を異常に心配している。
つまり、そう言う事だ。
暗い道が終わると、魔法の照明に照らされた円状のフィールドへと出る。
天井は見えず、地面は土と石の中間くらいの不思議な素材であり、広さは直径百メートルないくらいであった。
「着いたぞ。向こうへ行って、位置についてくれ」
「……ああ」
ゴゴと『狼破王』との距離はおよそ70メートル。
ゴゴは手に【碧天戟】を脇に持ち、『狼破王』は先が直方体である柄の長い鉄槌を地面に突き立てている。
『狼破王』の鉄槌は勿論ただの鉄でなど出来はていない。『狼破王』が買い集めた様々な超鉱物質をドワーフによって混ぜ合わせ、鍛えあげられた、傑作であった。
武器を手にした両者は、睨み合い、動かない。
耳が痛いほどの沈黙。
両者の集中が限界まで高まった時、先に動いたのは、ゴゴ。
「シッ!」
「……ふん」
槍のように突き出された【碧天戟】の切先が『狼破王』の眉間を目指すが、柄を地面に刺したままの鉄槌を中心へ傾けるだけで突きを流す。
「……フッ!」
ゴゴは流されても勢いを殺さず、そのまま横に移動し、身体を半回転して柄の先で脚を穿つ。
「はっは!甘いわぁ!」
しかし『狼破王』は避ける動作と蹴る動作を同時に行い、ゴゴの第二の突きを躱しながら頭部へ蹴りを放つ。ゴゴもまた、そのまま深く倒れることによって蹴りを避ける。
「死ねぃ!」
「くっ……!」
『狼破王』は後転しながら立ち上がろうとするゴゴの顔面に鉄槌をぶち当てようとするが、ゴゴは【碧天戟】は地面深くまで突き刺すことで強引にそれを防ぎ、破壊の衝撃を受け止める。
重さで敵わないと察したゴゴは素早く距離をとってから【碧天戟】をしまい、【獄王】を取り出し、構える。日本の剣術で言う所の、上段の構え。
「……ふ、素晴らしい!それでこそ破壊しがいがあるものだ!」
「……強者を破壊するのが趣味、というのは噂なのでは?」
「噂?いいや、事実さ。王という職務は存外暇でな。戦闘種族の人狼種である私は鬱憤が溜まってしまうのだよ。仕方がないと思わないかね?」
ゴゴの返答は【獄王】の斬撃で返される。縦一直線に降ろされた超重量の一撃は、単純でありながら避けるのは困難。
「ハァッ!!」
「くは!良いぞぉ!」
『狼破王』は嫌らしい笑みを浮かべながら、体重を乗せ、鉄槌を振る。狙ったのは【獄王】自体。
重く硬い鉄の塊同士のぶつかり合い。耳を塞ぎたくなる音が格闘場に響き渡る。
一撃が防がれようともゴゴは慌てない。『王』のカリィノが苦労して造ったゴーレムの膂力は、弾かれた重い大剣を先の振りと同じ速度で横に薙ぐことを可能とした。
その剣の返しに流石に驚いた『狼破王』だったが、さらに笑みを深めると鏡写しのように『狼破王』もまた鉄槌を横に薙ぐ。
武器の衝突は繰り返される。
二度、三度、四度……回数を重ねる毎に響く音は大きくなっていった。
「それぇ!……何!?」
五度目、となるはずだった邂逅は『狼破王』の空振りで終わる。『狼破王』は察した、慣れさせられたのだと。
体の軸が歪んだ『狼破王』の土手っ腹に、大剣による鋭い突きが繰り出された。
「はっ!!」
「ぐぬぉぉおおお!」
それに対して『狼破王』は鉄槌を放棄し、肘と膝を交差させる事で大剣の突きを食い止める。
ゴゴは【獄王】を翻し、バットのように振る。『狼破王』は空中に投げ出されたが、音も無く着地した。
「ふはははは!楽しいぞ『黒鉄騎』ぃ!だが、まだだ!儂をもっと楽しませよ!」
「……ふん」
「いまから、儂は徒手空拳を使う……殺す気で来い!でなければ……死ぬぞぉ!」
(……徒手空拳が本気の型であり、それで生き残った者は居ない。ということですね)
拳を固め、振り上げながら獣の俊敏さでゴゴとの間合いを詰める『狼破王』。
ゴゴは【獄王】を持っている事が失策だと悟るが、時既に遅し。
「ガラァァアア!」
「ちっ……」
拳と鉄がぶつかる。
ゴゴはゴーレムであるが故に体重は200キロを超え、【獄王】も加えると重さ250キロ以上となるにも関わらず、『狼破王』は殴り飛ばす。
(なんて威力……常人なら骨は砕けているでしょうね)
ゴゴは飛ばされながら【獄王】を仕舞い、【嵐劫丸】を取り出して着地して構える。
「遅いぞ!」
「……!!」
が、ゴゴの視界に笑みを浮かべる『狼破王』が拳を放つ直前の姿が映った。
剣は『狼破王』を斬りつける。
拳は錐揉みしながら剣を受け流し、ゴゴの顔面を捉えてしまう。
だがゴゴもまた、首を可動域限界まで曲げ、回し、拳の衝撃の多くを受け流していた。
