四皿目
午後の光はやわらかいのに、胸の奥だけが曇っていた。
駅前のスクリーンに映る広告を、ぼんやりと眺める。
流れていく人波の中で、自分だけが少し遅れているような気がした。
(もし、あの時)
何度目かわからない思考が、また浮かぶ。
高校三年の春。
進路希望の紙を前にして、向かい合って座っていた親友。
嬉しそうに語っていた夢。
その横顔。
「そんな夢、無理に決まってんじゃん」
軽い口調だったと思う。
笑っていたかもしれない。
そして、続けた。
「向いてないでしょ、あんた」
ほんの一瞬、親友の手が止まった。
目の奥が、わずかに揺れた。
でも彼女は笑った。
「そっか」
それだけだった。
あれから、連絡は減り、
やがて途切れた。
数年後、偶然知った。
彼女はその夢を追い続け、
少しずつ形にしているらしい。
誇らしい気持ちと、
言いようのないざらつきが胸に残る。
(私は、何を守ろうとしたんだろう)
立ち止まった先に、白い建物があった。
壁を這う緑のツタ。
静かな灯り。
扉を押す。
カラン、と小さな音。
「いらっしゃいませ」
黒髪の青年が立っていた。
落ち着いた佇まい。
どこか遠くを知っているような目。
「いらっしゃいませ。巡と申します」
「メニューはおまかせとなっております」
案内された席に着く。
しばらくして、透明な器が置かれた。
砂時計の形をしたゼリー。
上は透き通り、下は淡い色。
「ひっくり返しても、壊れません」
巡の声は静かだった。
彼女は器に触れ、ゼリーをそっと覗き込む。
透明な層が、わずかに揺れる。
巡が、続ける。
「戻りません」
彼女は顔を上げる。
その言葉には、ためらいがなかった。
しばらく、ゼリーを見つめる。
「……言ったんです」
視線は器のまま。
「向いてないでしょって」
言葉にすると、思っていたより軽い。
けれど、胸の奥は重い。
「心配だっただけなんです」
巡は何も否定しない。
ただ、器をそっと上下逆さにする。
形は崩れない。
色だけが入れ替わる。
「戻せなくても、向きは変えられます」
それだけ。
店の奥では、リヴィアが何も言わず皿を磨いている。
白い布が、ゆっくりと円を描いていた。
彼女は小さく息を吐く。
ゼリーを一口すくう。
やさしい甘さ。
奥に、ほんの少しの苦み。
店を出る。
空は薄曇り。
光はあるのに、強くはない。
砂利道が続いている。
来るときより、少し長く感じる。
まだ、何も決められない。
謝るべきか。
見守るべきか。
それとも、このままでいるべきか。
答えは出ない。
それでも。
足を止める理由は、もうない気がした。
砂利を踏む音が、規則正しく続く。
もしもは消えない。
けれど、同じ場所に立ち続けなくてもいいのかもしれない。
彼女は、前を向いた。
薄曇りの空の隙間から、わずかな光が砂利道に落ちていた。
歩みはゆっくりだが、確かだった。
最後までお召し上がりいただき、ありがとうございました。
またのお越しを、心よりお待ちしております。
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