ネカマの王はただの悪夢であることを願いたい! ①
デアイ王国より東南。過酷な環境にも対応が可能な、Aクラス帯の魔物がうじゃうじゃと生息する荒野。
ベテランの冒険者でも躊躇するこの場に、一人のパラディンが訪れる。
「……おやっさんの手紙によれば、確かこの辺りに目印があるはずなのだが……。それらしき物は全く見当たらないな」
彼はゼクロという、元騎士の冒険者だ。先日、彼が騎士団に所属している時にお世話になった人物から、一通の手紙が届いた。
『親愛なるゼクロへ。この手紙を読んでいる頃には、私は国家的規模の危機に陥っているだろう。とにかく、今は時間がない。君の力が必要なのだ。故に、君には騎士団の真実を告げる。騎士団には現在、≪魔物に内通している者≫が存在していることがわかった。詳細は省くが、これは裏付けも取れた事実である。この件について君に協力してもらいたいことがあるため、ここより東南にあるジナ荒野にて待つ。――の時刻に――の下へ一人で向かってくれ。当然、他言無用だ。このようなことを騎士団を脱退した君に頼むのは、正直とても心苦しい。しかし、わかってくれ。今回の件に関しては、騎士団の息が掛かっていない人物の協力が必要不可欠なのだ。尚、この手紙は君の魔力で開き、君の魔力で消滅するように施されている。読み終えた後は、誰にも見られないようにこの手紙を消し去ってくれ。君のことを信用している。頼んだよ』
後付けには差出人であるカルマレート・ガラミシーの名が記されていた。
いくら幼少期からの恩人の願いとはいえ、この件に関しては一人で行動するにはかなりリスクが高すぎるように思えるだろう。とはいえ、義理堅い彼にとって断ることはおろか、誰かに相談することすら選択肢には初めから無かった。
危険であることは百も承知だったため、万全に準備を行っていた。彼は、彼専用のオーダーメイドの鎧を身に纏うことで、最大限の力を発揮することが可能である。そのため、他のパーティメンバーにバレないようコッソリとオーダーメイドの鎧を着て、目的地へと向かっていたのだ。普段目につかない場所に保管されていたため、他のメンバーにはすぐには気付かれないだろう。
ふと、彼の目の前に砂塵が起きる。微小ながらも目に入り、思わず手の甲で拭った。
すると、ぼんやりと砂塵の中に2つの影が浮かび上がった。2つの影は明らかにこちらへ向かって歩みを進めて行く。彼は警戒し、いざという時に備えて光の長い剣を現出させた。
その姿が完全に現れたのは、砂塵が突発的に収まった時のことだ。
「え~、ごほん。れでぃーすあーんじぇんとるめーん! よいこのみなさん、おはこんばんにちはー! みなさんごいっしょに? おはこんばんにちはー! ……って、あれあれー!! ぼうや、ひとりしかいないじゃないですかー! あらららまぁあらま!!」
「……くっ、何者だ!」
ゼクロは得体の知れない人物たちの不気味さに、反射的に光の剣の先を向けた。
そんな威嚇行動にも全く動じず、謎の人物はマイペースにおちゃらけていた。
一つの影は、全身黄色で赤い縞々なラインが入った派手な衣装に身を纏い、髪は真っ赤で大きく膨れ上がってとても目立っている。顔は真っ赤なお鼻のピエロのお面を被っており、素顔はわからなかった。
もう一つの影は、人の半身ほどの大きさしかない、不気味な生物だった。胴体は丸く、横から人の腕が生えており、その腕で歩行している。全身薄暗い紫色で表面はつるつるしており、感覚用器官が全く見当たらないことが不気味さを更に増幅させていった。
「おんやぁ~? ぼうや、まさかばかしょうじきにひとりできちゃったのぉー!? おっほほほほほほ!! やだぁ、わらっちゃうんですけど! わらったおかお、みられるのはずかちー! みないでー! ……あ、おめんつけてたわ」
