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第29話 初デート(さくら編2)

 館内はほぼ満席で、2人は中段右寄りの席に座った。


 間もなく場内は暗転し、映画が始まった。

 スクリーンには、タイトルが映し出され、美しいテーマ曲が流れ始めた。

『明日、桜の下で ~君といた、春の陽だまり~』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 主人公は、都会の暮らしに疲れた25歳の女性「ミオ」。

 舞台は、桜の名所として知られる東北地方の温泉街。

 ミオが1週間、湯治に訪れるシーンから始まる。


 彼女が満開の桜並木に感動していると、27歳の男性「ハル」と出会う。

 その時のお互いの第一印象は、最悪なものだった。


 その翌日、ガラス工房の吹きガラス体験で、2人は生徒と指導役として再会する。

 ガラスを上手く吹けないミオを、ハルは根気よく指導した。

 負けず嫌いのミオは、温泉滞在中に作品を完成させようと、連日ガラス工房に通った。


 ミオの熱心さに感心したハルが、根気よく指導するうちに2人はお互いに惹かれていった。

 1週間が過ぎ、新たな活力を見出したミオは、また夏に来ると言って、東京へ帰っていく。


 季節は移ろい7月、ミオは4日間の休みを取り、温泉街へやって来た。

 吹きガラス上達に情熱を燃やし、ミオは炎天下の中、連日ガラス工房へ通う。


 ハルの熱心な指導により、作品が完成した後、2人は喜びあい、夏祭りの夜に結ばれる。

 翌日ミオは、再会を約束して東京へ帰っていった。


 10月、ミオは再び温泉地を訪れ、ハルのガラス工房へ通った。

 ある日、ハルはミオを紅葉狩りに連れていった。

 色鮮やかな紅葉を見ていると、急にハルが倒れ救急車で運ばれる。


 翌日、精密検査が行われた。

 診断の結果、ハルは急性白血病と診断され、余命6ヶ月と宣告される。

 ハルは入院し、抗がん剤治療を受けることとなる。

 彼の妹が付き添うことになり、明日から仕事のミオは心配しながら東京へ帰った。

 

 それから2ヶ月後の12月、再び温泉地を訪れたミオ。

 ガラス工房を訪れると、そこにはハルの姿があった。

 ハルは退院したが、抗がん剤治療は続いていた。

 その苦しさを押して、ガラスを作り続けるハルの姿、それを見守るしかないミオの葛藤が描かれ、客席からはすすり泣く声が聞こえた。


 1月、雪景色の中、病状が悪化し入院したハルに、見舞いに来たミオが優しく口づけし「春に満開の桜の下で会いましょう」と涙をこらえて約束する。


 月日は流れ4月、約束の日時。

 ミオは桜並木の下で待つが、ハルの姿はない。

 桜の花びらが舞う中、ミオが涙を流す。

 やはり、無理だったのか……


「ミオ」

 その声に振り向くと、そこには痩せ細りながらも奇跡的に回復し、優しく微笑むハルの姿があった。

 満開の桜の下での再会。

 ハルが差し出したのは、彼が作ったガラスの指輪。


「結婚しよう」とハルがプロポーズ。

 涙ながらに頷くミオ。

 桜吹雪の中、2人は強く抱きしめ合った。

 エンドロールと共に、切なくも希望に満ちた主題歌が流れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 場内が明るくなっても、観客は感動の余韻に浸っていた。

