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聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第二章『やがて哀しき人形師』
12/28

2.5 各々の戦場

雷鎚(らいつい)!』


 強烈な雷の拳を受けて、単眼の竜門は地面に伏した。これで四体目。最後の竜門である。

 恨めしそうに声を上げる竜門をにべもなく眺め、アルビオは自身の背後にいるユーリカと少年へと振り返った。その表情には一切の焦りはなく、竜門に対する恐怖は微塵も感じさせない。

 余裕綽々なアルビオを見て、ユーリカはその強さに安堵と少しばかりの畏怖を抱いた。



「間抜け面で死にかけやがって、助けるこっちの身にもなってみろってもんだ」


「間抜け面?えー、いや……まあ、ありがとう?」



 救われたのと同時に罵倒を受け、ユーリカは困ったように言葉を探す。どうにも二人は会話の波長が合わないようだ。


 ユーリカはアルビオへの感謝もほどほどに、地べたに尻をつけた少年のもとへと駆け出そうとする。怪我はないか、何故ここでツヴァイという男に追われていたのかなど聞きたいことは山ほどある。



「おい待て、クソユーリカ!」



 だがユーリカの歩みは、アルビオの鋭い静止により止められる。雷鳴のように腹に響き渡るアルビオの声には、本能的に足を止めてしまうような凄みがあった。


「え、何で?」


 理由を問おうと後ろを振り返るユーリカの頭上を、巨大な肉塊が通り過ぎる。それからすぐに鈍い音と地響きを立てて肉塊は、ユーリカのすぐ背後の床への落ちた。


「えっ、ええぇっ……!?」


 地面に落ちたのは先程アルビオが倒した単眼竜門の死体であった。瞳孔の開いた生気ない瞳とユーリカの目が合う。

 死んだ竜門が突如として飛び跳ねてそのまま地面に落ちた、そんな馬鹿げたことはありえないだろう。とすれば浮かぶ結論は一つだ。



「今私を押しつぶそうとした……!?その竜門でっ!?」


「契約がなければそうしたかもな。はぁ……地面をよく見てみろ」



 アルビオはひどく残念そうな顔をすると、竜門が落ちたあたりの地面を指さした。地面には竜門の巨体が投げられたことによる擦れた痕があり、床に溜まっていた埃がふわふわと舞っていた。キャンドルランタンを捨ててきてしまったため視界は暗く悪いが、目を凝らして見ればそこには何か魔法陣のようなものが描かれていた。

どうやら先ほどまでは埃のカモフラージュにより見えなかったらしい。


「これは、魔法陣……?」


「そうだ。術者は陣の上に乗っている者を任意のタイミングで転移させられる、つまり俺たちを分断した元凶はこいつってわけだ」


 地面に目立たないように赤い血のような液体で描かれた魔法陣。その無機質な文様と質感にユーリカは底冷えするような恐怖を覚えた。


「これが転移の罠……。何で分かったの?」


「調べたんだよ。俺はお前らと違って長生きだからな。空間操作の術に関する知識だってある」



 どこか自慢げに話すアルビオに、ユーリカは素直に感嘆の声を上げる。言われて見ればアルビオはかつて大陸中に名を知らしめた大悪魔だ。当時は強欲の悪魔の名の下に、財に武力に知恵、その全てを掌握したと伝えられている。魔術に対する造詣が深いのは当然ともいえる。


 勝手に気を良くしたアルビオはそのまま現状についての説明を始める。



「この転移罠は竜門の仕業だ。人が使うために必要な行程がいくつか省られている」


 全ての者は魔術を用いるのに式と詠唱が必要となる。その中で式とは自身の魔力を体外に放出するための筋道のような役割を持つ。そういった役割から式には全ての術に共通する基本式がある。自身の魔力を指定方向に流すための基礎動作だ。

