大親友の心配
夢から覚めたのは時間切れで追い出されたかのように思っていたのだが、毎日掛かるように設定されていたアラームが鳴ったからだった。
珍しくはっきり目覚めた意識でアラームを止める。スマートフォンのバッテリーは60%程だが、普段からあまり携帯を弄らない零にとっては50%以上あれば問題ないという認識だ。普段と違って目覚めた時の気分が悪いのは、帰ってから入浴せずに寝てしまったからなのか、或いはどちらかといえば悪夢よりの夢を見てしまったからなのか零にはわからなかった。
床に置いたままになっている正装を持って居間へと向かう。朝食のウインナーを焼いている匂いがしてきて空腹を感じた。
「おはよう、婆ちゃん」
「おお、零。おはよう」
挨拶だけして一度、居間から出る。それから正装をいつも保管している場所に戻してからシャワーを浴びた。制服に着替えて居間へ戻ると既に朝食が出来ていた。
祖父は既に朝食を食べ終えて仕事を始めている。零が席に座って朝食を食べ始めると、祖母も席に座った。祖父と同じようにもう食べ終わってるようで麦茶を飲んでいる。目の前に座ったということは零と話したいことがあるということだ。
そしての内容を零はある程度予想している。
「零、昨晩が戦いだったのだろう?」
「うん。今回の相手は僕の能力と相性が良かったから、そこまで苦戦はしなかったけど……」
苦戦はしなかった。だが、友香の霊能力そのものは恐ろしいものだ。浮かない顔をしている零を見て、祖母は「予想通りのことが起きた」と思った。
「やはり、生きる理由を奪うことは辛いか?」
「ああ、いや。そういうわけじゃないんだ。誰かを傷付けようとする目的は潰さないといけないのはわかるからさ。ただ、相手の霊能力は負の残留思念を集めて武器にする能力だったんだ。そういう能力がある以上、被害者はこれからも増えるんだろうなって」
「───その能力はかなり特殊だ。現世に生きる身にして負の霊能力を使えるのは稀だろう。だがまあ確かに、霊能力を悪用する者はいれば被害者も出てくる。そういった輩を成敗するのも鷺森の役割だ」
「鷺森の役割……」
零はその言葉が引っ掛かった。似たような言葉を最近聞いたようなデジャブが起きたのを感じて思い出す。
「婆ちゃん、鷺森の名を残さないといけないのは何故?」
「うん? そりゃ、子孫を繁栄させていく上で血と名前を残すのは当たり前のことだろう」
「だけど、お母さんは違ったよね」
「…………」
祖母は急に険しい顔をした。
零の言う通り、母である澪は鷺森家を出て結婚した。その時に苗字は変わっており、子である零もかつては鷺森ではなかった。
もしも、夢で出会った鷺森雫の言うことが本当なのであるならば、それは鷺森家がここに残る必要性が既に無くなっているということである。
しかし、零の祖母である霰にとってその質問は「鋭い」と感じるものだった。
「それは、私の失敗だと思っとる」
「え?」
「私は失敗した。私のように澪も鷺森の役割を果たしてきた。そして時代が進むにつれて、人と霊能力の結びつきが薄れていったので、澪の嫁入りも渋々だが許した。そのせいで澪がこの世を去ったと言っても過言ではない」
「ちょっと待ってよ、婆ちゃん」
零には霰の言っていることが理解出来なかった。事故の直後、地面を這って見つけた母の亡骸は今でも脳裏に焼き付いている。それが不幸にも交通事故であったことは零自身の記憶が裏付けているので尚更、霰の言っていることがわからない。
しかし、続きを聞こうにも時間がない。鷺森家としては重要な話だが、それを理由に学校を遅刻したり欠席することを霰は許さなかった。
「話はまた後でな。もう出ないと、間に合わないぞ?」
「え、ああ、うん」
悪夢のような夢から始まり、祖母の要領を得ない言葉。今日ほどモヤモヤする朝を零は経験したことがない。
それでも学校には行かないといけない。残った朝食をかき込むように食べて残る支度をし、急いで家を出た。
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学校に登校してみると、やはり潤はいつも通り自分の席に座っていた。登校中に遭遇して一緒に行くこともあるのだが、今日は霰と話をしていたばかりに家を出るのが遅くなってしまった。
零は荷物を自分の席に置いてから潤に近付く。零の姿を確認した潤は微笑んで挨拶をした。
「おはよう、零。思っていたより元気そうだな」
「おはよ。そういう潤こそ、疲れを感じさせないじゃないか」
「俺の方は苦戦するような相手じゃなかったからな。取り敢えずは取りこぼすことなく解決で良かった」
「その言い方だと、例の犯人もわかったんだ?」
「当然だ、想像していたよりも近くにいた」
