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鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


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19/21

19 コリーナ・バルヒェット侯爵令嬢の微笑み

 談話室に、彼女はいた。

 真紅のベルベットソファにゆったりと腰を預け、片肘をかける姿は舞踏会の主役そのもの。深紅のドレスは宝石を散りばめたように煌めき、胸元には薔薇を象ったルビーのブローチ。

 炎のように鮮やかな髪、翠玉めいた瞳。

 かつて婚約者だった女――コリーナ・バルヒェット侯爵令嬢は、羽根扇で唇を隠しながら微笑んでいた。


「クラウス、久しぶりね。元気そうでよかったわ」


 その声には、甘さと毒が等分に混じっている。


「……何をしに来たんだ、コリーナ()

「そんな顔をしないで頂戴。せっかく貴方のために、わざわざこの辺境まで足を運んだのに」


 コリーナの涼やかな声音の裏には、明確な侮蔑があった。

 クラウスは押し殺した息を吐き、向かいの椅子に腰を下ろす。


「聞いたわ。新しい事業を始めたんですって?」

「金に絡むことばかり耳が早いな」

「王都の市井で『ノメンゼン』の名が飛び交っていたのよ? 気になるのは当然じゃなくって?」


 扇の下でわざとらしく微笑見ながら、彼女はじっとクラウスの表情を観察している。

 ――コリーナの言う新しい事業とは、火山灰を原料に使ったガラス細工のことだ。

 淡い青緑の光を宿すそのガラスは、王都の貴族の間でも高い評価を受け『ノメンゼンガラス』として流通が盛んになってきている。元がガラスである為に単価は安いが、それ故に庶民にも手が届きやすく、王国全体へ広がっていっている最中だ。いずれ貿易品とすることも視野に入れている。

 これも、ゲルタが火山灰に新しい価値を見出してくれたからこそ。


「事業が一つうまくいったところで、贅沢できる訳じゃない。質素倹約は継続している」

「そんな地味なこと言わないで。たまにはパーティでも開いて、景気づけたら? 貴方の領地、もう少し華が必要よ。……まるで修道院みたいなんですもの」


 言葉の端々に、ノメンゼン領への嘲りが混じっていた。口調はあくまで上品だが、そこに込められた蔑意を隠そうともしない。


「ご提案どうも。奇遇なことに近々、謝恩会を兼ねたパーティを開催する予定だ」

「あら珍しい。社交を毛嫌いする陰気な貴方が。……新しく嫁いできたっていう、男爵令嬢の影響かしら?」

「嫌味しか言う気がないなら帰ってくれないか?」


 クラウスは低く言う。

 しかしコリーナは、まるで甘い差し入れでも思いついたかのように、自然に口を開いた。


「ねぇ、私たち寄りを戻さない?」


 一瞬、空気が凍りつく。


「……何?」

「だから、また私と婚約を結ばない? 人脈も財産もない男爵の女より、私の方が釣り合っているでしょう? 私なら貴方の苦手な社交を一手に引き受けられるし、後ろ盾も大きい。悪い話じゃないでしょう?」

「どういう風の吹き回しだ。そもそも、最初に破談を持ちかけたのはコリーナ嬢だろう」

「えぇ。あの時の私は悪魔に憑かれてしまったようで、とてもまともではなかった。貴方を何度も傷付けてしまったわね。心から、謝罪するわ」


 パタン、とコリーナは扇を閉じる。

 その仕草は、演劇の幕間のように芝居がかっていた。


「クラウス。私はね、贖罪をしたいのよ」


 その声音はしっとりしていながら、どこか他人事の冷たさを含んでいる。


「確かに私は灰だらけのここが嫌で仕方がなかった。でも今なら魅力がわかるわ。あの美しいガラスが作られたように、ここにもいい所が沢山ある。それを社交界の華である私が広めてあげる。ねぇ? 素敵でしょう?」

「帰ってくれ」


 クラウスは拒絶するように言った。


「君との婚約は破棄となった。そして俺には新しい婚約者がいる。俺の社交性のなさを心配してくれるのはありがたいが、これは俺の問題だ。コリーナ嬢が気を揉む必要はない。気持ちだけ、受け取っておく」


 それを聞いたコリーナは、薄く目を細めた。

 彼女の表情は、まるで気に入らない玩具を見つめる子供のように冷ややかだ。


「そう、残念ね。でも折角、来たのだからしばらく滞在していいかしら?」

「滞在自体が構わないが、城からは出て……」

「なら泊まらせていただくわね!」


 クラウスの言葉を完全に無視して、コリーナはぱっと立ち上がった。

 あたかも、自分がこの城の女主人であるかのように。

 そのまま彼女は、クラウスの後ろに待機していたギュンターへ命じる。


「ギュンター、部屋の用意をして頂戴!」

「えぇ? 突然、そのように申し付けられましても……」

「必要な部屋ならいくらでもあるでしょう? 無駄に広いのだから。それとも案内が面倒? なら私が勝手に選ぶわ」

「お待ちください! 勝手に歩き回られたら困ります!!」


 ギュンターの必死の制止が、談話室にむなしく響いた。

 しかし人の話などまるで聞かないコリーナは、扇をゆらゆら揺らしながら颯爽と部屋を後にしてしまう。

 家主の許可も取らずに城を闊歩するなど無礼者の他なく、本来ならば門前払いにしても誰も文句は言えない。

 しかし彼女は『元』とはいえクラウスの婚約者で、王家との繋がりも深い侯爵家の令嬢。扱いを誤れば、ノメンゼン領全体に火種を撒きかねない。

 そしてノメンゼン家の爵位は辺境伯。

 この城に、彼女よりも上の立場の人間はいない。


(コリーナは……気分屋で、衝動的で、横暴だ。なるべく関わらないよう、ゲルタに伝えておかなくては)


 クラウスの胸の奥に、重い焦燥が灯る。

 次いで彼は椅子を押しのけるように立ち上がると、乱れた呼吸を整える間もなく廊下へ踏み出した。

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