 そして魔術の式たる目の前の魔法陣にはその基本式がなかった。それはつまり人智を超えた者によって術が発動しているという証拠に他ならない。



「元凶は恐らくこの廃墟のどこかに潜んでやがる。術の発動範囲的に遠くへは離れられないからな。そいつを殺せば事態は丸く収まるだろうさ」



アルビオいわく転移罠の主は竜門で、そいつはこの廃墟に隠れているらしい。ユーリカは彼の話から必死に心当たりを思い起こすが、目ぼしいものは出てこない。


「元凶の退治かぁ……。あの一つ目の竜門は違うよね?」


「あれはただの雑兵だ。転移罠という圧倒的なアドバンテージがあるのに自分から突っ込んでくる奴があるか、馬鹿だろお前」


 ダメ元の発言もアルビオに貶される形で否定される。ユーリカはぐきりと自分の心が傷つく音を聞いた。



「馬鹿じゃないし! 馬鹿じゃないし……」


「まあ足で探すしかないか。お前とガキを抱えながら走るのも嫌だが、仕方あるまい」



 涙目で抗議するユーリカを尻目に、アルビオは現状の打開策を練る。とにかく早く窮地を脱したいと願うユーリカたちだが、早く事を片付けたいという意味ではアルビオもまた同意見だった。

 やれやれと息を吐きながらアルビオはユーリカのもとへと近づく。彼はユーリカらを抱えながら廃墟を探索する覚悟を決めたらしい。アルビオは転移罠を避けて地下を歩く術を心得ているようだ。


「……あの」


 心も身体も傷ついたユーリカを、アルビオが抱えようとした時、不意に先ほどまでは黙っていた少年が口を開いた。


 二人の視線が少年のもとへと集中する。



 そういえば今まで忙しくてあまり顔を見れてなかったと、ユーリカの瞳は少年の姿を映し出す。

 少年は栗色の癖毛を短く切り揃えた十歳前後といった容貌をしていた。頬にまばらなソバカスがあり、忙しなく黄土色の猫目を動かしている。その姿は非力な小動物のようで、思わず守りたくなるような何かがあった。


 少年は自身に集まった視線に少し物怖じしたあと、おずおずと話し始めた。



「もしかしたら、そのゲンキョウっていうの、見たかもです。一つ目じゃないやつ」


 少年の提言に二人は顔を見合わせた。そしてそれからすぐにアルビオが少年に笑いかける。それはそれは悪魔じみた笑みで。


「おいガキ、俺をそこまで案内しろ」




ーーー




「うわぁぁぁ早いっ!早いっ!!早すぎるぅぅぅ!!」


「少し黙ってろユーリカス!舌噛むぞ」


 暗い地下を稲妻が走る。否それは稲妻ではなく宙を駆けるアルビオであった。

アルビオは両脇にユーリカと少年を抱えたまま、空中に浮いてそのまま走っていた。雷動鳴躯(らいどうめいく)と呼ばれるアルビオの戦闘形態の一つである。体力の消耗が激しいことから普段使いはしない技だが、宙に浮くという特性が転移罠を避けるためには最適であった。


 駿馬をも凌駕する速度で暗く狭い回廊を進んでいく。それは慣れない者からしたらホラーに違わぬ体験で、ユーリカは大きく悲鳴を上げた。

一方で少年は爆速と隣の悲鳴に苛まれながらも、懸命に目を開けて道案内をしていく。


 少年の話曰く、彼は一度も転移をすることなくアルビオらと合流したらしい。そして廃墟を彷徨っているときに、大部屋でうずくまっている小柄な竜門を見たという。竜門は少年に気がつくと襲いかかってきたため、それをどうにか撒いて現在に至ったとのことだ。

 アルビオはその話に関しては信憑性があると判断した。まず少年が転移罠に掛からなかったという話だが、これは単純に重量の問題だろう。転移罠は罠に重みという負荷がかかったときに発動するタイプのものだった。つまり少年の体重が、罠のトリガーにならないほど軽かったから転移しなかったのだ。

次に元凶らしき竜門に遭って逃げ果せたという点だ。これも竜門が移動するのを嫌った、転移罠と雑兵に頼っている点から本体の戦闘能力がさほどでもないなど可能性はいくらでも考えられた。



「例の竜門まではあとどれくらいだ?」


「あ、あとちょっと!あと角を4回曲がれば着く、ます」



 少年の指示にアルビオはにやりと口角を上げる。そうして更に速度を上げようとしたところで、進行方向に紫色の光が瞬いた。

 そしてすぐに単眼の竜門が三体、道を塞ぐようにして現れた。



「敵が三体!?来るよアルビオ!」


「敵だと?的の間違いだろ!?」



 アルビオは凶悪な笑みを浮かべると、そのまま三体の竜門のもとへと加速していく。両手はユーリカと少年を抱えているため使えない。しかしアルビオにはまだ武器がある。


雷鞭(らいべん)!』


 しなやかに伸ばされた脚が、雷を纏って一体の竜門を薙ぎ倒す。強烈な一撃を受けた竜門は吹き飛んで壁に衝突し、そのまま俯いて動かなくなった。

 アルビオの武器は拳だけでない。雷を纏わせれば、全ての部位が武器へと化すのだ。


 一瞬で倒された同胞に残り二体の竜門も、たった一つの目を丸くして動揺する。そして動揺から次の感情を示すことはなかった。


雷鞭(らいべん)二連(にれん)


