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第61話 初デート(明日奈編)

 7月中旬のある土曜日、祐希は一人で横浜市内のある場所へ向かっていた。


 数日前、明日奈からチャットアプリ「LINK(リンク)」で誘いを受けたからだ。

 それはこのような内容だった。

 ────────────────────────

 Asuna:『今週の土曜日、空いてる?』


 Yuki :『空いてますが、何かありましたか?』


 Asuna:『中華街に美味しいもの食べに行かない?』


 Yuki :『中華、いいですね!』


 Asuna:『じゃあ、11時に桜木町駅東口で待ってるね』


 Yuki :『分かりました。楽しみにしてます』

 ────────────────────────

 約束の時間より少し早く着いた祐希は、スマホを見ながら明日奈を待った。


「祐希くん、お待たせ~」


 そこへ現れた明日奈は、白地に花柄のワンピース、涼しげなストローハットをかぶり、まるで少女のように若々しく可憐だった。

 キラキラと輝くその笑顔の眩しさに、祐希は思わず息を呑んだ。


「いえ、僕も少し前に来たばかりなので……」


「そう、良かった」


 明日奈はふと視線を上げ、頭上を指さした。

「ねえ、祐希くん、私、あれに乗ってみたいの……」


 明日奈が指差したのは「YOKOHAMA SKY CABIN」だった。

 それは「よこはまみらい地区」の美しい街並みや、横浜港のパノラマが楽しめる都市型ロープウェイだ。


「あ、いいですね。

 僕も乗ってみたかったんです」


 SKY CABINの乗り場は混雑しており、10分ほど列に並んだ。

 ようやく順番が来ると、2人は係員に誘導されてキャビンへ乗り込んだ。


「ふう、やっと乗れたね」

 明日奈はドキッとするほど魅力的な笑顔で言った。


「そ、そうですね」

 祐希は自分の時めきがバレないように、静かに微笑みを返した。


 キャビンが空中に滑り出すと、一気に視界が開けた。

 目の前には、ランドマークタワーやクイーンズスクエアなど「よこはまみらい地区」の高層ビル群が広がっていた。


「うわぁ~、スゴ~い」

 明日奈は、まるで女子高生のように(はしゃ)いだ。


「いい眺めですね、明日奈さん」


 右手には横浜港の水面(みなも)と、ベイブリッジや新港エリアの景観が見渡せた。

 地上40mからの空中散歩は格別の眺めだった。


「あのね祐希くん、今日はデートなんだから、私のことは明日奈って呼んで。

 私も祐希って呼ぶから……」


「え、これってデートだったんですか?」


「あれ、知らなかったの?

 男女が2人でお出かけすれば、もう立派なデートだよ」

 そう言って明日奈は、ウインクした。


「あ~、なるほど……」


「それに私たち義姉弟(きょうだい)なんだから、2人の時は敬語禁止だよ!」


「まあ、確かにそうですけど……

 敬語なしで話せるよう……頑張ります」


 そのような会話をしているうちに、キャビンは運河パーク駅に着いた。


「え~、もう着いちゃったの……」


「そ、そうだね、近いからね……」


 5分間の空中散歩を終え、2人は地上へ降りた。


「あっという間だったね」

 明日奈は少し不満そうだった。


「ホント、少し物足りないね」


「ねぇ祐希、中華のお店、12時に予約してるんだけど、少し早いから歩いて行かない?」


「ああ、いいよ。歩こうか」


 真夏の強烈な日差しとアスファルトの照り返しは、ジリジリと肌を焼くような暑さだった。

 だが、水面を渡ってくる海風は驚くほど心地よく、火照った肌を冷ましながら、2人は海沿いの道を並んで歩いた。


 話題は、6号室を退去した瀬奈の話となった。

「あの時は本当に大変だったね。

 ……祐希が機転を利かせてくれたお陰で助かったわ……ありがとう」


「いや、咄嗟(とっさ)のことで僕も必死だったから」


「次の入居者なんだけど……

 実は、面接希望者が3人いるの……」


「え、そんなに?」


「空きが出たら、ぜひお願いしますって言われてたの……

 うちのシェアハウス、人気あるのよね」


「来週土曜日に面接するから、祐希も同席してね」


「面接か……緊張するなぁ」


「ところで、(あかり)ちゃんの部屋なんだけど……

 もし、3月に空きが無くても、部屋は用意するから心配しないでね」

 明日奈は、2階奥のリビングを(あかり)用の部屋として改装する予定だと教えてくれた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 約30分の「散歩」が終わり、明日奈が予約した中華の名店「天翔楼(てんしょうろう)」に到着した。

