チャプター 20:「狩猟準備」
午後八時四十分。
薄暗く換気の悪い廃墟の一室で、虎々は大きなあくびをした。常人ならば吐き気を催す
ようなコカインの臭いが充満するその部屋には、灯りという灯りもない。
そして、虎々の他にも人間が二人居た。一人は、光の経営する喫茶店の店長を任されて
いるハルカという名の女。もう一人は、アトラス社のバッジをつけたサラリーマン風の男。
二人とも、それぞれ別の箇所に手錠で繋がれ、身動きが取れなくなっている。女は虎々に
怯え、男は虎々を睨みつけていた。
「ハアイ? 俺たち自慢の工場へようこそ。数居るアトラス住民の中から選ばれた栄えあ
るお二人には、ありったけの臓器を提供して頂きまーす…………なんつって、な」
虎々渾身のギャグは全く受けることなく、ハルカと男は、その反応を激しくするのみだ
った。
気分を害した虎々は、手術台に両手首を繋がれたハルカへ近づき、ホットパンツの上か
ら臀部を激しくまさぐる。
「い、いや! やめて下さい!」
その目は恐怖に怯え、竦んでいた。言葉では抵抗していても、実際に行動することがで
きず、ただただ身体を強ばらせ、虎々の責めに耐える。
すっかり怯えた様子のハルカに、虎々は自身が興奮して行く事を自覚した。気分も上向
き、涙を滲ませるハルカの表情を楽しむ。
しかし、蚊帳の外に居た男が虎々に吠えた。
「おい。いい加減にしろ。その子を放せ」
男は若く、線は細い。しかし声色は年齢不相応の凄みがあった。
両手を手錠に繋がれていて尚、男は少しも怯えた様子がない。反抗心の強い男に、虎々
は笑いながら、内心いらだっていた。
「なるほどなるほど。お前、俺に意見したいわけか」
ハルカの股間をまさぐる指に力が入れられると、堪えていたハルカが途端に悲鳴を上げ
る。
男は更に瞳を鋭く煌めかせ、虎々を威嚇した。
「意見じゃない。命令だ。女の子に乱暴するようなクズと対等に話すつもりなどないから
な」
「っへえ…………」
男の視線に応えるように、虎々は八重歯を剥いた。苛立ちが楽しみへと変わり、その結
果を想像し、虎々はハルカを触る右手へ、無意識に力を込めていた。
ハルカから手を放すと、虎々は自分の履いているスラックスを下ろし、下半身を露わに
する。そして、自分のそれをハルカへ押しつけると、懐へ手を入れ、黒い拳銃を取り出し
た。
何かをつぶやきながら震えるハルカに興奮しつつ、男にそれを突きつける。
「なあ、お前。これ知ってるか?」
銃を眉間に押しつけられても、男は眉一つ動かさない。現代では、公に製造されている
場所がなく、映画、漫画などのオールドカルチャーを嗜むものが辛うじて知っている程度
の武器は、勤勉でエリート街道を進む男が知る筈もなかった。
更に男は、虎々を睨みつけたまま、鼻で笑って見せた。
「さあな。下衆の持ち物など、知るわけがないだろう。そんな事よりも、早くソレを仕舞
えよ。見苦しい」
男の反応が予想通りであったのか、虎々は更に笑みを増し、ハルカの耳元へ口を近づけ
る。
そして、耳打ちするように囁いた。
「これがどういうものか、知りたくねえか? なあ?」
「い、いえ…………ひっ!?」
咄嗟に拒否してしまったハルカの臀部へ、虎々のものが押しつけられた、恐怖で言葉を
発することができないハルカは懇願するような視線を虎々へ送る。
「そうかー。見たくねえかー。これ、凄いのによ…………それじゃあ代わりに、お前を犯
してスッキリするかなー」
「や、やめて…………くだ、さ、い…………」
ハルカは更に身を硬くすると、目尻に涙を溜めながら懇願した。
虎々の笑みへ、加虐心が添加される。
「っはあー…………お前、中々いい反応するじゃねえかよ。コレ(・・)、挿したらもっと
良い声出してくれるのかなあ。まあ仕方ねえよなあ…………こっちの方が凄いのによお」
虎々の脅迫に、ハルカは唇を震えさせながら静かに呟いた。
「……ださ、い…………見せて、下さい……御願いしま、す」
