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姉妹 過去

「『武力と服従の都ミレトス』って国は、もちろん知ってるわよね?」


「……? いや、知らないが」


「え? し、知らないの? ここら一帯じゃかなり有名って聞いたけど、そうでもないのかな。――まぁ、それはいいわ。……このミレトスが、あたしたちの故郷なの」


「……? だから、何だ?」


「ホントに、ミレトスを知らないのね……」


「まぁな」


 なんせ人間界に来てまだ二日目だ。そんなこと知るわけもない。


「ミレトスは、完全な植民都市なの。人間と見なされてるのは貴族と王族しかいなくて、後の99%以上はみんな奴隷。家畜以下って見なされてた。さっき来た兵士は自我がある自ら志願した兵士みたいだったけど、他の兵士は無理矢理改造されていて、さっきの兵士何かと比べものにならないぐらい強かった。兵士はほとんど貴族の人形で、兵士すら、奴隷だったの。そんな国――あたしたちは、そんな国の生まれだった。自分で言うのもなんだけど、あたしたちはこの国に生まれてきた時点で、他の人と比べ物にならないぐらい、不幸だったわ。両親が奴隷、ってだけで、あたしたちも――」


「奴隷、ってわけか」


「そう。生まれつきの奴隷だった。世間のことなんて何にも知らずに。生きていくための最低限の食料を与えられて、貧相な布切れ一枚を与えられて。後はただただ、命令されるだけだった。子供だから贔屓されるなんてことはありえなかったから、毎日毎日、倒れる寸前まで働かされて……。ホント、壊れちゃいそうだったわ。何も考えない方が楽だから、って、精神が崩壊しそうだった。でも、シーナのおかげで。シーナが存在してくれたおかげで、あたしの精神は耐えることが出来たの……。つまらなくて、ただただ辛い生活の中でも、一日の終わりに、寝る前に、シーナと話すことができたから。それが、あたしに力をくれたから。あたしが、守らなきゃいけないんだって思えたから。あたしは、耐えることが出来たのよ」


「……」


 予想はしていたが、やはり、暗い話だ。


 こういう話を聞くと、なんというのだろうか。胸が締めつけられて、地の底から負の感情が湧き上がってくるような。そんな気がする。必死でこの感情を押さえつけていなければ、無意識的に地盤を真っ二つに割ってしまうかもしれない。


「あーでも、お前らここにいるってことは、そのミレトスからは逃げ出せたんだろ? どうやって逃げ出してきたんだ?」


「えーっと、ね」


 ユーリは妹の頭を撫で、もう少し耳を塞いでてね、と無言で微笑みかけてから、応えた。


「ミレトスは99%が奴隷って言ったでしょ? で、そのあたしたち奴隷は、全員が自分たちの境遇に納得してなかった。だから、反乱を起こしたのよ。今までビビってたけど、武器なんかなくたって数は数千倍以上もいるんだから、勝てるだろうって」


「それでその反乱に勝った、って訳か」


「ううん。違うの。あたしたちは、大敗した。奴隷兵士に。自我を持たない強すぎる奴隷兵士に、大敗した。いや、勝つつもりすら、なかったのよ。勝てるだろうなんて、大人たちはみんなあたしたち子供に言ってたけど、大人たちの目的はそもそも勝つことじゃなかったの。あたしたちを、逃がすことだったのよ。いくら数がいようと、ミレトスの兵士が持つ圧倒的強さの前にはそんなの意味がないんだって、大人たちはそれを知ってたから。反乱を起こすふりをしてあたしたちを逃がしてくれたの。ホントにみんな、命がけで、自分の命を捨てる勢いで、兵士を引きとめてくれたわ」


 ユーリを何を思い出したのか俯き、淋しげな顔をした。

 だがすぐにその表情を繕い、続ける。


「それで、ミレトスって国から抜け出したあたしたちは、初めて、他の国に渡った。首輪に付けられたミレトスの刻印を見て、あたしたちを避ける人がほとんだったから、すごく、大変だったけどね」


 確かに俺がシーナに話しかけた時、シーナはこんな目立つ格好をしているのに、周りには誰もいなかったような気がする。つーか、今も、俺たち三人の周りには誰も居ない。周りの喧噪とは打って変わり、ぽつんと三人だけが存在している。


「あー。なんでその、『ミレトスの刻印』とやらを見るだけで、みんなお前らを避けるんだ?」


「えーっとね。その時はあたしもなんで避けられてるか分からなかったんだけど、周りの人の話しに聞き耳を立ててる内に分かったわ。――ミレトスって国は、他の国から見ても、かなり強い国として映ってるらしいの。だから、そんな国の奴隷になんか、手を出せるはずもない、って。同情はしてくれてるみたいだけど、そう言ってた。まぁ、――あんたは例外で、あたしたちに話しかけてくれたけどね」


「……」


 まぁ、俺はミレトスなんて知らなかったからな。。


「あー。じゃあ、シーナがあの兵士を見てあんなに怯えて、ミレトスに戻るって聞いてあんなに錯乱したのも、奴隷だった時を思い出したから、ってことになるのか?」


「うん。多分、そうだと思う。だから――なんていうか。シーナを錯乱させたあたしが言うのもなんだけど、シーナの前では、ミレトスの話はしないでね」


「ああ、分かった。約束する」


 断る理由はない。むしろ、シーナみたいな小さい子供の怯える姿など、見たくはない。この子には、笑顔が似合うだろうしな。


「ありがと、ね。……ホントに。……ホントに、ありがとう。何から何まで」


「あー。そんな辛気臭ぇ顔すんなよ、ユーリ」


「……うん」


「もう、遠慮もすんな。俺もしねぇからよ」


「……うん」


 さっきみたいにふざけるかとも思ったが、今はそういうテンションじゃないらしい。


「あー」


 ホント――苦手だ。こういう空気は。

 楽でめんどくさくなくて、まったりした空気に変えて欲しいものだ。

 そう思うが、そんな俺の想いは叶うことはなく、ユーリは一つ溜息をついて続けた。


「今思い返すと、ここに来るまではホント大変だったわ。空腹には慣れてるけど、二日間何も食べないこともあったし、外の世界のこと何も知らなかったから、適応するのも、すごく大変だった。ってまぁ、今も全然適応できてないんだけどね」


 ユーリは「あはは」と力のない笑いを浮かべる。


「お前。年の割に苦労してんのな」


「まぁ、ね。別に、何の自慢にもならないんだけどね……」


 ユーリは、そう自嘲気味に呟いた。


「あー、まぁじゃあ、とっとと傭兵ギルドでドラ稼いで、宿借りて、なんかうまいもん腹一杯食わせてやるよ」


「……うん。ありがと」


 強気そうな顔立ちで、そうしおらしく言うユーリ。


 第一印象からして生意気な小娘、ぐらいにしか思っていなかったが、意外とユーリは、繊細な女の子、なのかもしれない。


 今までの強気な態度や物言いも、妹を守るために、自然と無理していたのかもしれない。


 まぁ。


 まだよく分からないし、只の考えすぎなのかもしれないがな。


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