第30話 祐希兄ちゃん(1)
土曜日の午後、横浜市内にある某貸しスタジオで、ガールズバンド「VenusVenus」の練習が行われていた。
バンドメンバーは次の4名だ。
◎藤宮詩織、聖晶学園女子大学3年、東京都出身の20歳。
VenusVenusのリーダーでキーボード・コーラス・作曲・編曲を担当。
黒髪ストレートロングに切れ長の目、ミステリアスな雰囲気を持つクールビューティで、大学近くのアパートに一人で暮らしている。
◎相川夏樹、聖晶学園女子大学3年、横浜市出身の20歳。
ベース・作曲・MCを担当。
アッシュ系の無造作なミディアムヘア、眠たげな半開きの目、華奢で中性的な印象を持つクセ者で、横浜市内の自宅から通学している。
◎岸谷琴葉、 聖晶学園女子大学2年、福岡県出身の19歳。
ボーカル・ギター・作詞作曲・メインMCを担当。
ブラウン系ストレート・ショートボブに切れ長の目が魅力的なスレンダー美女だ。
シェアハウス「ヴィーナス・ラウンジ」7号室の住人で、コンビニ「JUSTOP」でバイト中。
◎結城未来、聖晶学園女子大学2年、東京都出身の19歳。
ドラム・コーラス・作詞担当。
腰までのスノーホワイトアッシュのストレート・ツインテールがトレードマークのスリムビューティ。
シェアハウス「ヴィーナス・ラウンジ」8号室の住人でメイドカフェでバイト中。
ガールズバンド「VenusVenus」は、来週土曜日に開催される対バンイベントライブへの出演を控えている。
このイベントは、彼女たちを含めた若手4組が出演するイベントだ。
スタジオに響いていた最後の音が消え、4人はふぅっと息をついた。
ドラムの未来がスティックを放り出し、琴葉はギターのネックを握ったまま汗をぬぐう。
「はい、今日はここまで。いい感じに仕上がってきてるよ。
ライブは来週だからね、みんな気を抜かないように」
「お疲れ~」
ベースの夏樹が気怠そうに言った。
「お疲れ様です……」
琴葉が小さく応えた。
「……けど詩織先輩、今日の通し、ちょっとスパルタすぎません?」
未来が、スティックを回しながら少し口を尖らせた。
「わ、私も最後、ちょっとキツかったかも…」
未来の言葉に、琴葉も続いた。
「本番はもっとハードなんだから、これくらい普通でしょ。
文句言わないの。……それじゃ、解散。みんなお疲れ」
詩織はクールな表情を崩さず、後片付けを始めた。
「お疲れ様でした~!」
未来と琴葉も片付け始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バンドの練習が終わり、未来と琴葉は柏琳台駅前まで帰ってきた。
「未来、ここらへんで、ご飯食べていこっか?」
琴葉が提案した。
「そうだね、今日は疲れたし、帰ってから晩ご飯作るの、面倒くさいもんね」
2人は駅前のカフェ・レストランに入った。
「いらっしゃいませ~、カフェ・アルカディアへようこそ」
女性店員が愛想よく迎えてくれた。
「奥のボックス席が空いておりますが、いかがですか?」
「あ、そこでお願いします」
琴葉がそう答えると、スタイル抜群の女性店員が奥の席へ案内してくれた。
「メニューはこちらでございます。
ご注文がお決まりになりましたら、こちらのコールボタンでお呼びください」
女性店員が一礼して去ると、2人はメニューを開き晩御飯を選び始めた。
「ねえねえ、琴葉、ここの接客、最高だと思わない?」
未来が言った。
「ホントだよね、ご飯も美味しいし、私はここお気に入りよ」
琴葉は、夕食をどれにするか迷いながら答えた。
「う~ん、迷っちゃうなぁ」
「ねぇ、ここってメニューの数、多すぎだよね」
カフェ・アルカディアは洋食中心だが、そのメニュー数は200品目を超える。
その数の多さに未来と琴葉はいつも迷ってしまう。
「私はオムライス・プレートかなぁ」
「あ、オムライスいいよねぇ……
でも、私はロコモコ・プレートかなぁ」
2人は迷った挙げ句、ふわとろオムライス・プレートとロコモコ・プレートを注文した。
カフェ・アルカディアはワンプレートメニューが充実しており、看板メニューでもある。
2人がバンドの話をしていると、注文した料理が運ばれてきた。
琴葉のオムライス・プレートには、ケチャップライスの上にフワフワのオムレツが乗っている。
それにミニサラダ、マッシュポテト、ボイルウィンナーとオニオンスープがセットだ。
オムレツの真ん中にナイフを入れると、とろとろの半熟玉子が溢れ出した。
未来の前には、ロコモコ・プレートが置かれた。
大きめのハンバーグに目玉焼きが乗っており、その上に特製グレイビーソースがかかっている。
それにライス、ミニサラダ、ピクルス、ボイルウィンナーとオニオンスープがセットだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ~、美味しかった」
2人はボリューム満点の晩御飯を完食して満足そうにお腹を撫でた。
「琴葉って、あれだけ食べても太らないんだから不思議よね」
「その言葉、そっくりに未来にお返しします」
「私達、それだけのカロリー、消費してるってことだよね」
「まあ、そうなるかな」
「ねぇ、折り入って相談があるんだけど……」
急に神妙な顔になった未来が琴葉に言った。
「えっ、なになに…
もしかして、恋バナ?」
こういう時の琴葉はいつも感が鋭い。
「そうなの、聞いてくれる?」
「うん、どんな相談?」
「実は、祐希兄ちゃんのことなんだけど…」
「あ~、やっぱりその話か」
琴葉は同居人の祐希の顔を思い浮かべた。
「そうなんだけど、聞いてくれる?」
「いいよ、話してみて」
未来は、映画デートで祐希が優しくしてくれたことを琴葉に話した。
昼食代金をさり気なくスマートに払ってくれたこと。
記念にと未来にスポーツキャップをプレゼントしてくれたこと。
行きも帰りも優しくエスコートしてくれたことなどを嬉しそうに話した。
「祐希兄ちゃん、ものすごく優しいの…
私のこと想ってくれてるんだなぁって、感じたんだけど…」
「え~、いいじゃん。
それの何が問題なの?」
「うん、それがね。
私、女性として見られてるんじゃなく、妹として見られてるんじゃないかなって思ったの……」
「あ~、そういうことか、なるほどね。
未来は、祐希さんに女性として見て欲しいんだね……」
「そうなの……そうじゃないと告白もできないよ」
「そっか~、でもそれは未来にも問題があるかもよ」
「えっ、何?
何が問題なの? 琴葉、教えて」
「いいけど、怒らない?」
「怒らない、怒らないから言って」
「じゃあ、言うよ。
それは未来が祐希さんのこと『祐希兄ちゃん』って、呼んでるからだよ。
それって、未来が自分を妹だって言ってるのと同じじゃん……」
未来は、琴葉の言葉を聞いて愕然とした。
確かに、自分は祐希のことを『祐希兄ちゃん』と呼んでいた。
琴葉に言われるまで、気にもしなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「そんなの、知らないわよ。
それくらい自分で考えなさい」
未来の頭の中は、琴葉が言った言葉で一杯になった。
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