「何? どういうことだ?」
「あら!? じこしょうかいがおくれましたね!! あちきは、たびげいだん『ジェスター』のひとり、ぽぷんぷる、ですよ! そーしてそして、あちきのよこにいるのは、じぇすたーのますこっときゃらくたー! ごんべくんでーす!! ほらほら、あいさつしなさい!」
そう言って、ぽぷんぷるは隣の丸い生物を前へ蹴り飛ばした。
「ボク、ゴンベ! ヨロシクネ!」
「はいはいはーい!! よくできましたー!!」
ぽぷんぷるはわざわざ、比較的上方で拍手を行った。彼の一つ一つの行動が、見た目通りの道化師の如く、ふざけた言動をしていた。
「……いい加減、茶番は終いにしろ。貴様らは何が目的で、何を知っている? 答えろ!!」
ゼクロが声を荒げてそう叫ぶと、周囲の空気がピリピリと音を立てて圧が発する。
ぽぷんぷるは尚、首を傾げ、まるでキョトンとしている様子だった。まるで、どうして彼が怒りに満ちているのか全く理解できないかのように。
「あちきはね、ただ、りーだーにたのまれて、ぼうやにぷれぜんとをわたしにきただけですよ。ねー! ごんべくん、ねー!」
彼は嬉し気にそう言いつつ、ゴンベの下腹部を複数回にわたって何度も殴った。「ぐえぇ」と苦しそうなうめき声を上げて、不気味な生物は大きな口から何か玉のようなモノを吐き出すのだった。
更に彼は、体液によってベタベタになった謎の玉を、長い毛のような個所を掴み、自分の目の前に掲げる。
「何だ? それは……」
「ぷれぜんとふぉーゆー!!」
ぽぷんぷるはゆっくりと掴んでいる手を回転し始めて、通常の人の関節では曲がらない可動域まで手を曲げたところで、謎の玉の正体が少しずつ露わになっていく。流れる体液の隙間から見えるソレは、ゼクロには確かに見覚えがあったのだ。
ソレを理解した瞬間、ゼクロの怒りは頂点へ達するのであった。
「――おやっ……さん……!?」
「ごめいとーう!!」
そう、謎の玉は他でもない、カルマレート・ガラミシーの生首だった。
ゼクロの身体からは、抑えきれないほどの魔力が溢れ出し、空気を通じて周囲に可視化される。その魔力に触れた物体は、形を保てなくなる程だった。
ぽぷんぷるは空気が読めないのか、はたまたわざとなのか、火に油を注ぐように生首を杜撰にゼクロの下へと放り投げた。中身が詰まったような鈍い音が、それが偽物でないことを証明するように響き渡る。
ゼクロはすぐに屈みこみ、ソレを見定める。しかし、質感、重量、見た目と、どれを取っても作り物には思えなかった。……そして、信じたくはなかったが、近くで見ても確かにソレはカルマレート・ガラミシーの形をなしていた。
「……うぅっ……うっ……」
「あーらー! おこったとおもったら、こんどはなきだしちゃいましたね。へんなの。あちきのぷれぜんと、きにいってもらえなかった……?」
「……貴様ァ! 殺す!! 殺してやる!!」
ゼクロは憎むべき敵から一心に目を離さずに、ソレを地面へとそっと置いた。
――次の瞬間、音速をも超える速さでぽぷんぷるへと急接近し、渾身の力で剣を振り下ろす。ぽぷんぷるは間一髪、ふざけたように≪く≫の形に身を反らし、攻撃を免れたのだった。
「――ひ、ひょわー!! こわっ! おー、こっわ!!」
「許さない……貴様らを絶対にぃ!!」
無論、彼は全てを信じたわけでは無かった。しかし、どちらにせよ大切な者を見貶しているには変わりない。憤りは収まることを知らなかった。
もう片方の手にもイクスソードを現出し、顔も向けぬまま近くにいたゴンベに真正面から突き刺す。
「ゲァッ!」
「ごんべくーん!!?」
