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「あなた、いい加減弁えなさい!」
「はあ」
ある日、シリウスが実家のお仕事で出かけた日。
私はいつものように自宅に引きこも……んんっ、今日は保存食作りに勤しんでいた。
ノクス公爵領は不思議と夏も雪が溶けない土地柄なので保存食は年中作っておくのがいいのだ!
ちなみに雪が溶けないだけで四季はあるので、収穫物が多いときに当然作るわけよ。
幸いにも魔獣がいるから肉には事欠かないけど、野菜とか果物はそうはいかないからね。
魔素をふんだんに含んだ植物は真冬の吹雪の中でも青々と生い茂るんだけども。
あれは普通に食すには魔素が多すぎて毒だからな……ってそんな話はどうでもいいか。
「わざわざ人の家に押しかけてまでまたはた迷惑な」
「なんですって!?」
「あ、口に出てしまいました申し訳ございません」
これっぽっちも思っちゃいないが、一応、相手は王女様だからね。
謝っておいて損はない。
喧嘩売った態度がこれでチャラになるとは思わないけど。
でもさあ、こっちが朝から古いジャムを使いつつ新しいジャムを煮てるっていう忙しい作業の中で押しかけてきて『弁えろ』はないでしょ。
生活のために忙しいんだから、なんもしないでいい王女様は大人しく公爵様んところでぬくぬくしててくれよって話。
「私がどうってよりもシリウスの意見と、あとそれを認めた公爵様の意見の方が当たり前ですけど強いんでそっちに言っていただけますか」
「あの二人が聞く耳持たないからこっちに来たんじゃないの!!」
「わあ」
そんなの平民の私に言われましても。
私から「やっぱり無理ですう」って言ってあの男が納得するとでも!?
言うなれば我、囚われのお姫様ポジションぞ?
まあ大人しく嘆き悲しまないので魔王と楽しく暮らすタイプのお姫様なので誰も困らないっていう、素晴らしい環境なんですけども。
「……あーじゃあえっと……」
まず私が自分から逃亡したとして、それでアナタが選ばれるとは思えないんですけど。
っていう正論はちゃんと呑み込んでどうしたもんかなあと考える。
ここで「一応じゃあシリウスにはご意見伝えておきます」は意味が無いだろう。
かといって私が「わかりました!」なんて言おうもんなら後ほどシリウスから粘っこくねちっこく三日三晩ほどかけて「俺の愛情をまだわかっていないらしい」とか余すところなく伝えてこようとするのでしんどいこと間違いない。
「……とりあえず考えますね! じゃ!」
それで扉を閉めたんだけど、悪手だったなあと反省反省。
扉の向こうでめっちゃくちゃ怒っている声が聞こえているが、知らないって。どうしようもないんだって。
(あれ、でもあの人どうやってここまで来たんだろう)
シリウスがご近所付き合いとかしなくていいっていうか、するなって言うから町からも離れているし……魔獣も出るんですけど?
ルーラント・クレイの姿は近くになかったし……ってあの男は王女の護衛じゃなかったっけ?
「……護衛なしでここに来た、なんてオチはないよな?」
知らないぞ、魔獣に攫われても。
いやそんなことになったら国交問題だわ。
「ああ、もう! こんちくしょう!!」
私は諦めてジャムを煮詰める火を止めて、仕方が無いから〝迷子の保護〟に乗り出したのだった。
さすがにうちの前で問題が起きるのはごめんだよ!




