2.6 モンスターハウス
次回は明日(6/14)の17時に投稿いたします。よろしくお願いします。
ルカは自身の周囲に火蝶を展開して、まずは単眼の蜘蛛の出方を窺う。初めての敵にそのまま突っ込んでいく気概も愚かさも、ルカは持ち合わせていなかった。
蜘蛛とルカたちとの間にある距離は10メートルほどだ。突進を仕掛けてくるにしろ何にしろ、それを見て対処する余裕はあるだろう。そう考えてルカは対面の蜘蛛を注視した。
蜘蛛はその場で足踏みをするように、脚を上げ下げしている。そこにはこちらへ向かってくるような姿勢は一切感じられない。ただ胴体の大きな目玉だけは臨戦態勢のルカを映し続けていた。
「おいおい姐さん、何やってんだよ?早くあのキモい竜門も倒してくれよ」
「少し静かにしてくれませんかチンピラ。注意がそれます」
背後から飛ばされたツヴァイの茶々に、ルカは煩わしげに答える。そして一瞬ツヴァイにそれた注意を再び竜門の方へと向ける。そこでルカは違和感を覚えた。
本当に些細な違和感だ。先程と比べて蜘蛛の瞳孔が小さくなっているような。
ルカが蜘蛛の瞳は見つめていると、その瞳孔がキュッと縮む。そしてそこから強烈な光が放たれた。
「なっ!?」
光の正体は一直線に伸びる光線だ。光線は矢のごとくルカへと襲い掛かる。
ルカが左へと飛び退くと同時に、先ほどまで顔があった場所を光線が通り過ぎる。ジュッと髪の先が焼ける音に、ルカは冷や汗を流す。
「目からビームが……。本当に竜門って突拍子がないですね」
「おいおいこの女死んだら俺も殺されちまうじゃねぇか……、はっ!姐さん大丈夫っすか!?」
現金なツヴァイの物言いにルカのこめかみが動くが、文句を言っている暇はない。ルカは蜘蛛の瞳をじっと睨んで次なる行動に備える。
蜘蛛は数度足踏みをすると、蜘蛛の瞳はツヴァイを捉えて、再び収縮しはじめる。先程と同じ動作、それはつまりすぐに光線がくるということだ。
「チンピラ!避けてください!」
「しゃ?」
ルカの鋭い注意にツヴァイはきょとんとした顔をする。そしてその顔を焼き尽くそうと瞳から光線が放たれた。
火蝶にはナイフとかならまだしも光線をそらせるほどの力はない。そのためルカがツヴァイを守るために取った行動は、単純であった。
「ぶわっ、熱っ!?」
ツヴァイのもとに押し寄せた火の蝶が、勢いのままにツヴァイを地面に転ばせる。それからすぐにツヴァイの頭の上を、白い光線が通過した。
ツヴァイは膝を震わせながらも立ち上がり、ルカと蜘蛛を交互に見やる。
「ありがとう、って言いたいところなんだけどな」
「素直にそうしていいですよ。頭が弾けるよりかはマシでしょう?」
涼しげな顔でお礼を受け取りつつ、ルカは蜘蛛を注視する。蜘蛛は相変わらず足踏みをしてその場を動かない。瞳はルカに焦点を当てているが、小さくなる様子はまだない。
これをチャンスであると見て、ルカは一気に蜘蛛へと目掛けて走り出す。蜘蛛までは10メートル、数回光線を凌げばたどり着くくらいの距離だ。
ルカが動き出したのを見て蜘蛛も新たな動きを見せる。今まで足踏みをしていた八本の脚を激しく上下させ、そのまま後退し始めたのだ。
そして後ろへと下がりながら、蜘蛛は瞳を収縮させて光線を放った。
「引き撃ち!? なんて姑息な!」
悪態をつきながらもルカは右へと跳んで光線を回避する。ただ避けたときの隙を利用して、蜘蛛をどんどんとルカから距離を取っていく。
結果として両者の距離は最初と同じ10メートルまで戻った。ルカは舌打ちをして強く地面を踏みしめる。
白紙となった距離を再び埋めるため、ルカはさっきよりも前のめりに蜘蛛へと走る。蜘蛛もまた逃れるため後方へ下がりつつ瞳を収縮させていく。
そして程なくして光線がルカ目掛けて放たれる。
前回と同じようにルカは避けようとするが、前のめりな姿勢が祟ってか、勢いを殺しきれずに左肩を光線が掠めた。
「つっ、ぁぁぁっ……!!!?」
強烈な灼熱感と共に肉が焼けるような匂いがしてルカは石畳の上に転倒する。被弾箇所を確認すれば白いローブは焼け焦げて、真っ赤に爛れた肩が顔を出していた。