不気味な生物は黒い液体を大量に放出し、ひっくり返ってぴくぴくと痙攣した。
「あぁ……かわいそうなごんべくん……っぷ、ふふ、おほほほほ!!」
「……何が可笑しい」
哀愁を漂わせたかと思えば、今度は突然笑いだす。常識では計り知れないぽぷんぷるの言動に、ゼクロは一瞬ではあるがたじろいでしまう。そんな一瞬な隙を突かれてしまった。
「――びっくり・ばるーんふぇすてぃばる!!」
ぽぷんぷる、ゴンベの背後から、大量の風船が現れる。更には、上から下に向かっての強い突風が彼らの周辺に起こるのであった。ゼクロは吹き飛ばされないようにしがみ付くことに精一杯な様子で、次の一手を打とうにもどうしようもできないもどかしさを感じるのであった。
「くっ……!」
「せんりゃくてきてったい! せんりゃくてきてったい! ……ってことで、またあいましょうねっ!」
彼らはあっという間に空へ向けて急上昇していく。ぽぷんぷるは呑気にもひらひらと手を振っている。ただ、高さに比例して風の圧も弱まっていったため、ゼクロは頃合いを見計らって全力で彼らに向けて飛び跳ねた。
剣を前に突き刺す形で手を伸ばす。が、一歩及ばず、ぽぷんぷるの靴を掠めるだけだった。
「わぉ! なんちゅーしゅうねんしとんねん。……おほ! そうだ! ここまできたごほうびにちょっとだけひんとをあ・げ・るっ! かるまれーと・がらみしーに≪かったあいて≫って――いったいだれなんでしょうね?」
そう、ゼクロがおやっさんことカルマレートの死を信じられない理由はそこにあった。
デアイ王国の騎士団は完全実力主義。そのトップから二番目である彼の実力に敵う者などそうそういないだろう。
魔物が集団でかかっても、恐らく彼には敵わないであろう。近衛騎士は特に、他の騎士と比べてレベルが段違いなのだ。ぽぷんぷるが所属している『ジェスター』という集団の戦闘力は未知数だが、少なくともSSクラスの魔物では到底成し得ない。
つまり、彼を倒すことが出来るのは、彼の周辺には≪国で一番強い者≫くらいしかいないのだ。
……国で一番強い者? その時、ゼクロの頭の中で≪無意識に除外していた可能性≫が浮かび上がった。いや、まさかそんなはずはないと、ぐるぐる思考が駆け巡る。
そうこうしてる内に、ゼクロとぽぷんぷるらの距離はどんどんと離れていった。ついには、目に見えないところまで、手の届かないところまで遥か彼方に消えていった。
「……くそっ、逃したか……!」
考えごとをしていたせいか、落ちた衝撃で少しバランスを崩しかけるが、流石に持ちこたえる。
疑問に思うことは沢山ある。しかし、今はおやっさんの死という唐突に突き付けられた現実を受け入れたくない気持ちでいっぱいだった。思考を停止し、とにかく背を向けていたかった。
もう一度、ソレの近くへ寄り、そっと手を添える。涙で視界がぼやけるが、やはりソレはおやっさんだった。
時間が過ぎると共に悲しみが膨張していき、やがては声すら出なくなる。ただただ、涙が流れていくだけだった。悲しみに打ちひしがれ、何も考えられなくなってしまった。
「――ほう、定刻丁度。まさか、真に貴方が謀反人だったとは」
周囲への警戒を怠った合間。背後から彼の聞き馴染みのある声が発せられた。
「ご無沙汰しておりますね、ゼクロ。感動的な再開をこんな形で迎えたくは無かったですね」
五人。由緒ある統一された鎧に身を纏い、高台から見下ろす騎士たちがそこにいた。
先頭に立つリーダーらしき者は、きちっと固められた髪に、魔道具らしき片眼鏡を右目にかけ、しきりにそのメガネの位置を気にしている神経質そうな♂だ。並びに、金髪で意地の悪そうな顔をして、小馬鹿にするようにゼクロを見下ろす♀。ベテランな雰囲気を醸し出す、ダンディな少し強面の♂。ファンシーなふわふわしたピンク色の髪が特徴的な、ぽわーっと上の空にいる♀。灰色の前髪で顔がほぼ隠れた、おどおどして気弱そうな♂。と、何とも個性派揃いの面々があった。
