第12話 夜は目を持つ
ザッ、ザッ……。
二人の足音だけが響いています。
夜気が肌をひんやりと撫でました。
半歩後ろを歩くマコトが小さなくしゃみをします。
一瞬、風がざわめきました。
迷路に招かれるようでした。
すぐ近くに灯りがある気がして。
けれど、届きません。
それでも空の月と星だけは確かでした。
ただただ前を向いていました。
マコトがぼんやりとつぶやきます。
「寒いな」
「あら、気になりませんわ」
道を右へ折れた先に、壊れた門が見えてきました。
門の先に、横長の大きな建物があります。レンガで覆われた壁と屋根。規則的に並んでいるガラス窓。ところどころがひび割れており、ここがもう使われていない施設だということを物語っていました。壁には剥がれ落ちた魔法陣も描かれています。焦げ跡があり、石くずと埃の匂いがしました。
わたくしは壊れた門を乗り越えて、中に入って行きます。
「おい、ここにするのか?」
首だけ振り返ります。
「ここなら、誰も来ません」
マコトは眉をひそめています。
だけど否定はしませんでした。
縦に大きく裂けたシャッターの間から侵入します。
通路を歩き、二人の足音だけが響いていました。
「灯火」
マコトが魔法を唱えてくれました。その右手のひらから光る球体が浮かび上がります。辺りを明るく照らしてくれました。
「ありがとう」
「いや」
奥へと歩を進めます。
規則的に並んでいる大きなテーブル。壁脇にあるガラス棚には、実験に使う器具がありました。足を踏みしめるとかすかに埃が立ちます。静寂だけが周囲を支配していました。
「ここは、魔法実験棟のようだね」
「おそらく、そうですわね」
「ノクティア、ここを住処にする気か?」
「ええ」
「寒いぞ?」
「気にしません」
「俺は気にする」
「マコトは、宿に泊まりますか?」
「……僕は、君のそばにいる」
何なんでしょう、この男は?
いつだって抱きしめもしない。
だけど、そっと寄り添ってくれる。
一定の距離を保ったまま。
――何なの?
窓辺に近づきます。
遠くに、町の小さな明かりが見えました。
(届きませんわ)
マコトが静かに隣に並びます。
静かに風が抜けました。
ふと、何物かの気配。
けれど遠い。
少し離れたところに丘がありました。
そこに、影がある気がしました。
はっきりしません。
マコトは気づいていないようで、のんきな声です。
「布団はどうする?」
「昼になったら、買ってきましょう」
「やっぱり、君は逞しいね」
「あら、か弱い乙女ですわ」
「ロビンソンクルーソーみたいだ」
「誰?」
「いや、何でも無い」
夜は広く、どこまでも目を持っているようでした。
けれど、わたくしは振り向きませんでした。