傷口を視認すると改めて強烈な痛みをルカは覚える。だがここでのたうち回っている暇はない。ルカは次の光線を避けるためにと、右手を地面につき立ち上がろうとする。
「逃げながらあんな威力の光線を撃ち続けるなんてヤベーよ……あれじゃあ流石の姐さんも勝てるわけねぇ」
遠方からルカの被弾を見たツヴァイは、掠れた声でそう呟く。無傷で逃げながら一方的に攻撃を続ける大目玉の蜘蛛と、傷を負い防戦一方のルカ。どちらが優勢であるかは明白だった。
そして姐さんと呼んで慕っているルカが追い詰められているならば、ツヴァイのやることは自明である。
「悪いが俺は逃げさせてもらうぜ姐さん!生きて帰った奴が結局勝ちなのさ、しゃぁっ!!」
ツヴァイは大声で別れを告げると、そのまま薄情を全開にして逃げ出した。
ーーー
「ギド、ベベブ、ポルタペイ」
老人のような竜門は謎の言葉を羅列しつつ、のっそりと起き上がる。亀のように緩慢な動きは、まるでこの隙に距離を詰めて襲ってくれといっているようだ。だからアルビオはそうすることにした。
雷動鳴躯の出力を全開にしてアルビオは竜門へと接近する。アルビオたちを囲う雷が激しくなり、雷の轟く音とともに加速していく。この調子でいけば十秒後にはあの竜門はぺちゃんこになるだろう。この調子でいけば。
竜門と目と鼻の先まで来たところで、アルビオたちは同時に転移罠にかかったような不快感に襲われた。
「うぇ、またワープ……?」
「いや違うな。目ん玉開けてみろ」
涙目をこすりながらユーリカが前を向くと、先ほどまでと同様に老いさらばえた竜門がいた。しかしその大きさは前と比べて随分と小さい。いな、両者の距離が大きく開いていた。
周囲を見渡せばそこはさっきまでの小部屋ではなく、礼拝堂のような巨大な空間になっている。
「空間拡張、転移罠と同様に空間を操作する術のひとつさ」
アルビオが言うには、ここは先ほどの小部屋を拡張したものらしい。改めて見てみると部屋の構造は前の部屋と同じであるようだ。横長の部屋構造、そしてその左右の端にそれぞれアルビオらと竜門がいた。
「うわぁぁ!?何かくる!何か飛んでくるです!」
少年の悲鳴を聞き、ユーリカは再び視界を前に戻す。するとそこには、竜門までの道を阻むように無数のキューブが空いていた。150センチの石の正方形であるそれは、廃墟の壁や床をそのままくり抜いたような見た目をしている。
宙をふよふよと漂うキューブの集まり、その中の一つがアルビオたち目掛けて一直線に飛んできていた。
自分の両脇で慌てふためく足手まといを煩わしげに見ながら、アルビオは自身に迫るキューブに向けて突っ込む。もちろん攻撃を食らう気はない。
『雷鞭』
アルビオの脚は雷を纏い、鞭のようにしなって迫り来るキューブを打った。石の塊を砕くつもりで放たれた雷鞭は、激しい轟音を立ててキューブと衝突する。しかしキューブは割れることなくそのまま後方へと吹き飛んでいった。
「なるほど。これも地下の壁と同じ感じか」
アルビオは少年を追っているときに、邪魔な壁を雷鎚で壊そうとして防がれたことを思い出す。あれと同様にこのキューブも空間操作の術によって守られているのだろう。
「まあ、壊れないなら逆に使い道もある」
アルビオは追加で自身に迫り来る三つのキューブを見ると、その場に立ち止まった。
そして雷動鳴躯の出力を右足だけ高めていく。すぐに最高潮に達した右足は、白い極光を放ちバリバリとがなる。
その右足を見たユーリカは、それが自身に向けられたものではないと分かっていても、震えるほど怖くなった。
人生で見てきたものの中で、最も圧倒的な力。今それが自分の目の前にあるのだ。理屈ではない、本能的な恐れがそこにあった。
『雷鞭・白爛』
最高出力の雷鞭がキューブを蹴ると同時に、部屋が一瞬白い光に包まれる。そしてそれが消えるとキューブは目にも止まらぬ速度で飛んでいった。
空間操作により壊れないキューブは、強烈な力を受けてぐんぐん加速していく。アルビオたちに迫る他のキューブらを跳ね返して尚、蹴られたキューブは止まらない。
