第42話 今、行きますわ
部屋にある自分の持ち物をカバンに詰めました。
軍剣を抜き放ち、隔離室のスライドドアに手を当てます。
開きません。
鍵が無いと、内側からは開かない仕組みになっていました。
――これを破壊したら、もう後戻りはできない。
それでも、
行かなければいけません。
心の中でお礼を言いました。
……ラスティン様。
短い間でしたが、お世話になりました。
(マコト)
今、行きますわ。
剣の柄を両手で握りしめます。
一閃。
ドアの右上の角から左下の角までが綺麗に裂けました。
ハウハニス製の扉の上部が折れるように前に倒れます。
わたくしは乗り越えるようにして歩き、もう一つのドアも、
一閃。
二重扉が破壊されました。
剣を鞘に収めて。
部屋からカバンを持ってきて、通路へと出ます。
隣の塔長室からは、慌てたような物音がして、ラスティンが出て来ます。
くせっ毛の銀髪に眼鏡の男。
彼はたまげたように叫びました。
「ノクティア君!」
わたくしは真っ向から睨みつけます。
「ラスティン様、マコトに、会わせてくださいます?」
呆れたように首を振って、彼はため息をつきました。
それからわたくしを一瞥します。
「実はな、マコト君は、先日魔王と思われる存在に攫われてしまったんだ」
「……どういう?」
「彼が出社しないので家に行ったら、玄関に太い爪が落ちていた。モンスター魔力波動センサーで爪の測定をしたら、針に赤い光が灯った。つまり、爪の主は、君と同じ波動の持ち主だ。魔王で間違いあるまい」
「……どうして黙っていたのですか?」
「君を、行かせたくなかった」
「なぜ?」
「死なせたくなかったからだ」
魔王の住処はエヴルヘイムです。
このメルメイユから、馬の足で十日ほどの距離。
幸運なことに、古文書を読んだことで場所は頭に入っています。
わたくしは歩き出しました。
ラスティンの脇を通り抜けます。
「待ちたまえ、ノクティア君」
「何でしょう?」
足は止めましたが、振り向きません。
「魔王城へ行くのか?」
「はい」
「やめるべきだね。無謀だ。あまりにも、勝算が薄い」
「可哀想な人」
「何!?」
「わたくしは勝つために行くのではありません。マコトを愛しているがためにゆくのです」
「それで死んだらどうする!?」
「死にません」
わたくしは淡く微笑んで、
「さようなら」
歩き出しました。
通路を進み、階段を降りて、また通路を歩きます。
司書カウンターのところにはたまたまナリナがいました。声をかけてきます。
「あれ、ノクティアさんだ!」
「ナリナ、またね」
わたくしは一言だけ残して、玄関へと向かいます。
「ノクティア君!」
追いかけてきたラスティンが、後方で何か叫んでいました。
気にしません。
久しぶりの外気に触れました。真夏であり、日ざしがじりじりと地面を焼いています。体がすぐに熱くなって、わたくしは左手で右腕を撫でました。
とりあえず帰路につきます。
魔導図書灯から、徒歩で三十分の距離でした。早足で歩き、二十分ほどで到着します。
玄関に鍵はかかっていませんでした。
「マコト!」
わたくしは呼びかけましたが、家の中からは返事はありません。
リビングダイニングキッチンを見回します。それから自分の部屋へと行って、少し持ち物を整理しました。
家の権利書の木箱を見つけます。
……これは持っていけないわ。
部屋の奥へとそっと隠しました。
家を出ます。
鍵を持っていないので、施錠することができませんでした。
メルメイユからエヴルヘイムへと行くためには、二つの町を経由しなければいけません。
次の町へ行く荷馬車が出ていると良いのだけれど。
わたくしは町の繁華街にある商人ギルドを目指して歩き出します。
通りの向こうから、走ってくる人影があり。
仕事着そのままの黒のローブ、背中には杖を背負っていました。右手には大きなバッグを持っています。
「ノクティア君!」
わたくしは意外な心持ちで立ち止まりました。
「ラスティン様?」
彼が目の前に来て、ぜーぜーと息をします。
そして顔を上げました。
「私も、連れて行ってくれ」
「どうして……」
わたくしは貴方の作ってくれたハウハニスのお部屋を、
壊してしまったのに。
ラスティンは人の良い笑みを浮かべました。
「旅は道連れというじゃないか」
「ありがたいですが、わたくしは一人で行きます」
「君のためじゃない!」
ラスティンが力強く声を張ります。
わたくしは少しびっくりとして、彼の顔を見定めるように眺めました。
「これは、私自身のためなんだ」
「そ、そうですか」
「ああ。同行を、許可してくれるね?」
「ラスティン様、お仕事は?」
「それよりも大事な要件が入ったからね」
「なるほど」
わたくしは顔を俯かせて、
すぐに上げました。
「では、同行を許可いたします」
「ありがたい」
二人で並んで歩き出します。
彼の顔をちらりと見ると、清々しい笑顔を浮かべていました。
そのお顔に少しドキッとして、
顔をそらします。
マコトにしろ、
ラスティンにしろ、
……男性というのは、勝手な人ばかりだわ。
ため息がこぼれました。
だけど同行者という存在が、心強いことだけは確かです。
マコト。
待っていてください。
いま助けに行きます。