 流れるように繰り出される二発の雷鞭により、残り二体の竜門も倒されたのだから。



 流れ作業で竜門三体を無力化させてアルビオに、ユーリカたちは驚愕の表情をした。竜門とは人類の敵でありその強さに長らく苦しめられてきた。いわば竜門とは恐怖の象徴なのだ。そんな恐ろしい存在を数秒で倒してしまうアルビオに少年はもちろん、何度かその強さを目にしてきたユーリカでさえ驚かないことなどできなかった。


「凄いよアルビオ!」

「当たり前だ」


 竜門の屍を飛び越えてアルビオたちはそのまま進路を直進する。一刻も早く元凶を倒すためだ。

 やがて角に差し掛かると、アルビオは少年の指示に従って右へと曲がる。あと元凶の位置までは角三つだ。



 角を曲がったところで、アルビオは足を止めた。犇く竜門の群れが視界に入ったからだ。その数は20を優に超えているだろう。もはや壁といっても差し支えない竜門の群れが、アルビオたちの道を阻んでいた。


 想像以上の伏兵にアルビオは小さく舌打ちをする。両脇に抱えた二人も恐怖の悲鳴を上げた。


「竜門があんなに!?」

「ひぃやぁぁ!?まずいよ、まずい、ですよ!?」


 アルビオは煩わしそうに二人を見下ろし、それからすぐに竜門の群れへと視界を戻した。自分一人であるなら無理矢理突貫して乗り越えることは容易だ。しかし脇に守るべき者が二人もいるとなると話は別である。

さてどうやって突破するか、考えを巡らせていたとき、突如群れの後ろからオレンジ色の光が灯る。

 そしてそれは熊の形へと姿を変えて、竜門の群れを蹴散らし始めた。



火熊(ひぐま)月輪(げつりん)



 ルカの生み出した炎の大熊が周囲の竜門を薙ぎ倒していく。膨大な魔力によって生み出された炎は、圧倒的な力で竜門を焼き尽くしていった。



「しゃあぁぁっ!さすが姐さんだぜ!だけど迂回した方がよかったんじゃないか!?ほらみんなこっちの方見てるぜ、ぎゃーー!!」

「口を閉じていて下さいチンピラ。こっちからユーリカの匂いがするんです」



 大声で喚くツヴァイに心底嫌そうな顔をするルカ。これでこの廃墟地下にいる人間は皆集まった。



「あれはルカ!?」

「いいね、僥倖だ。突っ込むぞ!」



 ルカの登場にアルビオは不敵に笑って、そのまま混乱真っ只中の竜門の群れへと突っ込んでいく。敵の注意が分散していれば、その注意を取り戻すよりも先に全滅させられる自負がアルビオにはあった。


 アルビオの雷鞭とルカの火熊が交互に竜門の群れを削り取っていく。静かで暗い廃墟の地下も、今ばかりは雷と炎が荒れ狂う賑やかな舞台へと姿を変える。





「あの竜門の軍団を一瞬で、しゃぁ、俺はやばい奴らに喧嘩を売ってたんじゃぁ……」


 ツヴァイの乾いた笑みの下で、竜門たちは全て床に散らばっていた。ものの一分程度でアルビオとルカが仕留めてしまったのだ。その上でアルビオたちとルカたちは改めての合流を果たす。


「ああユーリカ、会えてよかったです!怪我はありませんか、ありますねぇ!?また新しく腕を怪我してるじゃないですかぁ!?」


「これくらい平気だよ……。それよりルカが無事でよかった。ブーメランナイフのツヴァイさんも保護してくれてるみたいだし」


 数年ぶりの再会といわんばかりに駆け寄ってくるルカに、ユーリカはアルビオに抱えられたまま困ったように笑う。ただどちらの表情も柔らかかった。お互い転移罠によりはぐれた時から、心の片隅で常にお互いのことを心配していたのだろう。それが今お互いの無事を確認でき、安堵の息をついている。