 祐希が隣を見ると、さくらがハンカチでそっと目元を押さえていた。


「……とても、いい映画でした」


 さくらが、涙声でつぶやいた。


「映像も綺麗だったし、ストーリーも最高に良かったね」


 2人は、感動の余韻に浸りながら、映画館を後にした。

 駅へと向かい歩いていると、さくらが振り返った。


「祐希さん、ショッピングモールに寄ってもいいですか?」


「いいよ、寄っていこうか」


 2人は映画館に隣接するショッピングモールへ入った。

 明るく開放的な空間に、お洒落なショップが並んでいた。

 さくらは目を輝かせ、ウィンドウを眺めた。


 彼女は、アクセサリーショップの前で足を止めた。

 ガラスケースの中に飾られた、イルカのイヤリングに目を惹かれているのだった。

 イルカが小さなマリンブルーの石を抱えた、繊細なデザインは、彼女によく似合いそうだと祐希は思った。


「可愛い……」


 小さくつぶやく声が、祐希にも聞こえた。

 しかし、その値札を見て、さくらはすぐに諦めたようだった。


 さくらが、別のショップを見ていると祐希がこう言った。


「ちょっとトイレに行ってくるね」


 そう言って祐希はさくらのもとを離れた。


 しばらく経って戻ってきた祐希は、小さな紙袋を持っていた。


「はい、これ」


「何ですか、これ?」


「さっき、欲しそうにしてたから……」


 差し出された紙袋を、さくらが受け取った。

 中には、イルカのイヤリングが入っていた。


「え、祐希さん、これ……! さっきの……!」


「映画に誘ってくれたお礼だよ。

 さくらさん、これ気に入ってたみたいだから」


「え、そんな……悪いです。

 こんな……高価なものを……」


「そう言わず、受け取って。

 僕がプレゼントしたいんだから……」


「あ……ありがとうございます。

 私の宝物にします!」


 さくらは、嬉しさに頬を染め、小さな声で呟いた。


「さて、そろそろ帰ろうか……」


 祐希が促すと、さくらはうなずいた。


 2人が駅へと向かう途中、臨港パークの海沿いに出た。

 ちょうど太陽が、対岸のビル群の向こうへ沈んでいくところだった。

 空と海が燃えるようなオレンジ色に染まり、観覧車や高層ビルのシルエットが美しく浮かび上がっている。


「綺麗……」


 さくらが思わず足を止め、その景色に息を呑む。


「うん、今日の夕焼けはすごいね……」


 祐希も隣で同じ景色に見入った。


 しばらくの間、2人は刻々と変わる空を眺めていた。

 夕陽が完全に沈み、空に一番星が瞬き始めた。

 2人の間に、言葉にするのがためらわれるほどロマンチックな雰囲気が漂った。


「……帰りたくなくなっちゃいますね」


「そうだね……

 どこか泊まっていく?」


「え……」


 祐希の言葉にさくらがフリーズした。


「ははは、冗談冗談。

 さあ、暗くなってきたから、帰ろう」


 祐希とさくらは、再び駅へと歩き出した。


 さくらは、先ほどの祐希の言葉にドキドキしていた。


 (祐希さんって、ああいう冗談言う人だったんだ……

 でも、本当に泊まっていこうと言われたら、私どう答えたんだろう……)


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 電車で柏琳台駅に着いたのは、夜8時過ぎだった。

 帰りが遅くなったので、コンビニで弁当を買った。

 そしてシェアハウスへと続く道を2人で歩く。

 辺りはすっかり暗くなり、静かな時間が流れている。


「今日は、ありがとうございました。

 本当に楽しかったです。

 プレゼント、嬉しかったです」


 さくらが心からの感謝の言葉を伝えた。


「僕も楽しかったよ。

 あのイヤリング、きっと似合うと思うよ」


 祐希も笑顔で答えた。


 その時、2人は同じことを思っていた。


 (さくらさんと手を繋ぎたい……)


 (祐希さんに手を繋いでもらいたい……)


 祐希は、意を決して言った。


「さくらさん…… ここから先暗いし、危ないから、手を繋がない?」


「そ、そうですね、お願いします」


 さくらは、顔を真っ赤にしながら、手を差し出した。

 祐希は、さくらの手を優しく握った。

 その手は、自分の掌よりもずっと小さく、驚くほど柔らかかった。

 2人はドキドキしながら、お互いの手の温もりを感じながら歩いた。

 シェアハウスまでの道のりが、いつもよりずっと短く、そして永遠のように感じられた。

 やがてシェアハウスの明かりが見えてきた。


「祐希さん、お休みなさい」


「それじゃ、また明日」


 玄関前で手を離し、挨拶して階段前で別れた。


 さくらは、部屋へ戻り、部屋着に着替えた。

 そして2階の共用バスで浴槽に漬かりながら、今日1日の出来事を思い出した。


 楽しかったレストランでの食事。

 ロマンチックで感動的だった映画。

 祐希からのサプライズプレゼント。

 一緒に見た感動的な夕焼け。

 初めて繋いだ祐希の温かくて大きな手。


 どれを思い出しても、胸がキュンキュンするのだ。

 この甘く切ないときめきは、一体何なのだろう。

 純粋培養された箱入り娘であり、恋愛未経験の彼女にとっては難問だった。


 そして考えた末にひとつの可能性に辿り着いた。


「もしかして、私、祐希さんに恋してるのだろうか……」


 さくらは、そう思い始めていた。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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