遂に自分の求める答えを口にしたハルカに、虎々は狂喜した。歯を剥き、右手に持った
拳銃銃口を男の額に押しつける。
「さあさあ、よく見とけよ! このオモチャはこうやって使うのさ!」
何の躊躇もなく虎々が引き金を引いた。訝しげに虎々を見ていた男は、銃弾を真正面か
ら受け、後頭部から脳漿と頭骨をまき散らし、一瞬で絶命する。
「カカカ…………クハハハハハハハハ! やっぱりいいな、最高だぜ!」
突然目の前で起こった殺人に、ハルカは発狂した。
「い、いやああああああああああああああああああ! やめ…………やめてええええええ
えええええええええ!」
涙で化粧が崩れ、目の周りを黒くしながら、ハルカは暴れ、喚き散らした。
しかし、未だに熱の残る拳銃を頬に当てられ、それがどのようなものかを理解したハル
カは、声を上げる事すらできなくなる。
虎々が前屈みに繋がれたハルカの後ろへ回ると、その臀部に股間を押しつけ、耳元へ口
を近づけた。
「お前が殺したんだぜえ? 言ったよなあ? 見せて下さい(・・・・・・)ってよ」
「ち、ちが――」
ハルカの反論は、虎々の拳銃によって制止される。
「まあ、いいか。今日は十分楽しめたからな。あと一つ聞いたら、今日の所は生かしてお
いてやるよ」
虎々の一言で、ハルカの表情は安堵と恐怖の相反する感情に塗れていた。
今日は助かったという安堵。
いずれ殺されるという恐怖。
自分が最も好む表情になったハルカを満足げに見つめながら、虎々は続けた。
「なあ。確か、お前の勤めてる店に、金髪で髪を二つまとめにしたガキが居るだろ? あ
いつ、いつも外界に出てるんだよなあ? 俺のダチが少し借りがあるって言うんでな、俺
もやってみてえなって思ってよお」
ハルカは壊れた機械のように何度も相槌を打った。
「明日の夜、そいつがどこに行くか、知ってるか?」
虎々の質問にハルカは青ざめた。光が外界に出るのは、三人が揃っている日が殆どで、
遺跡探索へ出る日中か、レースのある夜。ハルカが捕まった日はレースが開催されており、
次の開催は来週である。
「あ、あの。明日はわからな――」
「チッ…………何だよ知らねえのかよ。じゃあやっぱり今犯して殺すわ」
殺害宣告をされ、更に血の気の引いたハルカだが、何かを口にしようとしていると気づ
いた虎々が、突きつけた銃の力を抜く。
「あ、あの…………オーナー、は、今外界で宿泊しているみた、いで。き、北の方へ行く
と、い、言ってまし、た」
「ほう。それでそれで?」
「た、たぶん…………北東の幹線道路を、走る、と」
虎々がハルカの頭に左手を乗せると、力任せに撫でる。
「よしよし……よくできました、ってな。その調子で情報を吐いてくれよ? その間は、
生きていられるからな…………まあウソなら。そのときは楽しみにしておけよ」
痙攣するように首肯したエリカに、虎々は高笑いした。
「…………なんだよ。また室内で殺ったのか?」
虎々が踵を返し、出入り口へ近づいて行くと、手をふれる前に小守が扉を空け入ってく
る。
友人の顔を見た虎々が、暗がりの中で不気味な笑みを浮かべた。
「いい情報が入ったぜ? 明日の夜辺りに通りそうな道路がわかった。これで捕まれば、
あの女も芋蔓式に捕まえられるわけだ」
小守からの情報で、777の三人が親しくしている事を虎々はしっていた。将を射んと
欲すれば、と思考した虎々が導き出した、凜捕獲の最適解である。
そして、笑みを含んだ虎々に合わせるように、小守がいやらしく笑う。
「ああ。もう……この際何でもいい。あのクソ生意気なアマも、泣いて許しを請わせてや
る」
虎々が小守の肩を叩き、部屋の外へ出て行くと、それに続いて小守が部屋を出る。
室内には、手錠で手術台に固定されたハルカだけが取り残された。
耳が痛くなる程静かになった室内で、ハルカはそこに居ない上司に心から謝罪した。
「オーナー……ごめんなさい。ごめん…………なさい」