「ユーリカがいる限り私は不滅です。合流もできたことですし、これからは肌身離さずユーリカを守り抜きます」


「もう、大袈裟だなぁ……」


 言葉とは裏腹にユーリカの嬉しそうに眉を下げる。ルカもまたその様子を見て満足げに頷いた。


 どうやら感動の再会は一区切りついたらしい。機を見計らっていたかのように、アルビオがルカに対して声を掛けた。



「おいオレンジ髪。俺たちは今からワープの元凶を倒しにいく」


「場所が分かったんですか?でしたら私も……」



 アルビオの言葉に腕をまくるルカ。だが彼女が言葉を話しきるより先に、アルビオはルカを制した。


「お前には別の仕事がある。足止めだ」


 アルビオが宙を浮きながら抱えられる人数は二人。その二枠はユーリカと道案内の少年で埋まっていた。変に一緒に行動して転移でまた離れ離れになるよりは、ここでルカたちには足止めをしてもらった方がいいというのがアルビオの考えだった。


 アルビオの言葉にルカは怪訝な顔をする。まず転移罠の詳細を知らないルカにはアルビオの考えを汲むのは難しく、そして何よりも邪魔をする敵は一通り倒してしまっており、もうこの場所にはいない。


 疑問を投げかけようとルカがアルビオを見上げたところで、アルビオたちの背後に紫色の閃光が走った。



「ほら来たぞ。余所見すんなよ」


 閃光の後に現れた竜門は先程までとは違う、巨大な蜘蛛のような姿をしていた。八本の太い脚とそれに支えられて歪に隆起した胴体。腕はよく見てみると蜘蛛ではなく紫ばんだ人の腕で、胴体もまた紫色の肉体が接合されてできたものであった。

もぞもぞと蠢く胴体から一つの巨大な目玉が顔を出し、その濁った瞳にルカを映した。


 ルカは頬を滑る汗を拭い、強張った顔で無理矢理笑う。



「アンタに指図されるのは癪ですが、ユーリカを守るためです。これは大きな貸しですよアルビオ!」



 そう言ってルカは手袋の上から器用に指を鳴らして大蜘蛛の竜門と対峙する。しかしもうアルビオからの返事はない。

疑問に思い振り返るといたのはツヴァイのみだった。


「えーと姐さん、もうあの三人ならとっくに行っちまったぜ……」


 ルカは耳を赤くして、咳払いをひとつした。


「……知ってます」



ーーー



「ルカたち大丈夫かな……」


「あいつも弱くはねぇ。そうそう死なねぇだろ」



 心配そうに呟くユーリカにアルビオがそう答える。アルビオは曲がりなりにもルカの力、その魔力量の多さとセンスに関しては認めていた。少なくともルカが、あの蜘蛛にすぐやられてしまうことはないだろう。


 迫り来る単眼の竜門を雷鞭(らいべん)で蹴散らしつつアルビオは暗い廊下を駆け抜ける。



「そこの角を曲がった先!多分そこにゲンキョウいる、です!」



 少年の言葉を受けてアルビオはにやりと笑うと、そのまま一気に加速する。そしてそのまま角を曲がると、20畳ほどの広さの大部屋へと辿り着いた。


 部屋にはタンスやベッドなどの物は一切なく、その部屋の隅には、痩せこけた老人のような影があった。



「素敵なお友達を寄越してくれてありがとう。せっかくだからお前も遊ぼうぜ、引きこもってないでよ!」



 アルビオの言葉に竜門が振り返った。

痩せこけて肋骨の浮き出た身体に、不精に伸びた爪と髭。シワまみれの顔にはピノキオのように伸びた長い鼻と、魔法陣の刻まれた瞳があった。


「ギロボ、ザザ、ガザポ」


 竜門は意味のないような言葉の羅列を繰り返し、アルビオたちを睥睨した。

超簡易的キャラ紹介その1


ユーリカ

性別:女

年齢:16

身長:147cm

体重:44kg


好きなもの『みんなの笑顔』『蜂蜜』

嫌いなもの『葬式』


説明

『桃色の髪と翡翠色の目が特徴の、教会に所属する聖女。かつて身寄りを失い修道院にいた身だが、光の神カミィからの恩寵を受けて、聖女として取り立てられた。治癒術という他者の傷を癒す特別な術を扱い、それを用いて困っている人々を救ってきた。やや自己犠牲寄りの考え方をし、それをルカに心配されている。休みの日は炊き出しボランティアに参加することが多く、彼女の料理の腕はそこで培われた』

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