 中華街のメインストリートに面した老舗で、2人は特製プレミアムランチ(5,500円)に舌鼓を打った。


 前菜の蜜汁叉焼(チャーシュー)から始まり、魚翅湯(フカヒレスープ)や熱々の小籠包(ショウロンポウ)、さらには乾焼明蝦(大海老のチリソース)北京烤鴨(ペキンダック)といった豪華な主菜が次々と運ばれてきた。

 最後は濃厚な杏仁豆腐(あんにんどうふ)で締めくくり、2人は贅沢なひとときを堪能した。


「明日奈、ご馳走様。

 こんなに美味しい中華、初めて食べたよ……」


「さすがは現役大学生ね。

 気持ちいいくらいの食べっぷりだったわ。

 ここに連れてきた甲斐があったというものよ」

 明日奈は嬉しそうに微笑んだ。


 腹ごなしを兼ねて、2人は「ヨコハマポートタワー」へ向かった。

 エレベーターで展望フロアに上がると、明日奈は歓声を上げた。

「うわ~、すごい! 海がキラキラしてる!

 祐希、今度はあれに乗ろうよ!」


 明日奈が指さしたのは、運河の先にある「よこはまコスモランド」のジェットコースターだった。

 遠目に見ても、急角度のレールは圧倒的な存在感を放っていた。


「いいけど……あそこまで歩くの?」


「この暑さだし、せっかくだから海から行こうか」

 明日奈は悪戯っぽく微笑むと、祐希の手を引いてタワーの目の前にある山下公園へと向かった。


 2人は横浜港を巡る水上シャトル「マリンライナー」に乗った。

 船が桟橋を離れ、白波を立てて進み始めると、デッキには心地よい潮風が吹き抜けた。


「わあ、涼しい! 気持ちいいね、祐希」


「本当だ、風が気持ちいいな……。

 海から見ると、また全然違って見えるね」


 海面近くから見上げるビル群は、展望台からの眺めとはまた違った迫力があった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マリンライナーで赤レンガ倉庫へ移動した2人は、ショップ巡りを楽しんだ。

 明日奈と一緒にアクセサリーやジュエリー、革製品などを見て回り、歩き疲れた2人は、冷房の効いたカフェで休憩した。

 そして、陽が傾きかけた頃、2人は遊園地へ移動した。


 近づくにつれ、色とりどりのアトラクションが目に飛び込んできた。

 遊園地のゲートをくぐると、頭上をコースターが轟音と共に駆け抜けていった。

「近くで見ると、迫力あるなぁ」


「ふふ、そうね。でも、せっかくだし乗ってみる?」


「ああ、いいね。行こう」


 係員の誘導でプラットホームへ上がり、到着した車両へと乗り込んだ。

 手を繋ぎ、2人がシートに収まると、安全バーがロックされた。

 ジェットコースターは、最高地点までゆっくり上がると、轟音と共に急降下し、水飛沫を上げてトンネルへと吸い込まれていった。

 束の間のスリルと爽快感を味わった2人は、ジェットコースター乗り場を後にした。


 その後は、メリーゴーランドへ乗った。

 光の木馬に跨がり、イルミネーションの中で微笑む明日奈は、息を呑むほど美しかった。


 夜の帳が下り、よこはまみらいが光の海へと変わる頃、2人は七色に輝く大観覧車を見上げ、ゴンドラへと乗り込んだ。

 ゆっくりと高度が上がるにつれ、窓の外には、星空を地上に降らせたような、無数の光が広がっていった。


「すごい……星の中にいるみたい……」


 七色の光に淡く照らされた明日奈の横顔は、眼下の夜景さえも霞んでしまうほど美しかった。

 ゴンドラが最高地点に差し掛かった時、明日奈がそっと囁いた。


「ねえ、祐希……」


「ん?」


「お腹すいたでしょ?」


「うん、もうペコペコ」


「あそこのレストラン、8時から予約してあるの……

 ……あと、お部屋も取ってあるから……ね? いいでしょ……」


 頬を染めた彼女が指差したのは、夜景の中に一際(ひときわ)輝く、ラグジュアリーな高層ホテルだった。

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