「……デアイ王国騎士団……『第七小隊』……!?」
「≪第七小隊元隊長≫の貴方を第七小隊が処理するとは、なんとも皮肉なものですね」
「残念ながら言い逃れは出来ないっスよ、先輩!」
ゼクロには、彼らの言っていることがさっぱりわからなかった。ただ、たった今起こった顛末を何とか伝えなくてはいけないという義務感が彼を駆り立てていくのだった。
「皆、聞いてくれ! おやっさんが殺され――」
「――そう、貴方が殺した。ですね?」
「……な、なんだと……?」
「悲しいけどね、もう裏付けが取れているの。君が裏切り者なんて、信じられないの」
「僕は……! 僕は、おやっさんを殺してなどいない! どうして僕が殺す必要があるんだ!?」
予想外な展開に、彼は焦りを隠せずにいた。そんな様子が逆に怪しく思われたのか、第七小隊のリーダーらしき♂は、やれやれと頭を抱えるのだった。強面の♂が一歩前へ出て、その答えを説明するように口を開いた。
「……動機は不明だ。だが、物的証拠が幾つも上がっている。事の発端は、王都に魔物が出現したことがあったよな? アレがきっかけでお前には≪国家反逆罪≫の可能性が示唆された。そこから調査隊による独自の取り調べの結果――」
「先輩には≪魔物と内通しているのではないか≫という嫌疑がかかったっス。その魔物ってのが、旅芸団『ジェスター』に属する奴らっスね! そしてたった今、うちらはこの目でその真相を確かめたっスよ!」
「バ、バカな!? 僕のこれまでの行動のどこに疑う要素があったのだ!!」
「……貴方が内通者の場合。ある仮設の信頼性が非常に高くなるのですよ」
「……ある……仮説?」
「その通り。それは――カルマレート・ガラミシーを殺害した者が貴方であるということ。彼は貴方に対して最も信頼を寄せていました。だからこそ、彼を暗殺できる確率が非常に高い。よって、貴方が殺害者である、と。そう考えるのは、彼の実力を知る者であれば当然ですよね?」
「……ち、ちなみに……。ガラミシー様の首から下の死体は、す、既に樹林……サルファナで発見されていました……。ゼクロくん、き、君も近日、サルファナに赴いたこと、あ、あったよね?」
「……サルファナには行った。しかし、それは冒険者として魔物討伐のクエストを受注したからだ」
「死体は光系統の斬撃で引き裂かれていたの。この近辺の生物で、光系統の斬撃なんて扱えるの、数が限られているの」
ダメだ、とゼクロは思った。いくら弁明しようとも、悪意あるモノが予め仕掛けられていたであろう小細工により、全く聞き入れて貰えない。
――ハメられたのだ。ジェスターと称する魔物の集団に。
「……またか」
誰にも聞き取れないような、そんな小さな声でゼクロは呟いた。またしても魔物は、自分から大切な者を奪っていくのか、という意味を含んでいたのだった。
恩人の死、元仲間との敵対。未だ信じられないこの状況は、彼の自己弁護のための思考を鈍らせるには十分過ぎた。結局、最後に出来ることは、情に訴えることのみとなってしまった。
「……アルフロさん、レイさん、メリア、エルイーゼ、ネック。――僕を信じてくれ。僕は魔物にハメられたんだ。わかるだろう? 僕がどれほど魔物を憎んでいるのか。僕がどれほど国に忠誠を誓っていたのか。僕がどれほどおやっさんに感謝していたのか。共に過ごした皆だからこそ……僕のことを信じてくれ!」
沈黙が流れる。
皆、悲しい目をしていた。だが、悲しいだけではない。他の感情が入り混じった表情を浮かべていた。
