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第60話 因果応報

 深夜に起きた悪夢のような出来事が頭から離れず、祐希は一睡もできなかった。

 脅迫に使われた動画はその場で削除したが、隠しカメラは明日奈の部屋に残されたままだ。


 精神的な疲労はピークに達していたが、不思議と頭は冴えていた。 

 考え抜いた末に祐希は決断した。

 これ以上、瀬奈の暴走を許すわけにはいかない。


 夜明け前、祐希は明日奈にチャットアプリ「LINK(リンク)」でメッセージを送り、緊急事態発生を告げた。

 そして早朝に彼女を呼び出すと、外出を装って明日奈の待つミニバンの助手席に乗り込んだ。


「明日奈さん、おはようございます」


 祐希は充血させた目で挨拶した。


「祐希くん、おはよう……

 どうしたの? 目が真っ赤よ。

 こんな朝早くに、車の中で話したいなんて一体何ごとなの?」


「……明日奈さん、これから話すことを冷静に聞いてほしい。

 6号室の伊東瀬奈のことです……」


 祐希は昨日深夜に起きた出来事の一部始終を明日奈に報告した。


「……嘘……信じられない……

 私の部屋に、隠しカメラがあったなんて……」


 明日奈の顔から血の気が引き、怒りに唇を噛み締めた。


「残念だけど、事実です」


「私のせいで、こんな酷い目に遭わせてしまってごめんね……」


 明日奈は祐希の手を握った。


「いえ、あれは、僕も同意したことですから……」


「それにしてもあの子、善悪の区別がつかないのかしら……」


「……恐らく、罪の意識はないんだと思います。

 そうじゃないと、あんなことしませんよ。

 一応、動画は全部消去しましたが、まだ他に隠しカメラがあるかもしれません」


「……分かったわ。専門業者を手配して、徹底的に調べましょ」


「明日奈さん……」


「私たちの秘密をネタに祐希くんを脅したこと……絶対に許さない」


 普段は温厚な明日奈の声は、怒りに震えていた。


 その日の午後、明日奈の手配で専門業者が入った。

 徹底的な盗聴・盗撮発見調査が行われ、瀬奈が仕掛けたカメラは全て発見・回収された。

 それが証拠となるはずだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日午前11時。

 他の住人が全員出かけたことを確認し、明日奈と祐希は瀬奈の部屋へ向かった。

 祐希は大学の授業を休み、シェアハウスへ戻ってきた。

 2人はノックもせず、マスターキーでドアを開けた。


「な、何ですか!? 勝手に入ってきて!」


 部屋の奥で動画編集していた瀬奈が、驚いて立ち上がった。

 祐希は無言で瀬奈の横を通り過ぎると、デスク上のパソコンと配信機材の配線を外し始めた。


「ちょっ、ちょっと……、何するんですか!」


「これは没収する。

 パソコンも全部調べさせてもらうからな」


「え……人のものを勝手に……」


「《《伊東瀬奈》》さん、そこへ座りなさい!」


 明日奈の声には、有無を言わせぬ圧が込められていた。


 瀬奈は青ざめながらも、まだ事態を楽観視していた。

 恐らく、この2人は盗撮の件で来たのだろう。

 温和な性格の明日奈のことだ、謝ればきっと許してくれるはずだ。

 瀬奈は安易に考えていた。


 しかし、明日奈が口にした言葉は、瀬奈の想像を遥かに超えていた。


「単刀直入に言うわ。

 あなたがやったことは、完全に犯罪よ。

 この監視カメラがその証拠」


 明日奈は机の上に2台の小型カメラを置いた。


 それに対し瀬奈は、開き直ってこう言った。


「……何ですかそれ?

 私が仕掛けた証拠でもあるんですか?」


 瀬奈は、シラを切れば逃げ切れると思っていた。

 その浅はかな考えに呆れ、祐希はため息をついた。


 彼は冷めた目で瀬奈を振り返り、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「証拠ならあるぞ」


 祐希は画面を操作して、ボイスレコーダーアプリの再生ボタンを押した。


『断れば、今すぐこの動画をネットにばら撒くわ。

 明日奈さんの顔も名前もバッチリ分かるようにしてね』


『……分かった。やればいいんだろ』


『ふふ、そう言うと思ってた……』


 そこには一昨日の瀬奈と祐希の会話から、ライブチャットの生配信の様子まで鮮明に録音されていた。

 静まり返った部屋に、生々しいやり取りが響き渡る。

 それを聞いて瀬奈の顔から、血の気が引いた。


「な、なんで……」


「僕はこのシェアハウスの管理人だ。

 設備の修繕でやむなく女子の部屋に入る時は、トラブル回避のために、必ず録音してるんだ。

 自己保身のためにな」


「そんな……嘘でしょ……」


 祐希は冷ややかな目で、瀬奈を見下ろした。


「これでもまだシラを切るつもりか?」


 言い逃れできない決定的な証拠を突きつけられ、瀬奈は落胆した。


 その様子を見て、明日奈は更に追い打ちをかけた。


「住居侵入、盗撮、脅迫……。

 そして何より重いのが、脅迫して性行為を強要したこと。

 これは不同意性交等罪にあたるわ。

 警察にこの録音データを提出すれば、実刑は免れない。

 あなたの人生はこれで終わりよ」


「っ……!」


 瀬奈はガタガタと震え出した。

 ネットの中の数字や金に麻痺し、現実の法律やモラルを忘れていた彼女に、初めて「現実の恐怖」が突き刺さった。


「ま、待ってください……謝ります、謝りますから……

 警察だけは、警察だけは勘弁して下さい……!」


 床に崩れ落ち、ボロボロと涙を流しながら瀬奈は懇願した。

 明日奈は、それを冷ややかな目で見下ろした。


「瀬奈さん……謝って済めば警察は要らないのよ……」


「な、なんでもします……何でも言うことをききますから……

 警察沙汰になって、もし親に知られたら……私、勘当されちゃいます……!」


「……それなら、私の言うことをよく聞きなさい。

 私たちの秘密を、死ぬまで守ること。

 そして、このシェアハウスから即刻退去して、二度と私たちの前に姿を見せないこと。

 それが守れるなら、今回は警察沙汰にはしないわ。

 これは情けじゃなくて、これ以上あなたに関わりたくないからよ」


「あ、ありがとうございます……!

 守ります、絶対守りますから……!」


「念のため言っておくけど、私たちの事がちょっとでも噂になった時は……

 あなたが秘密を漏らしたと考えて、すぐに警察に行くからそのつもりでね」


「わ、分かりました。

 絶対に秘密は守ります……!」


「あなたの退去期限は、来週の木曜日まで。

 それまでに、他の住人には何も言わず、静かに出て行きなさい」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから1週間後。

 日中の誰もいない時間に、伊東瀬奈は逃げるようにしてシェアハウスを去った。

 あれほど執着していた機材やパソコンは、当面の生活費を得るために全て売り払っていた。


 彼女の手には、最低限の着替えが入ったボストンバッグしかなかった。

 ネットの海で溺れ、欲望に飲み込まれた瀬奈の末路は、あまりにも惨めなものだった。

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