よーへーギルド とある男
農業と平和の都シリクレス。
この国が、僕の生まれだった。
一年の四季がはっきりしていて、大きな川も通っている。小さな国だからこそ人との触れ合いも盛んで、物を与えるのも貰うのも、この国では当たり前のことだった。それに加えて、国民のほとんどが自分の命を捨てでも他人を助けようとする良い人たちばかりだったから、文句の言いようがないほどにシリクレスは素晴らしい国だったんだ。
僕はそんな国に生まれたことを誇りに思っていたし、毎日が充実していた。
朝は両親と畑仕事をして、昼はたくさんいる友人と泥まみれになるまでに遊びまわって。夜はまた、両親の手伝いをする。
ホント、楽しかった。すべてが楽しかった。
このまま、のどかで幸せな日々を過ごしながら成長して、成人したら好きな女の子と結婚して、子供を作って、また新たな幸せな家庭を築くんだろうなって。何の疑いもなくそう思っていた。そうしかなりえないと思っていたし、そうなって欲しかった。
だけどそんな幸せは……いとも簡単に潰されてしまったんだ。
あいつらは人間の顔をした、悪魔だ。
逃げ惑う仲間たちを無慈悲にも捕らえ、僕たちが一生懸命耕した畑を踏み荒らし、みんなの家々を壊していった。一時間も経たないうちにシリクレスという国は壊され、たった五人の兵士に潰されてしまったんだ。
だけどみんなが捕えられ、何処かへ連れてかれる中、僕だけは無事だった。人一倍力が強くて、護衛のために父から習った剣の腕前もあったから、僕だけは逃げ切ることが出来たんだ。
そう。僕は逃げ切ることが、出来た。
聞こえはいいかもしれないけど、ようは僕は、逃げたんだ。
国で一番強いだろうとまで言われてたのに、あの悪魔たちが怖くて、僕は逃げた。
他の人は敵わないって分かっていながらも立ち向かっていったのに、僕だけは、逃げた。
ホント、弱い。力が強いだけで、僕はただの臆病者だった。
そんな自分が嫌で嫌で。何度も、あのときのことを後悔した。失ったものの大きさを痛感して、何度も自ら命を断とうとした。
だけど。今になってこう思う。
あのとき、逃げてよかったのかもしれない、と。
あのときの僕じゃ、絶対あの悪魔たちには勝てなかった。
――だけど今なら。
毎日毎日、あの悪魔たちを倒すことだけを考えて、みんなを救うことだけを考えて、どんなに辛いことだろうと、強くなるためなら喜んでやった今なら。そんな血の滲むような努力の果てに得た、最強の剣術と魔術を持つ今なら、あの悪魔たちにも勝てるはずだから。絶対、勝てるから。僕はあのとき逃げて、良かったのかもしれない。
本当に逃げて正解だったのかは、まだ分からないけど、もうすぐ、その答えは出るだろう。
――僕はようやく、人の顔をした悪魔の仲間を、見つけたんだ。
間違いない。
あの男にこそ刻印はないが、引き連れている二人の少女には、どす黒い竜の刻印が見える。あの二人の少女は、男の奴隷なのだろう。
僕は彼女らに同情しながらも、憎き竜の刻印に引き込まれるように、近づいていた。
「どうしても高ランクのクエストを受けたいんだが、ここにいる一番強い傭兵を倒したら、受けてもいいか?」
不意に、憎き『ミレトスの兵士』が口を開いた。
ここにいる一番強い兵士を倒す、だと?
「す、すみませんが、当傭兵ギルドでは、そういったサービスは受け付けておりませんので……」
「あー頼む。そこを、なんとか」
面白い。
僕はSSランクにこそ届いてないが、Sランクは持っている。
十分、このギルド最強と言えるだろう。
「こ、困ります。アダマス様」
普段はクールに職務をこなす受付のミレイさんが、少しだけあたふたとする。
僕はさらに男へと近寄り、ミレイさんに向けて、
「いいじゃないですか。ミレイさん。僕が、彼と戦いますよ」と言った。
ミレイさんは僕の言葉に驚きながらも、さらに困る。
「で、ですが……」
男は憎いが、ミレイさんに当たるのはお門違いだろう、と憎しみの心を抑えつけ、できるだけ明るい声を保ちながら僕は言った。
「万が一にでも僕に勝てるものなら、Sランクのクエストなんか簡単にこなせるでしょう。ギルドとしても、大きなクエストはクリアしてもらった方が嬉しいはずです。なんなら、彼が僕に勝てたら、ギルドカードを交換してもいいですよ?」
「……」
困った表情を浮かべながらも、ミレイさんはしぶしぶ「……いいでしょう。ジェイクさんがそこまで言うなら、特例です」と呟いた。
それを聞いた憎き男は、僕に声をかけてくる。
「あーなんか良くわかんねぇけど、あんた……ありがとな。遠慮なく闘わせて貰うよ」
どれだけ自信があるのかは知らないが、貴様は絶対潰してやるッ。
ここからが……僕の復讐の始まりだ!
「うるさいっ。貴様。僕が負けたら、ギルドカードは貴様にやるッ。だが僕が勝ったら、お前の国の秘密を話せよッ?」
「……? 俺の国? まぁ、別にいいけど」
「約束だぞ! ついてこい」