第2節
小走りで無事、エアロックまで辿り着いた。コンソールを操作する柳太郎の背後では光樹と麒麟が周囲を警戒しているが、情けないことに麒麟は先ほどの遭遇から膝が震えっぱなしである。
「んんん長野くん、エアロックはまだ開かないのかね…?」
「急かすな白河先生ェ。逆に宇宙で戸が簡単に開いちまったらアンタどう思う?」
「そりゃあそうなんだが……」
なんならこの会話が始まった頃にはもう少しで開けられるところだった。簡単に開いても困るが、必要なときにすぐ開かないのではやはり、使い物にならないのだから。
しかしこの時ばかりは、どっちだったのだろうと思い返すことがある。きっとすぐに扉が開いてしまっては、上から「Zi Ja〜?」と声をかけられることは無かっただろう。
先ほどのことがあったばかりで3人はどどっと身体を引くと、エアロックの上部を見た。モジュールの張り出し部分、おそらく重力下においては屋根とか天井とか言えそうな部分に腰掛ける存在がいた。
体高は目測160cm前後、後肢より前肢が短く指先は長い。頭の大きさと合わせて考えるとおそらく手先が器用かつ二足歩行…それも直立二足歩行を基本にして生活しているのだろう。体毛は頭部を除いてほとんど無いのか、それを補うように衣服を着用している。ぶらつかせている脚に纏う、麻の繊維のような物を編み込んで作られたサルーンパンツには幾何学模様の装飾があり高い技術力と文明を感じさせる。足には草履のようなものを履いているのを見るに樹上棲では無く陸上を闊歩しているハズだ。というか……
「「ち、地球外人類だァァァァ!!?」」
麒麟と光樹は"彼女"を指差して、絶叫した。
ポーズは極めてわざとらしいうえに、驚愕と興奮の入り混じった声のボリュームは再度近くの樹々から鳥達を追い立てるのに十分だったらしい。彼らにとってはなんとも災難である。
「…連れがうるさくて済まねぇ。そこにいられるとおっかねぇから、降りてきてくんねえかな?」
柳太郎も態度こそ極めて冷静だが、若干警戒しているのか手はフラッシュ・トーチにすぐ伸ばせるよう構えている。原生人類の女性(?)は「Ni Ni〜」と言語らしきものを発しながら揺らしていた足に勢いをつけて、エアロックの前に降り立った。
その人物の全貌をついに拝見してみようではないか。浅黒い肌に黒いショートヘアで、茶色の瞳を携えた二重まぶたには親近感を覚えるのと共に活発そうな印象を受ける。夏休みの子供みたいな好奇心のエネルギーを笑顔から放っているかのように思えるのは、首にかかっている"つば広帽"が余計にそう見せているのかも知れない。
サルーンパンツと同じく麻で編まれているらしいタンクトップの上からはペルシャ絨毯のように複雑で鮮やかな模様があしらわれた薄手のケープコートを羽織っていて、下からでは見えなかったが背中にリュックを背負っていた。その側面には登山用だろうか? 宝石か何かのはめこまれた木製の杖を挿している。全体的な様子から感じるのは、彼女もまた「旅人」なんだろうか、という印象だ。
彼女は柳太郎を見据えると、激しい身振り手振りと無邪気そうな笑顔で早口に何かを語りかけまくるので、3人はしばらくそれに相槌を返しながら傾聴し続けた。こちらを指差したかと思えば、すぐにヴァスコを指差して、それから地平線の向こうやら空やらを忙しなく指し示す。語尾の上がりようから、ひょっとして疑問系なのか、くらいのことは伺えるが…彼女の勢いがひと段落したところで、柳太郎は軽く後ろを振り返った。
「なぁ先生ェ方、なんて言ってるんだこの子は?」
「いや、私にも分からん……」
「専門外だから口出しするのもアレなんですけど、地球の感覚で推測できるかも怪しいですよね……」
すると異星の少女は、心底がっかりというように肩を落とした。まさか、こちらの言葉は向こうに伝わっているのだろうか? 彼女はため息を吐きつつも、リュックサックの横に挿していた登山杖のようなものを引き抜くと、自身の顔の前に掲げ、再び何事かを呟き始めた。
一節ごとに、杖の側面についた突起をスライドさせて上下に動かしている。文章の節に連動するということは、仏教での数珠や木魚のように数を数える役割があるのかも知れない。
「…"Tuseco xa voらせ、手元を照らせ"…ほら、これでうちの言ってるコト、分かるようになったっしょ?」
小首を傾げる女性の口元を見ながら、3人はマスクのインカムを何回か軽く叩いた。あまりにスムーズな言葉の移ろいはさながら、家で映画を見てる途中に日本語吹き替えに切り替えたかのようだ。
「ホントに聞こえてるんですか、コレ…?」
「コッチが訊いてんだよぅ!」
思わず溢れた感嘆に正面から文句で返されて光樹は飛び上がった。
「すみません聞こえてますっ! えっと、「コッチが訊いてんだよ」って仰いました…よね?」
念の為気凛と柳太郎の顔も見るが、2人とも頷く。「たぁ〜っくよ〜」と異星人は杖を肩にかけて伸びをする。
「アンタらどっから来たの? 言葉が通じないヒトとかめっちゃ久しぶりに見たんですケド」
「簡潔に言っちまうと、ここと似たような環境の、違う星から来た」
柳太郎があっさり自分たちの正体をバラしたことに気凛は眉を上げて目を見開くが、インカム越しに息を飲むのが聞こえたのか柳太郎は彼のバイザーの前に平手を出して、暗に「これくらい問題無い」と示した。一方そんなのは知ったことではない異星の女性は、先の言葉に随分驚いたらしい。
