第32話 目覚め
肩がトントンと叩かれています。
「ふにゃ」
目を覚まして顔を上げると、そこにはマコトの顔があり、
……夢?
わたくしは瞬きをします。
彼が上半身を起こして、微笑んでいました。
病院の個室。白い床に、同じ色の天井と壁。タンスの上には絵画が飾られています。窓からは朝日が差し込んでいました。
「ノクティア、起きたか?」
「勇者様、もう大丈夫ですの?」
「ああ、すっかり良くなったよ。君が輸血してくれたおかげだ」
「本当に良かったですの」
わたくしはまた両目から涙がにじんで、両手で目をこすります。
「ノクティア、泣くな」
「泣いていません」
「ありがとう、おかげで僕はこうして無事だったよ」
「もう無茶をしないでくださいまし」
鼻をすんすんとすすります。
「ははっ」
マコトが右手を伸ばして、わたくしの髪を撫でてくれました。
わたくしは顔を赤くして、されるがままです。
少しして、移動式テーブルと一緒に病院食が運ばれてきました。パンと卵焼きに、クリームシチューと野菜の和え物。わたくしはスプーンを持って、食事をマコトの口に運びます。
「勇者様、はい、あーん」
「ノクティア、自分で食べれるって」
「無理をしてはダメですわ。はい、あーん」
「え、えっと、それじゃあ、あーん」
マコトがむしゃむしゃと食べてくれます。わたくしは嬉しくなって、リズム良く食事をその口へ届けました。
可愛い勇者様。
病院食はわたくしの分も用意されたようで、ありがたくいただきます。
安心しましたわ。
マコトはあれからポーションを飲んだようで、傷口がすっかりと塞がったようでした。
「勇者様、痛いところは無い?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「目はチカチカしませんか?」
「平気だ。ははっ、心配性だな、ノクティアは」
「笑い事ではありませんの」
わたくしはまた涙が出そうになって、
「ノクティア、泣くな」
「ち、違います。目にゴミが入った、だけでございます」
「泣いてるじゃないか」
「泣いてないもんっ」
その後、初老の医者が診察に来て、マコトの患部だった場所に触れます。彼がおっしゃいました。
「良かったですね、マコトさん。いつでも退院して良いですよ」
「「ありがとうございます」」
二人で頭を垂れました。
本当に良かった。
これでまた、家に帰ることができます。
その後、マコトが着替えをしました。わたくしは病衣をきちんと畳みます。
立ち上がると、わたくしは少しふらつきました。大量の輸血をしたせいで血液がまだ足りないようです。
「おい、看病側が倒れてどうする」
「倒れていませんわ。これしきのこと、平気でございます」
「今日は栄養価の高い食事を摂らないといけないな」
「レバーにしますわ」
「それは良いな」
荷物を持って出発です。
病院の受付で会計をしました。ちょっと値段が高かったのですが、マコトを救ってくれたことには感謝が尽きません。仕方の無い出費でした。
玄関で靴に履き替え、建物の玄関を出ます。
日の光が眩しい。
二人で並んで出発でした。
わたくしは勇者様の腕に腕を絡ませます。くっついた一つの影がゆったりと揺れていました。
勇者様の顔がすぐ隣にあります。
このまま、二人だけの秘密のお花畑に行きたい。
なんて。
魔導具商が露店を開き、いつもの町の風景が戻っていました。
市場に寄りました。昼と夜に、簡単に食べられるお惣菜とレバーを買います。今日はさすがに料理をする体力がありません。だけど、洗濯だけはしなければ。
「あれ、ノクティアお姉ちゃん?」
知った声がかけられて、顔を向けると茶髪の少年がいました。こちらへと近づいてきます。
「カイル、偶然ね。何をしているの?」
「丁度いいや! 今からお姉ちゃんの家に遊びに行くつもりだったんだ。ほら、昨日町を魔物が襲ってきたみたいだから、大丈夫かなって」
「本当? じゃあ、一緒に行きましょう」
「お姉ちゃんたち、無事だった?」
「それは……」
わたくしは隣にいるマコトの顔を見て、
彼が苦笑しています。
勇者様が親指を立てました。
「余裕だ」
「どの口が言いますか」
わたくしは彼の腕を小突きます。
カイルが怪訝な表情で尋ねました。
「えっ! マコト兄ちゃん、もしかして魔物の被害にあったの?」
「実はな、僕が全部やっつけたんだ」
「嘘をおっしゃい」
「すっげー兄ちゃん。カッケー!」
「カイル、マコトはモンスターに襲われて怪我をして、今まで泣きながら寝ていましたの」
「泣いていたのはノクティアじゃないか」
「泣いてないもんっ」
「嘘だな」
「……何かよく分からないけれど、とにかく二人が無事で良かったよ。立ち話もなんだしさ。とりあえず行こうよ!」
「カイル、ノクティアは一リットル泣いたんだ」
「そんなに泣いていません!」
わたくしは顔を赤くします。
「マコトの昼食は無しですわ」
「それはひどいな」
「わたくしが一人で食べちゃいます」
「おいおい」
苦笑を浮かべる勇者様。
今度は三人で並んで歩き出します。
住宅街へ行くと、いつもの三毛猫と黒猫が吠え合っている姿がありました。わたくしたちの接近に気づくと、喧嘩をやめてゴロゴロと鳴き、柔らかな体を押しつけてきます。
「うわっ、猫だ」
カイルの笑顔が弾けました。
わたくしは猫たちの名前を呼びます。
「チケ、ミル、貴方たちもご飯ですのよ」
「ゴロゴロー」
「ニャー」
嬉しそうな二匹の鳴き声。
わたくしたちの足下を着いて来ます。気をつけないとその尻尾を踏んでしまいそうでした。
我が家に帰宅すると、玄関前にまた知った顔があります。
あら、ナリナですわ。
「ノクティアさん!」
駆け寄って来る彼女。その顔には心配の色合いがありました。彼女が聞きます。
「マコトさんも、大丈夫だった? 昨日は事件だったみたいだけど」
「誰?」
カイルが疑問を口にします。
わたくしは優しい声で教えました。
「同僚ですの」
「あ、そうなんだ!」
ナリナがニヤっと笑って指摘しました。
「二人とも、何か今日は距離が近いね」
わたくしとマコトは顔を見合わせて、
「い、いつものことですわ」
「ノクティア、いま、鍵を開けるから」
「あ、はい」
わたくしたちは腕を離しました。
ナリナがニタニタと笑っています。
わたくしは冷静を装いました。
「ナリナ、とりあえず家に入ってくださいな。話したいことがたくさんありますので、紅茶を飲みながら語りましょう」
「うんうん。何か話があるんだね! 甘酸っぱい恋物語かな?」
「違いますぅ」
わたくしは首を振りました。
マコトが家の鍵を開けます。
そして、四人で建物に入りました。
今日は休日です。
うーんと羽を伸ばして、疲れを癒やしたいですわ。