彼らもまた、大切な元仲間に裏切られたと信じ込んでしまっている。そんな、苦しみ、怒り、戸惑いも、ひしひしと伝わっていくのであった。
「……信じたい、ですね」
「そ、それじゃあ――」
「――しかし、それは不可能です。我らは国へ忠誠を誓いし騎士団です。国の意思こそ、我らの意思。それが元仲間であろうとも、国が刃を向けろと下命するのであれば、我らは従うまでです」
リーダーらしき♂、もといアルフロは、片眼鏡を何度も何度も布で拭き、ただ一人だけ無表情でそう言い放ったのだった。
「ってことで! 先輩。……死んでくださぁい」
突如、勢いよく一直に、棍棒型の鈍器を軽々と振りかぶり、金髪の少女が突進してきた。ゼクロは辛い顔をしながらも、イクスソードを両手で前に突き出し、ガードを固める。激しい金属音が響き渡り、弾かれたのは少女の方だった。
だが、少女は荒々しくも反動を利用して、次の打撃、次の打撃と攻撃の手を緩めることは無かった。
「――メリア、もうやめてくれ。僕には戦う気は無い」
「何言ってんスか、先輩。あんたはもう、≪討伐対象≫なんスよ?」
その言葉はゼクロの胸の奥に刺さり、ついには彼のガードは破られてしまう。体勢を崩す、その隙を狙うように小さな鉄塊が猛スピードで迫ってくる。
――これは強面騎士、レイの狙撃だ。胸部まで迫ったその鉄塊を、身体を捻じ曲げて逸らすことで、ギリギリのところで避ける。身体には当たらなかったものの、鎧には直撃したため衝撃がゼクロを襲う。
ほんの数メートル、彼は吹き飛ばされた。すぐさま直撃した鎧の状態を確かめてみると、そこには貫通した風穴が大きく広がっていた。これを身体にまともに受けていたら……死は免れないだろう。
彼らは本気で――ゼクロを殺しにかかっている。
「……ゼ、ゼクロくんの弱点はこれ……だ、だよね?」
気弱そうな少年のネックは、ゼクロの頭上に幾つかの小瓶を投げ、そして爆散させた。赤黒い液体が、広範囲に渡って降り注いでいく。
「――魔物の血か! マズイ、距離を取らなければ……」
「させないの」
騎士の中で唯一武器を持っていないふわふわした少女のエルイーゼは両手を前に突き出し、そして、グッと握りしめる。すると一瞬だけ、ゼクロの身体は不思議なことに全く動かなくなってしまう。
「――しまった!」
そう思った時には、大量の魔物の血が彼に降り注がれていた。接触範囲を広げるためか、揮発性の高い液体だった。地面に降り注がれた液体は、どす黒い気体へと姿を変えていく。
腕で頭を覆い、魔物の血の直撃を免れたゼクロだったが、顔を上げると鎧の至るところに血が付着し、使い物にならないということがすぐにわかった。
「……ふむ。身体への接触は避けましたか。流石は【無剣の騎士】と呼ばれるだけはありますね。……ですが」
彼は気持ち悪さに我慢できず、戦いの最中に鎧を脱ぎ始めるのであった。
手間を取られてモタモタしている間に、現隊長であるアルフロがフワッと重力を無視したような身のこなしで飛び上がり、ゼクロに最も近い位置で着地した。
「貴方に対する戦い方は当然、熟知しています」
鎧を脱ぎ終えたゼクロは、構え直して再びイクスソードを現出する。
「――ぷ! なんスかその短小の剣は! 先輩のち○こみたいっスね!」
「お前は鎧が無ければ力は半減……いや、それ以上に失う。勝負は目に見えている。今、降伏するなら命だけは保証してやる。だから、素直に従っておけ」
「ちょ、レイさん! それは流石に怒られるっスよ!」
レイは昔から、厳しいようで甘いところがある。その甘さは戦場で命取りにならない程度に及んでいたが、今回ばかりは客観的に見ても愚行に思えるだろう。裏を返せば、それほどゼクロに情けをかけていたとも言える。命を取らないという交渉は、彼なりの手一杯の譲歩であっただろう。