「え、マジで空の星ってヒト住んでんだ!? 本でも「かもね?」くらいの言い方だったのに!」
リアルタイムでの翻訳なんて高度なことをしてのけるならば、かなり高度な技術と文明があると期待したが、なるほど、天文学は盛んでも実際の観測はそこまで進んでいないらしい。ここが「宇宙のどこか?」を聞くのは無理そうだと判断した柳太郎はスルっと話題を変える。
「俺たちはこのヴァスコ号の船員だ。船を直すのに電気が要るんだが、どこで手に入るとか知らないか?」
「電気…雷? うわマジか!?」
急に背を向けた女は小声でぶつぶつと独り言を始めた。なんなら指を折って何かを勘定してる風にも見える。「おい、どうした」と柳太郎に声をかけられて彼女はまたクルリとこちらに向き直った。
「自己紹介がまだだったね船乗りさん、うちはアッシュ・ドライバー。流れの魔術師やってんだ」
アッシュが手を差し出す。この星にも握手の文化があるらしいが、自分がしていいものかと思った柳太郎は後ろの2人を見やる。気凛も光樹もトリオ漫才師みたいに平手で譲る仕草をするので、人類史上初、文字通りの異星人との「ファースト・コンタクト」の名誉に与ることにした。
「長野柳太郎だ。こちらは白河気凛と、森田光樹。改めて訊きたいんだが、電気のありそうな場所に心当たりが?」
「あるある。うちもそこを目指して旅してたんだ。こっからすぐに大っきい街があるんだよ。雷魔法で有名なトコで」
「ちょっとちょっと。いいですか、アッシュさん?」
気凛が割り込むように手を挙げる。アッシュは若干煩わしそうだったが、柳太郎も光樹もいささか気になっていたことについてだろうと思い、特に止めなかった。つまり……
「魔術師とか、魔法とか、一体どういったものなので?」
ということだった。今自分たちが受け取っている言葉の翻訳精度がどれほどの物かは知らないが、まさか言葉通りということはあるまい。この地球人たちの想像するところとしては"科学"とはちょっとニュアンスの違う、何か他の技術を指すのかと予想しているところである。果たして怪訝な顔のアッシュ・ドライバーはなんと答えるのか。
「どうってアンタ…いま見たじゃん? ハナシ通じるようにしてやったでしょ」
「はぁ!? なっ、これが!!?」
耳の辺りを押さえながら、訳がわからないという風に頭を振る気凛。アッシュはその頭全体を覆っているマスクをじっと見て、「あぁ!?」と手を打った。
「もしかして…空って"霊気"無いの!? あぁ〜、だからそんな大袈裟な被り物してんだ?」
「霊気…が何かは分かんないですけど、私たちの故郷とは空気に違いがあると認識してます。好き好んで付けて無いですよこんなもん」
光樹がバイザーを指先でコンコンと叩く。アッシュは彼女の言葉に「だよね〜」と頷いた。宇宙空間での活動の多い柳太郎はなんとも思っていなかったが、こんな重装を纏うことについては女性同士で何か共感できているらしい。
「そのカッコで街に行ったってびっくりされるっしょ。霊気だけ肺に入っちゃわないようにできる魔法もあるけど、どう?」
「そんな都合のいいモンなのか?」
「フツーにうちらも使ってるし。山の中とか、霊気が濃いとこ入ると肺が焼けて死んじゃうことだってあるんだよ」
魔法とやらがどういう仕組みのテクノロジーなのかは未だ判然としないものの、彼女達の生活において必須のものであることが窺える。
「なんて恐ろしい星だ……」
「金星よかマシだろう。ともかく、アッシュさんに案内してもらって街を見てみるってのは悪くねぇアイデアに思える。棟梁、どうだ?」
腕のウェアラブル・コンソールを起動し柳太郎はブリッジに通信を繋いだ。これまでの様子は気凛の記録用カメラを通じて全て把握してもらえている。沙耶香は艦長席に着き、こめかみを親指でぐりぐりしながら考えているようだ。
「もちっと慎重に動くべきか、とも考えてんだがねぇ。いかんせん今のアタシたちには出来ることが少なすぎる。運良く現地の人間が協力してくれるってんなら、積極的に戻る手がかりを探しに出てみようか。ただし、安全第一でな?」
アッシュに案内を頼む、という結論で決着したところで通信に一人割り込んできた。厨房で支度を終え、手を布巾で拭う佐藤敏夫氏だ。
「ハナシは途中から聞いていたよ。君たちの分の食事はランチボックスにしておいた。今からエアロックまで届けるが、4人前でよかったかね?」
「だそうだ、アッシュさん。違う星のメシには興味あるか?」
「え、マジで? 食べたい! ごちんなりまーす!」
コンソールのモニターに向かって手を振るアッシュに、敏夫は会釈で返し通信を切った。寸前の彼の口角は少し上がっていたような気がしないでもない。
「それじゃ、よろしく頼んだぞ!」
沙耶香と敬礼を交わし、ブリッジとの通信を終える。
とりあえずこれからすることを整理してみると、まずヴァスコ号には電気が必要で、それを手に入れられる可能性がある街へと、アッシュの案内で向かうわけだ。
「…そういや、どういう街なんだ。結構栄えてるのか?」
柳太郎の問いに、アッシュは「言うまでも無いだろう」と訴えるかのように呻いた。
「都会も大都会だよ。ここら一帯を治めてるライデン王国の首都で、ガルバニアってゆーの」
…どうも話は、想定以上に大きくなりそうだ。




