↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/5

若狭湾で幽霊船にさらわれた話する?【1 of 5】

ボゥー……ボゥー……


真夜中、港の方角から霧笛のような音が聞こえた。男は布団から這い出ると、寝ぼけ眼のまま窓を開けた。


「やれやれ。どこの船だ?こんな時間に好き勝手に鳴らして。」


その窓からは、港の大半を見渡すことができる。船がいれば、その灯りが見えるはずだ。しかし、いくら目を凝らしても、暗闇が広がるばかり。


「……気のせいか。いよいよボケがきたか。」


男は白髪交じりの顎髭を撫でると、窓を閉めて再び布団にもぐり込んだ。明日は久しぶりに早起きして、仲間の船の整備を手伝うことになっている。一分でも長く眠りたいと考えていた。


予定より早く起床した男は、港に続く道を下っていった。空はだいぶ明るんでいる。しばらくすれば、背後に迫る山の稜線から朝日が覗くはずだ。岸壁に並んで沖を眺める幾人もの漁師たちが、視界に入った。男に気づいた若い漁師が、駆け寄って声をかけた。


「おはようございます。ヨシヒコさん。朝からすみません。」

「おはようさん。カズオの頼みだ。構わんよ。家にいたって誰もおらんからな。雁首揃えて何を見ている?」

「ほら。あれ見てくださいよ。」


ヨシヒコは、カズオが示した方角に目をやった。そこには、この界隈ではあまり見ることのない大きな船が、湾口の澪筋を塞ぐように居座っていた。今時はまず見ることのない木造船だ。船体はあちこちが酷く傷んでいる。時代錯誤のボロ船だった。


「なんだ、ありゃ。どっかから、流れて来たんか?」

「分かりません。夕べ漁から戻ったときには、あんなのなかったんで。皆、大騒ぎですよ。船の整備どころじゃないですね。」

「そういえば、夜中に霧笛みたいな音が聞こえた気がするんだが。あの船かねえ。」

「霧笛?僕は気がつかなかったけど。いつ沈むかも分からんようなボロですよ?」


そこへ、煙草を咥えた中年の男が近づいてきた。男は、ヨシヒコに頭を下げた。


「おはようございます。親方。」

「親方はよせと言ってるだろ、ケンジ。俺はもう船を降りたんだ。」

「そう言われてもね。他に呼びようがない。」

「カズオのように名前で呼べばいい。なあ?」

「僕は最初からヨシヒコさんて呼んでましたよ。」

「俺には馴染まないんだよな。それ。」


ケンジは足元に投げた煙草を長靴で踏み消し、木造船のほうに向き直した。


「さて、あれをどうしたもんかな?あんなところにいられたんじゃ、船も出せん。」

「海保には、誰か連絡を入れたのか?」

「組合長がさっき電話してましたよ。隣の管区でトラブルがあって、巡視艇が来るまで少し時間がかかるって。」

「ああ?暢気なもんだな。俺らで沖に引っ張っちまうか?」

「そんな乱暴な。しょっぴかれるよ?」

「冗談だよ。カズオはお堅いな。さっき近くまで行った連中の話では、外から見る限り人影はなかったらしい。」

「そうか。海保が来る前に、ほんとに人がおらんかもう一度見ておくか?向こうの船だったら厄介だからな。」

「お?親方も見に行くんで?」

「ああ。一緒に乗せていけ。お宝があるかもしれん。」

「ヨシヒコさんはロマンがあるなあ。そんな景気のいい船には見えませんけどね?」


カズオとヨシヒコを乗せたケンジの小型船は、エンジン音を低く響かせながら、木造船の横手へと慎重に回り込んでいった。帆船とも蒸気船ともつかない、奇妙な造りだ。その船が放つ不気味な存在感は、近づくほどに増していった。


「こんな年代もの、俺が若い頃にもお目にかかったことがない。ケンジ、このまま右舷までひと回りできるか?」

「そりゃ、できますけど。あまり近づきたかないなあ。」


カズオは双眼鏡を覗いていた。


「船室は真っ暗ですねえ。人がいるかは、暗くて分からないな。無人なんじゃないですかねえ。」

「操舵室はどうだ?」

「この角度からじゃちょっと。もう少し、舳先の方に動いてもらえれば。」


ため息をついたケンジは、エンジンを軽く吹かした。船首が近づくと、変わった形の大きな碇が目に留まった。そのまま船首を横目にぐるりと反対側まで移動して、ケンジは再び船の速度を落とした。


「気味が悪いな。親方、あの碇、最近まで使われていたように見えませんか?」

「ああ。フジツボが新しい。この図体なのに登録番号も見当たらん。困ったもんだな。」

「操舵室にも人はいませんでしたよ。暗いし確かなことは言えないけど。」


ザアッと風が吹き付けた。いつにも増して濃い潮の匂いが鼻をつく。三人は黙ったまま、魅入られたように木造船を見つめていた。ふと、何かが聞こえた気がした。


「何か言ったか?」

「僕じゃないですよ。」

「俺でもない。」


再び、同じように聞こえた。


「あの船からですよ!」

「エンジン切れ!」


ケンジがエンジンを切ると、急に静まり返った。波の音に混じって、今度ははっきりと、人の声が聞こえた。


「すみませーん。助けてくださーい。そこの方ー!」


見上げると、木造船の甲板に声の主がいた。その船にはまるで似つかわしくない、淡い色のドレスを纏った若い女だった。欄干から身を乗り出してこちらを見ている。ケンジがカズオを睨みつけた。


「おいおい、人いるじゃねえか。ちゃんと見たのか?」

「見たよお!おかしいなあ。幽霊だったりして。」

「やめろ。シャレにならん。」


ヨシヒコが、年寄りとは思えない太い声で叫んだ。


「どうしたー!何があったー?」


女が手を振った。


「連れが怪我をしたんです。足を痛めて動けなくなって。」


カズオとケンジは顔を見合わせた。ヨシヒコはニヤニヤしていた。


「親方、どうします?海保に任せたほうが。」

「……いや。若い女が助けを求めてるんだ。行かいでか。」

「そう言うと思いましたよ。後で厄介なことにならなきゃいいけど。」

「カズオ、人命優先は海の常識だろう?ケンジ、寄せろ!」

「へいへい。承知!」


接舷したケンジの船を、カズオがロープで木造船に固定する。それが終わるのを待たずに、ヨシヒコが再び声を上げた。


「お嬢さーん!今から行くー。ロープか梯子を降ろしてくれー!」

「ありがとうございます!」


女は、おぼつかない手つきで縄梯子を垂らした。


「しっかり固定したかー?」

「はい。大丈夫でーす!」


ヨシヒコは両手を擦ると、縄梯子を掴んでグイと引っ張った。顎髭を手で撫でる。


「……うん。ま、一人ずつだな。」


軽々と甲板まで登ったヨシヒコの合図をうけてカズオが、その次にケンジが、順に木造船に乗り込んでいった。三人が揃うと、女は頭を下げた。


「わざわざ、申し訳ありません。連れは奥の機関室にいるのですが、私の力では運び出すことができなくて。」


ヨシヒコは首を傾げた。


「私のって、他に人がいるだろう?」

「いえ、乗っているのは私と連れの二人だけです。」

「ええ!?この船を二人で動かしているのかい?まあいい、とにかく怪我人の所に案内してくれ。」

「はい。こちらです。」


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。