竜門のもとまで真っ直ぐに飛んでいった。
「ギダ、ガダ……!」
老人の竜門は慌てて他のキューブを使って壁を作るが、キューブの壁はできたそばから消しとばされていく。そしてキューブは最後まで減速しないまま、老人の竜門を押しつぶした。
「硬すぎるのも考えもんだな」
「やったよアルビオ!」
「す、すげーです!」
両脇からの歓喜の声を聞きながら、アルビオは竜門の方を見続ける。竜門はアルビオが活動していた千年前にはいなかった存在だ。つまり全く未知の存在、しかも空間操作術という高度な技を使う相手を、警戒しないわけにはいかなかった。
最初竜門の方に動きはなかったが、しばらくするとキューブがゆっくりと動き出し、傷を負った竜門が顔を出す。アルビオの警戒は幸か不幸か実を結ぶこととなった。
「嘘でしょ!?まだ立つの!?」
「ギドボ、ドボ!イークスケッ!」
竜門は咳き込みながら、その魔法陣の刻まれた瞳でアルビオを睨みつける。よく見るとそれは地下に張り巡らされていた転移罠に似ているが、それよりも幾分複雑な形をしていた。
「ギドチ、エペ、グルポ、ガーペ!!」
竜門が一際大きな声をあげると、その瞳の魔法陣が強烈な紫の光を放った。転移罠と同じ光、だがその場にいた者は誰一人欠けることがなかった。
代わりに部屋に紫の光が乱発して、単眼の竜門が続々と姿を現していく。
竜門の数はおよそ30。現在進行形で増えていくそれらは、押し寄せる波のごとくアルビオたちへ向かって突進してきた。
「廃墟内の転移罠をフル稼働してきたのか。一体一体はゴミだが……ゴミも積もれば鬱陶しいなぁ!?」
アルビオは獰猛に吠え猛り、迫り来る竜門の軍勢へ向かって駆け出した。
ーーー
「はぁはぁ!しゃぁしゃぁ!」
ツヴァイは暗い回廊を疾走していた。ここから逃れるため、ただ自分が生き残るために。
本来であればあのルカという女の陰に隠れてこの場をやり過ごすつもりだった。しかし頼みの綱も今や蜘蛛の竜門に苦戦して切れかけである。だからツヴァイはクレバーに彼女を囮にして逃げ出すことにした。
「姐さんにはお世話になったが仕方ねえ!この世は弱肉強食、強者と賢者が生き残るのさ!しゃぁッ!!」
ツヴァイは内実ともにチンピラみたいであるが、その身分は商人だ。ルカに情けをかけられ助けられた恩義を感じていないわけではない。会って一日にも満たない相手を、恩義のために命懸けで守る甲斐性も愚かさも持っていないだけだ。
もう走り出してから二分は経っただろうか。道を何度も曲がり、痛む肺を無視して脚を前に出す。それを繰り返してツヴァイはここまで逃れてきた。
既にルカと蜘蛛の交戦する音は聞こえない。ツヴァイは少し歩を緩めて、酷使した肺を整える。
視界を上げると進行方向はT字路となっていた。ツヴァイは冷たい壁に背をつけて、左右に広がる道の先を窺う。
「おいおい、ありゃぁ何だってんだ……」
引き攣った声を出すツヴァイ。その視界の先にはツヴァイに背を向けて、廊下の奥へと行進する単眼の竜門たちの姿があった。その数は6体。まるで何かに指示されているように隊列を組み、どこかへ向い走っている。
この廃墟内で何かが動き出したことを悟り、ツヴァイは早くここを脱出しようと身を翻す。進行方向は竜門たちの行った道とは反対、T字路の右側だ。
そこで大きな一つの瞳と目が合った。
「んなぁ……」
口をあんぐりと開けてツヴァイは一歩後ずさる。そこに単眼の竜門の無骨な拳が振り下ろされた。まさしく紙一重の回避。ツヴァイは背筋に底冷えする感覚を覚えた。
幸いなことにT字路を左へ行った竜門の部隊は、こちらに気付いていないようだ。ちらりと見れば、最後尾の背中が暗闇に消えていくところだった。
だからといって安心はできない。ツヴァイはまず目の前の脅威をどうにかせねばならない。
「やるしかねぇなら殺るしかねぇ!やってやるぜしゃぁぁっ!!」
ツヴァイは自身を鼓舞するとともに、思い切りナイフを振り下ろした。狙うは太もも。機動力を奪いそのまま逃げるという作戦だ。
