第7話 星城大学
星城大学は情報システムとAI研究において国内トップクラスの大学である。
祐希はこの大学のAI情報システムコースを専攻している。
このコースは、情報システム全般と、AIを活用する技術を学ぶ。
現在のAIの世界では、LLM(大規模言語モデル)が主流だ。
LLMは、文章の生成や言語翻訳の他、情報システムのプログラムコードを生成できる。
今日は「プロンプト・エンジニアリング」の授業で、祐希とコジケンは講師の話に熱心に耳を傾けていた。
コジケン――本名小島健太郎は、祐希と同じゼミに所属する1歳年下の友人だ。
お調子者で女好き、競馬で万馬券を当てるのが特技という、お世辞にも品行方正とは言えない男だが、世話好きで面倒見が良く、祐希とは妙にウマが合った。
吉永教授は国内におけるAI応用研究の第一人者である。
黒縁の眼鏡を掛け、白髭を蓄えた吉永教授は、ワイルドな風貌とは裏腹に優しい口調で学生に語りかけた。
「……というわけで、AIの能力を最大限に引き出すには、君たちの『指示力』
つまりプロンプトの質が不可欠なのです」
教授の言葉に、祐希は深く頷いた。
将来、システム開発に携わりたいと考えている祐希にとって、この授業で学ぶ内容は必須スキルだ。
――『指示力』、か。
ふと、昨夜の質問攻めを思い出す。
あの状況で、自分は何ひとつ気の利いた返しができなかった。
AIに対してであれ、女性に対してであれ、適切な言葉を選ぶ力が問われる時代らしい。
祐希は苦笑しつつ、ノートに『指示力』と書き込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
授業を終えた祐希とコジケンは学内のカフェテリアに向かっていた。
「祐希、吉永教授の話、分かりやすかったな」
「ああ、プロンプト一つでAIの出力が全く違うって、実際に試して初めて実感したよ」
「特にシステム開発じゃ、コード生成からデバッグまでプロンプトの質次第だしな」
「適切な指示を出せるかどうかで、生産性が桁違いになる」
日本の少子高齢化により、プログラマー不足が深刻化する状況で、生成AIにプログラムを記述させ、生産性を上げる研究が盛んに行われている。
生成AIに的確な指示を出さなければ、目的のプログラムは生成できないのだ。
既に大手IT企業では、プロンプト・エンジニアリングのスキルを持つ人材を高待遇で囲い込み始めている。
生成AIを使いこなせるかどうかが、これからのエンジニアの市場価値を分ける時代に入りつつあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
星城大学のカフェテリアは和食、洋食、中華、イタリアン、うどん、そば、カフェ、ファストフードなど……
36の店舗が軒を並べ、中央に座席が配置された最大800人収容の巨大なスペースである。
昼時ということもあり、ホール内は学生たちでごった返し、話し声と食器の音が響き渡っていた。
カレーのスパイスや出汁の香りが入り混じり、食欲を刺激する。
祐希とコジケンは、トレーに昼食を載せ、近くの席に座った。
「コジケン、今日もサバ味噌定食かよ」
「祐希、ここの鯖味噌、絶品なんだぞ。
鯖の旨味とピリ辛味噌の絶妙な味わい、それにDHAとEPAも摂取できるしな。
ほら、一口食ってみろ」
「僕はカレーに集中したいから、遠慮しとく」
「何だよ、お前だって毎日カレーじゃん」
「カレーは国民食だから、毎日でもいいんだよ」
祐希は無類のカレー好きだ。
「何が国民食だよ……まったく……
ところで祐希、新しい部屋はどんな感じだ?」
「そうだなあ……、新しいし、広くて、綺麗……かな」
「それって最高じゃん。
そのシェアハウス、お前の義姉さんがオーナーだよな。
家賃安くしてくれたか?」
「ああ、身内割引で契約手数料は無料。
家賃は共益費込みで7万を5万にしてくれたよ」
「ふ~ん、そりゃあ安いなぁ。
住人は女子もいるんだろ?」
「い、いるけど……」
「何人いるんだ?」
「8人……かな」
「は、8人もいるのか……
おい、その中に可愛い子、いるんだろ!」
コジケンの目がキラリと光った。
「そうだな~、年上もいるから可愛いっていう括りには当てはまらないかもしれないけど……
みんな美人だと思うよ」
「それって最高じゃん。
で、男は何人だ?」
「今のところ、僕1人」
「えっ、何だよそれ、男1人に女子8人って……、ハーレムじゃん」
コジケンの上ずった声に、隣のテーブルの女子学生たちが一斉に振り向いた。
周りからの冷ややかな視線が容赦なく突き刺さった。
「コジケン、声がデカい……」
コジケンは祐希と同じ『彼女いない歴=年齢』の由緒正しき童貞男子なので、いつも女に飢えているのだ。
「コジケン、お前は女の本性見たことないから、そんなこと言えるんだ」
祐希は昨夜、年上女子2人から受けた容赦ない質問攻めを思い出した。
「祐希……、そのシェアハウス、部屋空いてるか?」
「今は、満室だな」
「そっか~、そうだよなあ……、そんないいところ、空いてるはずないよなぁ……」
コジケンは一人で納得していた。
「じゃあさ、今度、お前んち遊びに行っていいか?」
「住人以外は男子立入禁止だから、無理だな……」
「え~、なんか方法は無いのかよ~」
「残念ながら……ないな」
「そんな殺生な」
コジケンは頭を抱え、涙を飲んだ。
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