表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

チャプター 22:「エンカウンター」

「凛。ヨダレの跡ついてるよ」

 余程快適なフライトだったのか、凛は口の端にヨダレの跡をが残っていた。それを指摘

すると、気だるげに口の周りを拭う。化粧気が全く無いのにもかかわらず、凛の顔立ちは

女から見ても魅力的なもので、剥き身のように鮮やかな唇に、光は顔を赤らめた。

「でも、本当にいいの? あたし達も後かたづけとか、手伝わなくて」

「うん」

 大きなあくびをしながら、自分の頭をかく凜は、いつもと変わらない、寝ぼけた駄目な

女だな、と光は苦笑する。

「わたしは厳島と一緒に帰るから大丈夫だよ。調査員の人と話したりしないといけないみ

たいだから」

 空がまだ白いとはいえ、日は既に落ち、徐々に暗くなる時間である。光は、凛が一人で

夜の外界を移動する事を心配していたが、厳島と一緒に居ると知り、納得した様子で頷い

た。

「わかった。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。百合、行きましょうか」

「ああ」

 その実、四日間遊び倒した光と百合は疲れが溜まっていた。そして、それなりに長い休

みを取った為に、翌日からの仕事が過密になる事は分かり切っていた。

 内心、凛の気遣いに感謝しながら、一刻も早くアトラスに帰ろうと、荷物を積み込んだ

光は、SAに乗り込む。

「じゃあ、また明日の夜に」

「うん」

 クルマに乗り込んだ光がウインドウを開けて凛に手を挙げると、凛は、はっとするよう

な色気を帯びた動きで頷いて見せた。

「じゃ、じゃあまたね」

 恥ずかしくなった光は急いでウインドウを上げると、後ろから百合がついてきている事

を確認し、空港から出発する。

 空港の駐車場を出るタイミングで無線機の電源を入れると、GPSの電源を入れ、HU

Dのナビゲーションをスタートさせる。元々はアトラス社が外界調査の為に打ち上げたG

PS衛星だが、販売されている受信端末を用いれば利用は可能である。数万円程度でクル

マに搭載できる事から、現代の外界ナビゲーションシステムには標準装備されていた。

「ああ。これ、下のルートね……」

 光が呟きながら見ているのは、HUDに映し出されたルートの指示である。光達はその

空港よりも更に北の峠へ走りに出かけていたが、それは高速道路を使ったナビゲーション

外のルートを使っていた為、一般幹線道路を殆ど利用していなかった。半世紀以上放置さ

れている道路はリスクが高い事から、通常のルート選択には用いられる事がない。小さく

溜息を吐き、適当なランプから高速道路に乗ろうと考えた光だが、直進する道路の先に、

大きなクルマが停車している事に気がついた。かなり大型の車両だがボディは低く、それ

がスポーツタイプのクルマである事を表していた。

 接近に気がついていないのか、そのクルマは動く気配がなかった。ぶつかってしまわな

いよう、距離を空けてクルマを停車させる。

 そして、そのクルマのサイドウインドウにはうっすらと人の影が映っており、スモーク

で顔までは見えないものの、人が乗っている事は想像に難くなかった。

 光がため息混じりに無線機へ声を掛ける。

「はあ……あたしがちょっと言ってくるわ。誰のものでもないとはいえ、幹線道路を塞ぐ

のはマナー違反なんだから」

『ああ、頼む』

 百合が応答すると、光はクルマを脇に寄せて停車させた。そして、エンジンを掛けたま

ま降り、そのクルマの運転手へと近付いて行く。

 大きな幹線道路だけあり、幅員は通常道路の三倍近い。そしてそれは、幅の広い道路を

塞ぐそのクルマが如何に巨大かを物語っていた。それは、昆虫じみたグロテスクさを放つ

異様なデザインで、今まで光が見たことも聞いたこともないようなクルマだった。そして

特筆すべきは、全長七メートルはあるかというロングボディに、フェンダーに隠れた四つ

の車輪。

 八輪自動車(・・・・・)