しかし渾身の一撃は強固な壁によって阻まれる。筋肉という強固な壁によって。
ナイフが弾かれた反動で動きが止まるツヴァイのもとに、竜門の筋肉質な脚が迫る。竜門の前蹴りはツヴァイの腹を捉えて、そのまま壁まで吹き飛ばした。
「ぐぇぇっ……! 痛ぇ」
蹴りと壁の二重の衝撃。今日のディナーを吐きそうになりながらも、どうにかツヴァイを顔を上げる。そこにはこちらを見下ろす無機質な単眼があった。
今すぐに動かなければ殺される。頭では理解しているが、気絶しそうな鈍い痛みが、その場にツヴァイを押しとどめていた。
「やめてくれよ。なぁ、後生の頼みだ」
竜門は無慈悲に無感情に、その太い脚を振り上げる。眼下を這う低い頭を踏み潰す構えだ。
「嫌だ! 死にたくないぃ! 嫌だ! 嫌だ!!」
悲鳴を発する頭がザクロのように潰れる直前、ツヴァイの袖から何匹かの炎の蝶が現れ、眼前の竜門に襲いかかった。
火蝶は竜門の身体中にたかり、その熱で肉の鎧を焦がしていく。紫色の皮膚にはクラゲ刺されのような火傷痕がみるみる刻まれていく。たまらず竜門は悲鳴をあげ、片足立ちが祟ってかツヴァイの目の前に転倒する。
「え、あ、ざまぁみやがれマッチョマン!」
ツヴァイは咄嗟にナイフで竜門の目を刺す。そして刺し、更に刺し、滅多刺しにした。五度目の突き刺しで竜門は一際大きな悲鳴をあげて、その場で動かなくなった。
力なく地面に横たわる竜門は、爪先で数度つついてみても動く気配はない。ツヴァイは用心深く竜門を睨みつつ、壁に身体を預ける形でゆっくり起き上がった。どうにか体勢を立て直したところで、ツヴァイを取り巻く火蝶は役目を果たしたかのように消える。
「あいつ、何で火蝶を俺の懐に……」
裏切ったときの予防線か。否、ツヴァイとルカの実力差的にわざわざそんなことまでする価値は低い。それに予防線ならいま火蝶が動く必要はないはずだ。
「まさか、あいつは俺を……」
自分を守るために。
ツヴァイは思わぬ可能性に胸を締め付けられ、たまらず走り出した。恐らく蜘蛛の光線から守ったときに袖に潜ませたのだろう。ツヴァイを守るために。そして情けなくルカを裏切ったあとも、これをつけたままにして最終的に守ってくれたのだ。
なんという親切心だろうか。ツヴァイは脚をがむしゃらに前に突き出し思う。出会ったばかりの自分に、ここまでしてくれるとは。
だからツヴァイは目的地に向かって走った。
「姐さんがいい奴で助かったぜ!ありがとうな姐さん!アンタの分も俺は生きるぜ!」
この廃墟の出口に向かって。
「うぇ、しゃっ?」
そしてその直後、ツヴァイを転移罠の強烈な浮遊感が襲った。
ーーー
一条の閃光がルカのすぐ真横を通り過ぎた。暗闇に映えるその白光は、竜門が放った致命の光線である。
ルカは顔を上げて、ずっと変わらない景色にため息を吐く。埃の積もった暗い回廊、そしてその奥で延々と光線を放ち続ける巨大な蜘蛛の竜門。それは状況が一向に好転しないことを暗に示していた。
血管が脈動する紫ばんだ八本腕、それに支えられた巨大な単眼はルカを映していた。うつろな瞳はルカを憎んでいるとも憐んでいるとも見える。
「なに見てるんですか、気持ち悪いですね」
表情の読めない竜門相手にルカは悪態をつく。だがその悪態も平時と異なり勢いはなかった。
一番の要因は肩の火傷だろう。竜門の光線により焼かれた皮膚は、じくじくと沸騰する痛みを訴えている。延々と逃げながら一方的に攻撃を仕掛けてくる竜門と、肩の激痛からルカの精神は大いに削られていた。
ルカはこの状況に歯噛みしながらも前に走る。ただ追うだけでは状況は変わらないだろう。しかし僅かな解決の糸口を掴むためにも、そしてまず自分が死なないためにもルカは走らなければならなかった。
走り出すのと同時に竜門の瞳が収縮し始める。それはつまり光線がくる予兆であった。
ルカが横に跳ぶと同時に、ルカがさっきまでいた場所を光線が通過する。この短時間で慣らされてしまった動きだが、体力的にもう長くは続けられそうにない。