――しかし、ゼクロにもまた、譲れない想いがあった。
自分が疑われている以上、ここで捕まってしまえば主であるミユにも危害が加わる。そのような事態、絶対にあってはならない。主を守るという、大切な使命があるのだから。
そんな彼の想いは、アルフロによって簡単に見抜かれてしまう。
「……なるほど、貴方の新しい主。名はミユ、でしたか。彼女にもお話を伺う必要がありそうですね」
ずっと無表情だったアルフロは、ついに表情を崩し、笑みを浮かべて次のように発言するのだった。
「貴方の主である以上――より≪黒≫に近い……ですけど、ね」
――焦り。心拍数が急速に上がる。
アルフロ。彼とゼクロはよく似ている。絶対的な忠誠心は、例えその命に替えても貫き通す。そんな♂だ。
だからこそ、ミユに及ぶ危険性は彼が最も理解していた。
ところが、たった一つ。アルフロとゼクロの異なる点があったのだ。
「貴方は私によく似ています。ですが、貴方は一度も私に剣で勝てたことが無い。……そう、貴方と私の差異は≪実力≫です。全てを諦めなさい。そして、全てを終わらせましょう」
アルフロは右手に持っている刀身がやや長い剣に、闇の魔力を込め始めた。原理はゼクロのイクスソードとほぼ同じ。その差は魔力量だけとなった。
動き出す手前、彼はもう一度、片眼鏡の位置をクイッと片手で直す。
「――それでは、参ります」
◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆♂♀◆
コンコンッと、ノックが鳴った。
「……入りたまえ」
「ハッ、失礼します!」
年季が入ったような中年の騎士が、見向きもせずに背を向けるだけの♂に向けて跪く。
「報告いたします。たった今、第七小隊が【無剣の騎士】を討ち取ったとの情報が――」
「当然だ。彼らは一癖あって問題児ばかりだが、緊急事態に特化した特殊部隊。さしずめ、我が国の秘密兵器とでも言ったところか。失敗などありえない」
豪然たるその♂は、手に持っていたグラスを前後に揺らし、そして中の少量のワインを口につける。
「――ところで。ここには人の目はない。そろそろ、本当の姿を現したらどうだ?」
その様に指摘された中年の騎士は、無言で俯いた。その後、いつからか薄気味悪い笑い声が微かに始まっていた。笑い声は段々とその声量を上げ、ついには腹を抱えて大笑いする。
「……おほ! おほほほ! おほほほほほほっ!! さっすが、≪近衛騎士の隊長様≫ねぇ! ……あ、今は≪騎士団長様≫でもあったかしら?」
中年の騎士が自らの手で顔を鷲掴みにすると、皮膚はぐしゃっと潰れた。もう片方の手で、いつも身に付けているピエロのお面をサッと被せると、一瞬にして奇抜な恰好をした道化師、ぽぷんぷるの姿へ変わったのだった。
「私は何分にも≪嘘を見抜く≫ことが得意でな。私の前では子供だましに過ぎん」
「えぇ。えぇ。よぉーく、ごぞんじですよぉ、だんちょうさま! ……いいえ、それはかりそめのよびなでしたね」
頻りに揺らしていたグラスをピタッと止めて、彼は一気にそれを飲み干した。
「……かりそめではない。これもまた、私の一部さ。――だが。私が。いや、我らが掲げるは腐ったれた騎士道などではない」
「ですねぇ、だんちょうさま。いえいえいえ――『ジェスター』さま」
ついに彼はこちらを振り向き、その全貌が明らかとなる。
「求めるモノはたった一つ。――ユーモラス。全世界を碁盤に乗せた最高のショーは、既に始まっているのだ!!」
ニタァと笑みを浮かべた彼の顔は、まさに悪魔の微笑みという表現がピッタリなほど悪意に満ち溢れているのであった。