 クルマを観察しながら光が近付いて行くと、それに気がついたのか、運転手がウインド

ウを空けて顔を出す。

 そして、その顔に見覚えがあった光は、一瞬驚愕に目を見開き、しかし直ぐに、目を鋭

く細める。

「アンタ…………?!」

 その反応が可笑しかったのか、虎々は嬉しそうに歯を剥いた。

「まあまあ、そんな顔するなよお嬢ちゃんよお。俺はお前とバトルしたくて、ずっと待っ

てたんだぜえ?」

 不気味、狂気。

 得体の知れない雰囲気が凝り固まったかのような虎々は、光にとっては恐怖の対象だっ

た。アトラス内ではただの狂人であっても、ここはアトラスの外。

 何が起こっても、アトラスは助けてくれない無法地帯である。

 光は警戒しながらも、自分の目的を口にした。

「あたしはアンタなんて待ってないんだけど。それより…………クルマをどかしてくれな

いかしら? そこに居られると、アトラスに帰れないから」

 光の言葉は半分正しかった。そのルート以外でもアトラスへ帰ることは可能である。し

かし、幹線道路以外のルートは瓦礫の整理がされていない場合が多く、迂回や撤去などの

時間を考えるととても現実的ではない。幹線道路だけはと、アトラス外で遊び始めた人間

達が時間を掛けて整理したものが現在の交通網となっていた。

「おいおい! つれないねえ。せっかくお前の所の従業員に、いろいろ話を聞いてきたの

によお? えーと…………ハルカちゃんだっけ?」

 何気なく話す虎々の口調に、光は強烈な不安を抱いた。

 そして、恐る恐る聞き返す。

「アンタ、ハルカに何をしたの…………?」

「別に何もしてねえよ? 俺の家に招待して、オハナシしただけさ。まあ、もてなしが刺

激的だったのか震えながら泣いて命乞いしてたけどなあ! お前とバトルして帰ったら、

優しく慰めてやるつもりだから安心しな…………ヒヒッ」

 それは光の優しさ故。

 瞬時に頭に血が上り、三歩近付いた光は憎悪に満ちた目で虎々を睨む。

恐怖は一瞬で怒りに置換され、目の前の男がした行為に強い不快感と憤怒を抱いた。

「あの子が何したって言うのよ…………ふざけないでよ! 直ぐに返して!」

 小柄な光だが、その迫力は他者を圧倒するに足る力を持っていた。にもかかわらず、虎

々はその視線を軽々と受ける。

「ああ、返してやってもいいぜ? ただし」

 虎々が自分のクルマのステアリングを二度ノックした。

「こいつと、俺に勝てたらだけどな」

 本来なら関わるべきでない相手である。しかし、ハルカを人質に取られている以上、光

に逃げるという選択しはなかった。拉致などという異常な手段を用いてまで近付いてきた

相手が、その後ハルカを無事に返すとは思えなかった。

 光は数瞬、黙考する。そのクルマに勝てる見込みがあるのかを。

 ボディサイズから、加速能力や旋回能力が高いようには見えない。車重は少なく見積も

って二トン。SAの倍近い重量である。仮に八百馬力のマシンだとしても、重量に対する

馬力の比率はSAに軍配が上がる。加速勝負のゼロヨンならば、決して不利な戦いではな

い。

 しかし、虎々の表情は自信に満ちていた。戦う前から勝ったかのように笑む虎々に、言

い得ぬ気味の悪さを感じた。

 すべてを勘案し、光の心は決まった。

「わかった。ゼロヨンなら、受けて立つわ。そっちの要求は?」

「そうこなくっちゃな。こっちの要求はただ一つ…………まあ、俺の趣味じゃないんだが

な。お前の身体さ」

 歯に衣着せぬ物言いに光は眉をひそめたが、その条件に納得し、頷いて返す。

「オーケイオーケイ。それじゃあクルマを並べようか」

「わかったわ。連れにはなしてくるから少し待ってて。スタートラインは――」

 虎々が気怠そうに指で示した。

「スタートは、そこの白い線にしよう。この交差点から、次の交差点の線までだ」

 次の交差点までどの程度の距離があるのかは想像できなかったが、自分の得意な直線勝

負である事から、自信を漂わせつつ、力強く頷いた。

 そして、踵を返して待機する百合のクルマへ近付いて行く。

 ウインドウを開けた百合が、近付いてきた光を訝しげに見上げた。

「…………どうした? 話はついたのか?」

 頭の中で言葉を素早く整理し、それを口にする。

「この間、凛に手を出した男がバトルを仕掛けてきた。うちの従業員が人質に取られてる

の」

 冗談と笑い飛ばせない雰囲気を察したのか、百合の双眸に怒りが満ちた。

「なんだ……それは! クルマから引きずり出して――」

 鼻息を荒げ、クルマを降りようとした百合を、光は左手で制した。

「待って。本当にハルカが人質に取られている確証が無いの。それに、あいつが約束を守

るかどうかもわからない。だから、百合はここでバトルが終わるまで待ってて? もしあ

たしが負けたら、スピンターンして直ぐに戻ってくるから。そうしたらこの道路から狭い

幹線に入ってあいつを巻こう。あれだけのボディサイズなら、中低速は苦手な筈だから」

 深刻な状況に陥って尚、光の頭は冷静なままだった。落ち着いている光の姿に、百合は

静かに首肯する。

「わかった。私はこの場所で待機しておこう。無線のスイッチは入れておくから、万が一