ルカはよろめく身体を無理矢理前に出し、竜門へ向かい突貫する。竜門はまたその姿を確認して後方へと下がっていく。光線を避けては走り、走っては光線を避ける。このやり取りを何度か続けた。
「くぅっ……!?」
そして前までと同じように放たれた竜門の光線。ついにそれはルカに二撃目を与える。
迫り来る光線を避けようしたルカが、石畳の窪みに足を取られたのだ。体勢を崩したルカの右ふくらはぎを、光線は撃ち抜く。
「ぃぁ……いっあぁぁぁぁぁ!!?」
遅れてくる熾痛に、ルカは絶叫を振り撒きながら地面を転がる。大声を出していなければ気を失ってしまいそうなのだ。
いよいよ貴重な移動手段である脚を失ったルカ。それは即ちこの状態では死の予約を意味する。数刻先の光線でその身は跡形もなく焼失するだろう。
激烈な痛みとこの状況にルカは泣きそうになった。人生の終わりをこの暗い地下で迎えるのは、あまりに虚しく報われない。そういえば修道院のシスターが言っていたものだ。安らかな死など、よほどの幸運でないと訪れないと。
「凄惨な死……上等じゃないですか」
泣かないように歯を食いしばり、ルカはもぞもぞと身体を動かす。ここで死ぬにしろ、奇跡的に生き残るにしろ、ルカは無様に泣いて結末を待つような真似はしない。
顔を上げれば、竜門の不気味な単眼と目が合った。収縮を始めた瞳は数秒後にはデタラメじみた光線をまた放つのだろう。
これから来る光線を避けようと身体を動かすルカだが、その動きは芋虫より遅い。ただどうにか解決策を探ろうと竜門を見続けていると、突如竜門の背後に紫色の閃光が走る。転移罠が何者かをこの場に運んできたらしい。
ここに来て増援とは天に見捨てられたものだ。ルカが目を伏せるのと同時に、場違いな声が響く。
「うぇっ、酷い目にあったぜ全く。ここは一体どこだって……ひゃぁぁぁっ!?なんでクソ蜘蛛がこんなとこに!?」
粗暴な言動とその声は先程までルカと共にいた者のものだ。ユーリカを傷つけルカを裏切った極悪非道な奴隷商人、ツヴァイがそこには立っていた。
自身のすぐ背後に現れたツヴァイに対して、蜘蛛は取り乱して脚をバタつかせる。蜘蛛の脚の一本一本は紫色の巨大な人の腕である。それらが自身に急接近した外敵を倒そうと、乱雑に振り回されている。
「何すんだ危ねぇじゃねぇか! この!!」
危機を感じたツヴァイもまた、身を守ろうと咄嗟に短剣を放り投げる。弧を描き舞う白刃は、蜘蛛の脚をかいくぐり、胴体にある巨大な瞳を切り裂いた。
巨大な白眼に赤い線が走る。まるでナイフが筆で目が白いキャンバスであるように。柔らかな急所を傷つけられた蜘蛛は、全身を痙攣させながらのたうち回った。
「ありがとう、と言いたいところですけど」
「素直にそうしろよ!光線で焼き殺されるよかマシだろ!?」
ツヴァイが生み出した恰好の隙に、ルカは激痛を意地で耐え抜き、蜘蛛の背後へと急接近していた。そしてその膨大な魔力で、必殺の一撃を練り出す。
『火熊・月輪』
灼熱の炎が熊の形をなし、金色に輝く右腕を蜘蛛の胴体、瞳の部分へとねじ込んだ。瞬間、傷ついた瞳が爆ぜて、紫色の八本脚が地面へと散らばった。
「さっすが姐さん!そして俺ぇ!!」
「随分と調子がいいですね。一度は私を囮にして逃げ出したくせに」
「しゃ、しゃーせん……」
歓喜と疲労と気まずさと、色々なものがない混ぜになった決着であった。
超簡易的キャラ紹介その2
ルカティア・フォン・エーデルワイス
性別:女
年齢:16
身長:155cm
体重:48kg
好きなもの『ユーリカ』『ハーブティー』
嫌いなもの『虫(広義の意味)』『実家』
説明
『ダークオレンジの髪をサイドテールにした、聖職者の少女。通称ルカ。きっちりと白いローブを着こなし、その手には常に金の刺繍が入った白手袋をしている。ユーリカと同じ修道院の出であり、彼女の親友兼騎士を自称している。魔術の素養が極めて高い天才。特に炎の魔術に対する造詣が深く、その力は大悪魔のアルビオにもそれなりに評価されている。休みの日は神学や魔術の勉強に費やしているが、たまに大衆向けのロマンス小説を隠れ読んでたりもする』




