第7話 星城大学
星城大学は情報システムとAI研究において国内トップクラスの大学である。
祐希はこの大学のAI情報システムコースを専攻している。
このコースは情報システム全般とAIを情報システム分野に活用する技術を学ぶコースだ。
現在のAIの世界では、LLM(大規模言語モデル)が主流だ。
これは、大量のテキストデータから学習し、人間のような自然な言語の生成や理解を行う生成AIモデルのことである。
LLMは、文章の生成や言語翻訳の他、情報システムのプログラムコードを生成できるのだ。
今日は「プロンプト・エンジニアリング」の授業で、祐希とコジケンは講師の話に熱心に耳を傾けていた。
講師の吉永教授は国内におけるAI応用研究の第一人者である。
「プロンプト・エンジニアリングは、LLMに対して、意図したとおりの出力を得るために適切な指示、つまりプロンプトを与える技術のことです。
AIは、人間から与えられたプロンプトに基づいてさまざまな処理を行うのです」
黒縁の眼鏡を掛け、白髭を蓄えた吉永教授は、ワイルドな風貌とは裏腹に優しい口調で学生に語りかける。
「例えば、文章の生成、翻訳、要約、質疑応答など、いろんなタスクを実行できます。
でも、AIはあくまで与えられた情報に基づいて処理を行うから、プロンプトの内容によっては期待どおりの結果が得られない場合もあるんです。
そこで、プロンプト・エンジニアリングの出番、というわけです」
吉永教授はそこで一度言葉を切り、学生たちの顔をゆっくりと見渡した。
優しい口調とは裏腹に、その眼光は鋭く、一人一人の集中が途切れていないかを見極めているようだった。
「プロンプト・エンジニアリングでは、AIの特性を理解し、適切な言葉や表現、構成などを工夫することで、AIの能力を最大限に引き出すことを目指しています。
プロンプト・エンジニアリングは、AIを効果的に活用するために必要不可欠な技術といえるでしょう」
吉永教授は、自慢の髭を撫でながら先を続けた。
「例えば、画像生成AIに『猫の絵を描いて』と指示するだけでは、AIがどのような猫の絵を描くか予測できません。
しかし『三毛猫が、庭で遊んでいる様子を、水彩画風に描いて』というように具体的に指示することで、AIはよりイメージに近い絵を描き出すことができます。
このように、プロンプト・エンジニアリングは、AIの能力を最大限に引き出し、私たちの意図する結果を得るために非常に重要な技術なのです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
授業を終えた祐希とコジケンは学内のカフェテリアに向かっていた。
「祐希、吉永教授の話、分かりやすかったな」
「ああ、生成AIの性能を最大限に引き出すには、プロンプトの質が重要だっていうことが良く理解できたよ」
「そうだな、実際に試してみて、プロンプト一つでAIの出力が全く違うのに驚いたよ」
「だから、適切な指示が大事なんだってな」
「どんな言葉で、どんな順番で指示したらいいのか、色々試行錯誤するのは楽しいな」
「うん、特にシステム開発では、プロンプトの質がコード生成、デバッグ、コードレビューの質に影響してくるから、なおさら重要だな」
日本の少子高齢化により、プログラマー不足が深刻化する状況で、生成AIにプログラムを記述させ、生産性を上げる研究が盛んに行われている。
生成AIに的確な指示を出さなければ、目的のプログラムは生成できないのだ。
祐希は、将来AIを活用したシステム開発に携わりたいと考えている。
そのために『プロンプト・エンジニアリング』は、祐希にとって必須のスキルなのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
星城大学のカフェテリアは和食、洋食、中華、イタリアン、うどん、そば、カフェ、ファストフードなど36の店舗が軒を並べ、中央部分に座席が配置された最大800人収容の巨大なスペースである。
祐希とコジケンは、トレーに昼食を載せ、近場の席に座った。
「コジケン、今日もサバ味噌定食かよ」
「祐希、ここのサバ味噌、絶品なんだぞ。
鯖の旨味とピリ辛味噌の絶妙な味わい、それにDHAとEPAも摂取できるしな。
ほら、一口食ってみろ」
「俺はカレーに集中したいから、遠慮しとく」
「何だよ、お前だって毎日カレーじゃん」
「カレーは国民食だから、毎日でもいいんだよ」
祐希は無類のカレー好きだ。
「何が国民食だよ…まったく…
ところで祐希、新しい部屋はどんな感じだ?」
「そうだなあ…、新しいし、広くて、綺麗…かな」
「それ、最高じゃん。
そのシェアハウス、お前の義姉さんがオーナーだよな。
家賃安くしてくれたか?」
「ああ、身内割引で契約手数料は無料。
家賃は共益費込みで7万を5万にしてくれたよ」
「ふーん、そりゃあ安いなぁ。
住人は女子もいるんだろ?」
「い、いるけど…」
「何人いるんだ?」
「8人…、かな」
「は、8人もいるのか…
おい、その中に可愛い子、いるんだろ!」
コジケンの目がキラリと光った。
「そうだな~、年上もいるから可愛いっていう括りには当てはまらないかも知れないけど、みんな美人だと思うよ」
「それって最高じゃん。
で、男は何人だ?」
「今のところ、俺一人」
「えっ、何だよそれ、男1人に女子8人って…、ハーレムじゃん」
コジケンは俺と同じ『彼女いない歴=年齢』の由緒正しき童貞男子なので、いつも女に飢えているのだ。
「コジケン、お前は女の本性見たことないから、そんなこと言えるんだ」
祐希は昨夜、年上女子2人から受けた容赦ない質問攻めを思い出した。
「祐希…、そのシェアハウス、部屋空いてるか?」
「今は満室だな」
「そっかー、そうだよなあ…、そんないいところ空いてるはずないよなぁ…」
コジケンは一人で納得していた。
「じゃあさ、今度、お前んち遊び行っていいか?」
「住人以外は男子立入禁止なので無理」
「え~、なんか方法は無いのかよー」
「残念ながら…ないな」
「そんな殺生な」
コジケンは頭を抱え、涙を飲んだ。
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