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鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


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17 サプライズを考えているのです

 騎士たちの寄宿舎の一室。

 女性騎士が使っている四人部屋の中は整頓されており、壁際には磨き込まれた鎧と剣が掛けられている。

 昼の陽が小窓から差し込み、白い寝具の上をやわらかく照らしていた。


「すみません、ゲルタさま。こんな狭いところで……。しかも寝巻き姿なんて」


 二段ベッドの下段に腰を下ろしたリタが、頬を赤らめながらそう言った。

 顔色はまだ少し青白いものの、声には力がある。

 ちなみに同室の三人は現在、警備で部屋を空けていた。今この部屋にいるのはゲルタとリタの二人のみ。よって気兼ねなく話すことができる。


「いいえ、いいえ。そんなこと、まったく気にしないでください。それよりも、本当に目が覚めてよかった。後遺症などはありませんか?」


 ゲルタはリタの手をそっと取り、脈を確かめるように親指を当てた。

 温もりが戻っている。それだけで胸の奥がじんと熱くなる。


「はい! 気持ち悪さもなくなりましたし、たっぷり寝かせてもらったので今は元気いっぱいです!」


 リタは胸を張って笑う。

 その笑顔に、ゲルタの唇にも自然と笑みが浮かんだ。


「それは良かった。やっぱりリタは、明るく笑っているのが一番似合いますね」

「えへへ……ありがとうございます」


 医師の診立ても良好で、後は念のための静養期間というだけ。

 リタはもう、すぐにでも剣を取って訓練場に立てるほど快復していた。


「同室の子に聞いたんですが、私が寝ている間に湖の対処をもう済ませたそうで! さすがはゲルタさま、迅速で的確ですね!」

「ふふっ。私一人の力ではありませんよ。職人の皆さまや騎士団の方々、クラウス、そして、王都から来た錬金術師の方の助力があってこそ、です」

「錬金術師……? あっ、もしかして、今回の件の原因を突き止めたという?」

「ええ。ヘルムートという方です。王都の宮廷工房に所属していて、今回の件でわざわざ協力してくださったのですよ」

「なんと! それじゃあ、私の命の恩人じゃないですか!」

「そう言って差し支えないでしょうね」


 ゲルタは小さく笑い、首を傾げる。


「彼には謝恩会を開く予定です。もうしばらくはお城に滞在してもらうことになっています。もし見かけたら、リタからもぜひお礼を伝えてあげてくださいね」

「はいっ! もちろんです!」


 リタは勢いよく頷き、その拍子に髪がふわりと揺れた。

 ほんの数日前まで、死の気配が彼女を覆っていたことが嘘のように感じられる。

 その様子を見て、ゲルタの中にようやく『平穏』という言葉が戻ってきた。


「湖の脅威は一旦、退けられた……とは思いますが、他の場所にも見えない脅威は潜んでいるかもしれません。お互い気を付けましょう」

「はい、ゲルタさま! 今後は何の変哲もない場所に対しても、警戒を怠らないようにします!」


 元気よく返事をするリタの声が、木の壁を軽やかに響く。

 その声に、ゲルタは小さく微笑み——ふっと真面目な表情に戻る。


「それで、リタ。相談があるのですが……」

「なんでしょう? 何でもお申し付けください!」

「呼気の器が届きましたし、そろそろ火山へ向かおうと思うのです」

「えぇえええっ!?」


 ベッドが軋むほど、リタは跳ね上がった。

 目を丸くして、髪の毛をばさばさと揺らす。


「危険過ぎますよ、ゲルタさま!」

「火山の毒ガスは呼気の器があれば問題ありません。これは水の中など空気のない場所でも一定時間、呼吸ができる魔道具ですから。湖の件がありましたし、これを使用して毒ガスの発生源や規模を調べ、少しでも安全を確保しなくてはと思いまして」


 ゲルタの瞳は使命感に燃えている。

 その眼差しを見て、リタは一瞬たじろぐ。


「だっ、駄目ですよーっ! 未来の辺境伯夫人をそんな危地に行かせられませんっ! 行くとしても私たち騎士が向かいます! その呼気の器というものを使えば火山に入れるんですものね!?」

「そうなのですが、呼気の器は指輪の形をしていまして……。ぴったり指のサイズが合う方でなければ、効果は発揮されません」

「では我々に合わせて新しく作るとか! 取り寄せるとか!」

「そして仮に呼気の器を揃えられたとして、調査は魔道具のルーペを使いこなせる方でなければ難しいのです。そうなると私か、ヘルムートが適任となってしまいます」

「えぇーっ!? またその人ですかっ!」


 リタが顔を真っ赤にして二度目の悲鳴を上げた。


「しかしヘルムートはあくまでお客さまですし、ここは私が……」

「駄目ですーっ! 駄目駄目駄目っ! 他、他の手を考えましょう! クラウスさまにも相談して!」

「……今、クラウスに話すと何が何でも止められそうな気がして、内緒で向かおうかと……」

「そりゃ止めますよー!? 私だって止めます!」


 リタは頬をぷくっと膨らませ、腕を組んでぷんぷん怒っている。

 その勢いに押され、ゲルタは思わず肩をすくめた。


「こっそり行こうとしてたなんて、クラウスさまに報告しますからねー!?」

「り、リタ。それだけはやめてください。やめますから……!」

「本当ですかぁ?」

「えぇ、えぇ。勝手なことはしません。地母神に誓って」

「……誓いましたね?」

「誓いましたとも」


 こくこくと頷き、リタを納得させるゲルタ。

 彼女にだけはこっそり話し、協力を仰ぎ、火山までの道中の案内と護衛をお願いする……という案は立ち消えてしまった。


「ええっと、では火山へ入ることはひとまず置いておきまして……。リタはこのり領で火薬を扱える人を知っているでしょうか?」

「火薬ですか? 何でまた?」

「お世話になった領民の方々を労う方法を、一つ思い付きまして。その中にはクラウスもいます。なのでサプライズ、というものに挑戦をしてみようかと思いまして」

「またこっそりですか」

「えぇ。でもこちらの案は危険では……いえ、火薬の取り扱いは油断してはいけませんが、その道の方にご協力いただければ……」


 そうしてゲルタはリタにこしょこしょと耳打ちをし、胸の内に秘めていた策略……サプライズを打ち明けたのだった。

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