負けた場合は直ぐに連絡してくれ」

「うん」

 話が終わると、光は自分のクルマに向かい、乗り込む。エンジンを掛けて交差点のライ

ンまで進むと、既にスタート位置についていた虎々が、ウインドウ越しに声を上げる。

「それじゃあ行こうか。俺が投げた缶が地面に落ちたらスタートだ」

「果たし合いみたいね…………わかったわ」

 話が終わると、無線機のスイッチを入れ、左手に止まった虎々の様子を観察する。目を

離さないまま、クラッチを踏み込み、静かにシフトノブを押し入れた。

 数瞬の沈黙。

 そして。

「ふう…………?!」

 缶が放り投げられた瞬間、光は肺の空気を押し出すように吐き出した。意識がクラッチ

をコントロールする左足と、アクセルを煽る右足に集中する。

 そして、缶が落下すると同時にクラッチを丁寧にミートさせ、車両を発進させた。

 レーススタート。

「――よし!」

 スタートダッシュは成功。一般的に大出力とされるホイールインモーターをコントロー

ルする電子制御も、卓越したオペレーターには僅かに劣る。加速の分野において、光はま

さしくその領域に踏み込んだ数少ないドライバーだった。

 伸びきった一速からシフトノブを引き抜き、二速へシフトアップ。路面の状況を探りな

がら、タイやのグリップ力を目一杯使ってSAを加速させて行く光。慣れたとはいえ、一

般生活では決して体感する事の無い強烈な加速Gと轟音に耐えながら、クルマへ鞭を入れ

る。

「流石に………………やるじゃない!」

 加速によって神経が興奮状態に入り、緩やかになった時間の中で、ドアミラーに映る虎

々のクルマに、光は苦笑した。

 僅かにリードはしているものの、虎々の電気自動車が予想以上に奮闘していたのである。

決して軽くは見えない車体をしっかりとグリップさせ、加速させて行くのは虎々のテクニ

ックか、または、車体の性能か。

 どちらにしても、光に負けるつもりは無かった。慣らし運転も終わり、凛が用意したほ

ぼ新品のタイやを装着していた光のSAは過去最高の手応え。凛のクルマには及ばないま

でも、加速の分野であれば、それ以外のクルマに遅れをとる事はない筈である。

 しかし、三速へシフトアップした光が見たのは、ドアミラーから姿を消し、サイドガラ

ス越しに追い上げている虎々のクルマだった。

「なっ…………!?」

 車体のコントロールに集中しながらも、その伸びに驚愕する。超大型の電気自動車が、

光のSAへ接近してきているのである。その日は、バトルなどで行う接戦の演出は一切行

っておらず、完全に本気のドライブだった。手探りながら、タイヤのグリップが失われる

寸前までパワーを注ぎ込み、空力的に不利な車体のバランスを整える。

 すべて最適な操作を行って尚、虎々のクルマは光のSAに迫っていた。既に距離のアド

バンテージはほぼ消滅し、鼻先程度の差にまで加速してきている。

「もう少しリアが食いつけば――」

 その時だった。

 光の意志を反映するかのように、右足がほんの僅かに踏力を増し、スロットルを開けて

しまう。エンジンは即座に応答し、過大な馬力がリアタイヤを直撃すると、使い切ってい

たグリップが限界を超える。

 そこへ、運悪く路面の凹凸が合わさり、光のSAはバランスを崩してしまう。ブレイク

したリアが暴れ回り、ゴール直前で光のSAはスピンを始める。

 心臓が縮み上がり、更に血流が増えた事で、光は一種の臨死体験に遭遇し、反射的に動

いた身体が車体のスピン軌道を制御する。

 迫るコンクリートの中央分離帯から辛うじて逃げた光は、車体が停止した瞬間、震え上

がった。

「――ハッ! …………よかった」

 しかし、全身から汗が吹き出るのもつかの間、直ぐに逃げるための逆走を始める。エン

ジンをかけ直し、クルマをターンさせると、後方の虎々のクルマに注意しながら百合の元

へ向かう。

 心の内で、ハルカに何度も懺悔しながら。

『百合! 直ぐに逃げるよ! …………百合!?』

 予定通り呼びかけるが、百合の無線機から応答がない。微小な音すら拾っていない事か

ら、無線機の電源が落ちている可能性が高かった。

「百合! 早く――――」

 理由は定かではないが、直ぐに百合へ連絡できるよう、百合の白いFCへ近づき、急い

でクルマから降りた。

 しかし、光が目にしたのは、ボンネットに押さえつけられたまま気を失っている百合と、

その身体を押さえつける何人もの男達だった。

「よう。クソアマ」

 その男のうち、一人だけ見覚えがある男がいた。

 小守だ。

「アンタ…………一体何のつもり!?」

 甲高い声で怒鳴りつける光に、小守は嘲るように口を歪める。

「どうもこうも。テメエが逃げねえように保険を掛けただけさ。案の定、逃げるつもりだ

ったようだが…………残念だったなあ!」

 小守は心底嬉しそうに話した。そして、背後からゆっくり近付いてくるのは、虎々の電

気自動車。

 光が歯噛みする。

「タップリもてなしてやる。俺たちの流儀で、な」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