13.最後の男
国王陛下は、思ったより話が分かる人だった。というよりも、レオンスさんが持ってきた薬を見るや否や、「こっ、これは伝説のハイポーション!!」などと叫び、言い値でいくらでも買い取るから、できる限り多く作って売ってくれと交渉されたのだ。それじゃあカイナートに帰ってもいいですか、と問うと、とんでもなく豪華な馬車を出してくれた。がたがた道も全然お尻が痛くないし、途中の宿もスイートルーム級に豪華な部屋を取ってくれた。改めて、レオンスさんが作ってくれた薬の凄さを実感したのだった。
私がたまたま知っていた、陛下が城下に持っているという家の話を振った時には、なぜか頬を引き攣らせていたけれど。もしかして内緒だったのかしら、メイドさん達も知っていたし、お気に入りの別荘の話なら気分が良くなるかなぁと思っただけなのに……。
「レオンスさーん! ご飯出来ましたよー!」
私たちはまた、診療所で働きながら、2人で暮らし始めた。王都に連れ去られる前と同じような毎日。だけど、前と変わったこともいくつか、ある。
「ああ、とてもいい匂いですね」
料理をお皿に盛る私の後ろから、私を抱き込んできたレオンスさん。お腹に手をまわし、私の首元に鼻を寄せて、すんすんと匂いを嗅いでくる。
「匂いって、ど、どこ嗅いでるんです?! 今日はカレーを作ってみたんですよ、いい匂いでしょう? こっちを嗅いでくださいよぉ……」
「うん、料理もいい匂いです。辛そうですが……食欲をそそりますね。食欲以外の欲も今、そそられてますが」
「レオンスさん、そんなキャラでした……?」
「今までは、必死で抑えていたんですよ。ユウさんはいつか王都に行ってしまうんだろうと思ってましたからね。私の思いを伝えても、困らせるだけだろうと」
「そうだったんですか……私たち、両想いだったんですね、嬉しい」
「はぁ……ユウさん、可愛い。食事は後にしませんか?」
「だっ、だめです! このスパイス、王都で一生懸命探して見つけたんですよ?! 温かいうちに食べてほしいですっ」
「はは、分かりました。今は我慢します。いただきましょうか」
穏やかで紳士的だったはずのレオンスさんが、目の奥をキラキラさせて、猛烈な色気を振りまき始めたのだ……!
結婚歴があるとはいえ、そのうちのほとんどを介護に費やした私の恋愛経験値は、ほぼ素人級だ。その私には、この美男子の全力アプローチは、もはや暴力なのである。
「そういえば最近ますます、診療所に来る怪我人が減りましたね」
「そうですね。あの貼り薬とポーションが、かなり流通するようになりましたから」
「辛い思いをする人達が減るのは、良いことですね」
「ええ、そうですね。そういえば、薬の開発の功績が評価されて、叙爵することになりました」
「えっ! そうなんですか?! おめでとうございます! ──でもなんだかレオンスさんが遠くなっちゃうような、嬉しいけど、ちょっと……寂しいですね?」
「領地を賜るわけでもありませんし、名前だけですよ。それに……少しでも貴女に近付くために、受けることにしたんですから」
「私に近付くため、ですか?」
「ユウさんは、異世界人だ。本来なら、私なんかが近くにいていい存在ではないんですよ。侯爵家の妾腹で、跡継ぎでもない。魔力も少ない、辺境地で細々と暮らす、ただの男ですよ。でも、今更貴女を手放すことなんて出来ない。それなら貴女にふさわしい男になるしかないですからね。なにせ私の愛した人は、緑の妖精様ですから」
「もうっ、その呼び方、恥ずかしいからやめてください」
「ふふ、よく似合っていると思いますけどね」
微笑みながら私の前まで近付いてきたレオンスさんは、ふとその表情を真剣なものに変えて、物語の王子様のように跪いた。手元には、小さくて綺麗な箱と、薄紫色のライラックの花。
「ユウさんに、これを」
箱をそっと開けると、薄紫色の……レオンスさんの瞳の色の石が嵌った、繊細な指輪が入っていて。台座は蔦模様がぐるりと透かし彫りになっていて、光を反射して煌めいている。
「これって……」
「私の誕生石です。この世界の人間が、手に握って生まれてくる石ですね。一生にひとつ、大事な人に捧げる石だ」
「リュセットさんに渡したのでは……?」