「良く生きていたぁ!だが、人との死合いには慣れてないようだなぁ『黒鉄騎』ぃ!」
「…………ッ」
高笑う『狼破王』の、厳のような拳による隙間のない連打。
ゴゴの【嵐劫丸】で行われる超高速の攻撃の捌き、突き、斬撃。
互いの攻撃は防御であった。
時に剣は毛皮に傷を付け、拳は鎧の中に衝撃を通す。
「はははははは!!もっとだ、もっとだぁぁああああ!!」
「……はぁッ!」
ゴゴは高揚した『狼破王』の一瞬の隙を見逃さない。脇の動脈へ研ぎ澄まされた剣線が奔る。
しかし。
「食い付きが良いなぁ!『黒鉄騎』!」
その隙は『狼破王』がわざと見せたものであった。
『狼破王』の下から掬い上げる蹴りで、【嵐劫丸】はクルクルと回りながら宙へ投げ出される。
「終わりだ……死ねぇ!」
武器を出すことも叶わないほどの刹那、『狼破王』は衝撃のみで内臓を破壊し得る正拳突きをゴゴへと放った。
……ゴゴは成長するゴーレムだ。
人から知識を吸収して自らの物とする。
それは、徒手空拳も例外ではない。
『狼破王』の拳をゴゴは腕を使って受け流す。その動きは、剣を受け流した『狼破王』の動きそのものであった。
(馬鹿なッ、儂の技だと!?)
「……ふ!」
今度も、ゴゴによる「下から掬い上げるような蹴り」。『狼破王』は想定外の出来事に、思わずゴゴの蹴りを受け止めてしまう。
(破壊を目的とした蹴りでは……ない!?)
宙へ投げ出された『狼破王』。すれ違うように【嵐劫丸】が下へと落ちる。
それをパシッ、と手に捕ったゴゴは【嵐劫丸】を左の腰に溜め、左手を鞘のようにそっと添えて、脚を広げ、構えをとる。
ーー居合いの構え。
(魔力が……集まってッ……不味い!)
ゴゴはピタリと動かない。
ゴーレムに動揺はない。いや、もし人間だったとしても同じ事だったろう。
「…………」
「ぬおおおおお!!」
落ち行く『狼破王』は魔力を練って肉体を強化していく。ゴゴの一撃必殺の斬撃を避ける、または受け流すことを意識した結果だ。
二人の距離が【嵐劫丸】の間合いとなる。
『狼破王』は集中し、銃弾さえ捉える事の出来る人狼種の動体視力によって、剣が振られる瞬間を見定めようとした。
……つまり『狼破王』は大きな勘違いしていたのだ。振られる剣が、力と魔力が込められた「ただの」破壊と超速の剣であると。
「遅い」
そうゴゴが言い終わった時には、【嵐劫丸】の剣先は『狼破王』の顎を捉え、脳を激しく揺さぶり、意識を断っていた。
ゴゴは【嵐劫丸】に掛かっていた「斬撃を防ぐ防御魔法」と「姿を見えなくする幻惑魔法」を解いてから、異空間へと仕舞った。
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「……」
意識の無い『狼破王』を無感情に見下ろしながら、強かった、とゴゴは心の底から思った。
(私の人格の元となった人物に感謝ですね……素のゴーレムなら、殺されていました)
目の前で倒れている戦闘狂は腐っても王であるため、敬意は払わなければならない。
それと、ゴーレムにもその程度の常識はある。
ゴゴは『狼破王』を仰向けにし、衣服を整え、両手を胸の前で合わせてあげた。綺麗に眠っている。
(……完璧です。さぁ、主を迎えに行きますか。どうせ観光でもしてるでしょうから)
主であるカリィノの事を考えながら、気絶している王を置いて来た道を戻ろうとする。
しかし入り口には、王城の近衛兵たちと禿げた大臣が立ち塞がっていた。
「……道を開けてくれないか」
「馬鹿が……ただで帰すと思ったか!『黒鉄騎』、貴様にはここで死んでもらうぞ!やれ、お前ら!」
大臣が近衛兵をけしかけると、魔法を放つ者が数名、槍を投げて来る者も数十名。
当人のゴゴは腕を組んで攻撃を受けてみたが、呆気ないと判断する。
(……気にする程でもありませんね。普通に帰りましょう)
近衛兵ごときでは、カリィノが創った鉱石の防具に傷をつけることなど不可能であり、ゴゴ自身も全くダメージを受けていない。
「あ!?く、クソ!少しは抵抗してくれ!なんで当然のように歩いていくんだぁぁぁあ!待ってくれぇえええ!」
大臣の哀しい嘆きは完全に無視され、ゴゴは無事にカリィノを王城の門で拾うことができたとさ。
カリィノが兵士に追い掛けられたのは人質ならぬ猫質が欲しかったからですね。
というか『』と【】が100文字以上有るような気がして……水増しじゃないんです。仕様なんです。