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12.脅すか

──バンッ!!!


 扉が開く。

 私とレオンスさんが揃って目をやると、息を切らして駆け込んできたのはレイナードさんだ。


「レオンス・ルグラン! もうお前の好きにはさせないぞ。ユウ様は異世界人だ。彼女はこれからも王宮で保護する。お前に連れ去られて不幸になるのは、姉さんだけで充分だ」


(レイナードさんのお姉さんって……)


 ふと見ると、レオンスさんの大きな手はぐっと握られていて、そして、少しだけ震えていた。何かを思ったわけじゃない。でも、大丈夫だよ、と伝えたかった。レオンスさんは優しい人だ。彼もきっと、傷付きながら生きてきたのだと思う。

 そっとその拳に私の手を重ねると、びくりと揺れて。じわりと熱が溶け合って。


「リュセットは──幸せだったと思いますよ」


「──そんなわけあるか! 姉さんは、姉さんを幸せにするのは、俺だったはずなのに! それを、お前が、お前が奪っていったんじゃないか。そのせいで姉さんは、姉さんを殺したのは!」


「リュセットは、気付いていたよ。君の思いは、姉弟の抱くものではないと。私がこれ以上近くにいては、君の気持ちを揺さぶってしまうから、離れるべきなんだと」


「そんな──」


「私はルグランの家に居場所がなかった。私を跡継ぎにしようとする義母は気がふれていたし、私にその気がなくても周囲からは弟の立場を奪うものとして距離を置かれていたからな。だからなるべく家で過ごす時間を少なくするために、よく騎士団の訓練に混ぜてもらっていた。君の父上の団だな。リュセットもよくそこに遊びに来ていたから、同じ年の私たちはすぐに打ち解けたよ。大事な友人だった……いろんな話をしたよ。リュセットには、才能があった。剣技も、魔法もね。おそらく──()()()()()()()。ただ、彼女は当主になるつもりなんてなかったし……そこにきて、君の気持ちにも気付いてしまった。だから私たちは、協力し合うことにした。2人で王都を離れよう、と。若い男女だから、婚約者として動いたほうが何かと都合が良かった。ただそれだけのことだ。そこに恋情はなかったが、ともに協力して生きる仲間としての情は確かにあったよ。カイナートで冒険者として過ごすうちに、私の友は……真に愛する人を見付けた。ただその相手には、既に妻子があった。2人は、ダンジョンの中で抱き合うようにして死んでいたよ。事故だったのか、そうでなかったのか、私には分からない。相手の家族の希望で、このことは隠されたから……私は、彼女を信じていた。信じていたから、相談してほしかった。生きていてほしかったと思うよ。でもきっと、彼女は最後まで幸せだったのだと思う。帰ってきた彼女の顔は……とても綺麗に、笑っていたのだから」


「姉さん……姉さん……嘘だ、嫌だ、ああああ!!!」


 崩れ落ちるように膝をつき、ぽたぽたと涙を落とすレイナードさん。いつも私を口説く時の、微笑みを張り付けたような美しい顔よりも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった今の姿のほうが、よっぽど綺麗だな、と思った。



「それで、どうするつもりだ。国王陛下が、異世界人であるユウ様をみすみす手放すとは思えないが」


「そうでしょうね。あのお方は賢王だが、非情だ。だからこそ交渉の余地がある」


 落ち着いて冷静になったレイナードさんと、話し終わってグラスに注いだ水を一気に呷ったレオンスさんは、それまでの確執がなかったかのように淡々としている。

 大人だ。心の中に思うところはあるだろうに。未だベッドで半身を起こしたまま、心もとない寝衣でいる私が1番そわそわしているのではないだろうか。


 レオンスさんは、ごそごそと荷物の中から包みを取り出すと、テーブルの上に置いた。


「これは?」


「ユウさんが育てた薬草で作った貼り薬と、栄養剤──ポーションと言ってもいいだろう」


「ポーションだと? どの程度の効能がある?」


「まだ自分でしか実験は出来ていないが、指くらいなら欠損も修復できる」


「──っ!!! レオンスさん、まさか実験のために、」


「ユウさん。大丈夫ですよ。ほら、この通り、問題なく治っていますから」


「そういう問題ではありません!!! 貴方に、貴方に何かあったら私……!!」


「貴女を取り戻すためなら私はなんだってしますよ」


「乳繰り合うのは私が退席した後にして欲しいんだが? 今後の話を詰めたい」


「ちちくりっ……そんなことしてませんっ!! けど、今後の話はしましょう!!」


 熱くなった頬を抑えながら、レオンスさんが持ってきた薬を見る。これは、私がこの世界に落ちてきたときに持ってきた湿布と栄養ドリンクをもとにしているのだろう。これがどのような意味を持つのだろうか。


「これほど効能の高い薬は、この世界にはまだ存在しません。ただこれを作るには、ユウさんが魔力を注いだ薬草が必要だ。カイナートのダンジョンで研究していたものですね。陛下はきっとこれを欲しがるでしょう。だから、これが欲しければユウさんをカイナートに返せと脅しましょう。ユウさんはユウさんの意志で、やりたい時にやりたいことだけをやる自由がある。国に飼われる謂れはありません。対等に取引してやろうじゃありませんか」


「でも、これを作ったのはレオンス・ルグラン、貴方だ。もし権利を主張すれば、ルグランの力も再び得られるのではないか?」


「勘違いされているようだ。私はルグランを追い出されたのではない。自分の意志であそこから出たのです。ルグランには弟がいる。ローレンは優秀ですよ。私はカイナートの診療所で奥様達の話を聞きながら、のんびり過ごすのが性に合っているのです」


「本当に……俺は、間違って、いたんだな」


「私には魔力が少ない。けれど、少ないからこそ、薬作りのような繊細なコントロールが必要な作業は得意なのです。適材適所というものでしょう。ああ、ちなみに貴方は、魔力コントロールを教える才能はあまりないようだ。ユウさんに無理やり魔力を流しましたね。あんな乱暴なやり方はもう2度と許しませんよ」


「あれは──すまなかった」


「あ、いえ、びっくりしましたけど……レイナードさんが私を好きなわけじゃないってことは、分かってましたし。何か理由があったんだろうなって」


「確かに、貴女をここに連れてきた当初は、姉の仇への嫌がらせという意図があった。ただ、次第に貴女を好ましく思うようになったのも、嘘ではないんだ。毎日必死で訓練に取り組む姿はひたむきだったし、好意的な目ばかりではなかったことも……知っていた。けれど、それをいなし立ち向かう貴女を、姉に重ねて見ていたのかもしれない。だから、俺の魔力も受け入れてもらえるものだとばかり……」


「素敵なお姉さまだったんでしょうね──光栄です。でもやっぱり、私はお姉さまとは、違います。代わりにはなれません。レイナードさんにも、幸せになってほしいって、きっとお姉さまも思っているんじゃないですか?」


「そう……だといいな。俺も前に進む時なのかもしれない」


「じゃあ、そうと決まれば、私たちみんなが前に進むために! 国王陛下を脅して、好きなことを好きなようにやるための権利を勝ち取りましょう!」


「「お、おう……」」


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