「リュセットとはいい友ではありましたが、そういう関係ではありませんでしたから。これを渡したいと思ったのは、貴女だけです」
「で、でも、いつかリュセットさんの指輪を……」
「ああ、確かに彼女の石は私が持っていますが。彼女と、彼女の愛した男の石、ですね。彼女たちが亡くなったとき、その手に握られていたのです。相手の奥様は、こんなものはいらない、と仰っていたので。それならリュセットと一緒に置いておいてあげたかったのです」
「そう……だったんですね。私てっきり、レオンスさんはまだリュセットさんのことを想っているんだと思っていたから」
「あのまま共に暮らしていれば、いつかは友情以上の思いを抱いた可能性はあったでしょう。けれど、その前に彼女は真に愛する相手に出会った。そして私は今、貴女に出会った。こんな年になってしまいましたが、私の初恋は、紛れもなく貴女です」
「私は……結婚歴もあって、若くもなくて。でも、元の世界の夫と過ごした時には、こんなに穏やかな気持ちになったことはありませんでした。ありのままの自分を認めてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだって教えてくれたのは、レオンスさんです。それに、こんなに……ドキドキする気持ちを、教えてくれたのも。いつも流されるまま、求められるまま、自分の意志なんて考えたことがなかった私だけど、初めてやりたいことが見付かったんです。それが、レオンスさんと過ごすこと。だから……私の初恋も、レオンスさんってことにしてもらっても、いいですか?」
「もちろん」
私の髪を軽く梳き、耳元に花を差し入れるレオンスさんの指が、私の耳から頬、そして親指でそっと下唇を撫でて離れていく。
「まだ私、知らないことばかりで。知らない気持ちばかり、だけど。これからの人生を一緒に、歩いて行ってもらえますか?」
「ユウさんの、最後の男になれるなら。こんなに光栄なことはありませんね」
私の手を取ったレオンスさんに、指輪をすっとはめてもらう。その時になって初めて、前の世界でつけていたはずの結婚指輪が消えていたことに気付いた。考えてみれば、森に落ちてきたあの時からこの指にはなにもはまっていなかったように思う。
少し意識を飛ばしていた私を引き戻すように、レオンスさんが指先にチュ、と唇を寄せた。
圧倒的な暴力に自身の完敗を認めて、私はレオンスさんの首に腕を回す。ゼロ距離になったレオンスさんからは、スッキリとした薬草と消毒液の香りがした。
『──神様からのサービス、ね』
どこかで聞いた声が、頭の中に響いたような気がした。
◇
カイナートはダンジョンで栄える都市である。
東の山の麓に開いた洞窟から地下深くまで続く迷宮。その中では、独特の植生や地質が見られ、研究開発も盛んに行われている。
ある日突然この地に現れた1人の女性。彼女はこの世界にはない知識と、膨大な魔力を持っていた。その力をもって植物を育て、痩せた土地は緑に覆われ、栄養豊富で美味しい野菜が普及した。彼女が育てた薬草は強い効能を発揮し、これを使って彼女の夫が素晴らしい薬を開発した。ダンジョンで作られる食糧、薬草、そして新しい薬。それらはカイナートの新たな産業として普及し、大きな富をもたらした。
ダンジョンの魔物はだんだんと姿を消し、そこから得られる魔核の利は減っていった。しかし、その代わりに発展した産業により街は更なる発展を遂げ、人は集まる。
かつては田舎の辺境地と呼ばれたこの地も、今では王都にも匹敵する、国内最大級の繁栄を誇っている。
「さあ、ユウ、今日の訓練を始めますから、掌を出して」
「はぁい」
「魔力を流しますよ。しっかり感覚を掴んで下さいね」
「ふわああぁ、やっぱりレオンスの魔力気持ちいい……」
「真面目にコントロールする気がありますか?? 流れを感じて?」
「ん、はぁい」
「そんなに蕩けた顔をして、本当に罪な人だ。おかげで私は、死ぬまで貴女を手放せそうにありませんよ」
「ずっと……一緒にいてくれる?」
「ええ、最期まで、ずっと」
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