驚きはない。相手が能力を使ってくるタイミングが絶妙過ぎたので、近くに隠れて戦闘の様子を見ていたであろうことは容易に想像できる。
思い返せば、既に長瀬から姿を変える能力者を含めた人数で確保者数を聞いていた。相手が潤なのだから零としても驚きより納得だった。
「お前の方こそ、警察に補導されたと聞いた。大丈夫だったのか?」
潤はむしろ零の安否が気になっていたようだ。
いくら警察には顔馴染みで事情を知る長瀬がいるとはいえ、今回の現場に出動したのは長瀬のいる部署ではない。警察内部でも重度中二病患者という存在が認知されきっていない実態は潤も把握しているので余計に心配だった。
それに対し、零は何でもなかったかのように明るく笑って答える。
「いや、変に拘束時間が発生して疲れたよ。流石の亜梨沙さんも眠気に耐えられなかったようで寝てしまってた」
「はは、そうだったのか」
なんとなく想像してみると微笑ましい光景かもしれない。潤としても、このまま零が亜梨沙と一緒に普通の高校生活を送ってくれると良いと思っているが、すぐに真顔となった潤は他に気になることがあった。
「───ある程度は聞いたが、最終的に友香を捕らえたのは黒山らしいな。元からそういう手筈だったのか?」
「いや……」
零の否定は即答だった。補導されたのが零と亜梨沙の2人だと聞いていた潤は詩穂に対して違和感を感じていた。そして零はありのままを潤に話す。
「友香さんは恋悟と違って話がわかる人だった。僕は彼女との対話を試みたんだけど、その途中で黒山さんが友香さんを捕縛して連れていった。全くの予想外だったよ、あのタイミングで手を出してくるなんて」
「そうか」
潤にも詩穂のやったことが正しいとわかっている。しかしながら、詩穂は大幅に遅刻して現れた。友香を捕縛したこと自体は別に良いのだが、申し訳なさそうな雰囲気もなく、美味しいところを持っていく詩穂に対していい印象を待てなかった。
やはり詩穂は信頼できないと潤が思った瞬間、予鈴が鳴る。零に準備するよう促して、その場は解散となった。
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友香が逮捕されたからといって事件が完全に終わったというわけではない。むしろ、今回の殺人事件について犯人を知っている零としてはその情報を警察に話すかどうか悩んでいた。
罪を見逃すわけにはいかない。だから、可能なのであれば自首が望ましい。零はトラを通じて説得を試みることにした。
しかし、予想外にも零がトラに連絡するより早く、トラが零のいる教室を訪れた。いつものように時間のある昼休みを狙ってトラがやってきたので零はそれに従って、また校外に出た。
歩きながら、トラはむず痒そうに口を開く。
「その、今回は本当にありがとな」
「いえ、トラ先輩もご無事で良かったです。相手のリーダーはどうなりました?」
「あ? そりゃ俺が倒したに決まってるが、サツには捕まってねぇよ?」
少しだけ沈黙が流れてトラは再び語る。
「あいつは、俺の幼馴染でよ。ガキの頃はあいつと、それからシアっていう女の子とよく遊んでたっけ。けどなんつーか、しばらく俺とリュウの間に溝が出来ててよ。今回をきっかけにお互いの考えていたことをぶつけ合えて良かったと思ってんだ」
「そうなんですか」
少し意外性を持っているように相槌を打つ。しかし、トラはわざわざこんなことだけを言う為に零を呼び出したのではない。零にとって予想外の言葉がトラの口から発せられる。
「あとは、ミアのことだよな。俺もこのままじゃいけねぇと思ってんだ」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
出張で伊勢市に行ってきました。駅から出た時の蒸し暑さといえば本当に驚くくらいでしたが、アブラゼミの鳴き声が聞こえました。もうすっかり夏なんだな、と感じさせられました。親しみやすい良い場所というイメージがあります。
東リベ2、観てきました。
原作読んでいるので話の展開は知っていますが、右隣の女性がクライマックスのところで号泣していたのが気になりました。世の中には、隣の人が号泣していると萎えるという方もいらっしゃるそうですが、私は右隣の女性は「心優しい方」なんだなとほっこりしました。
感性が豊かな方は、登場人物や他者の喜怒哀楽に敏感だという特徴が前提としてあると思います。敏感でも中には自己と他者を分けて考えられる方もいらっしゃるでしょうが、今回の方はキャラの心情を疑似体験されているのだなと考えれば、他者の心に寄り添える方なんだなと思うことができます。素晴らしいと思います。
私が敬愛して止まない佐島勤先生の「魔法科高校の劣等生」がまた来年、アニメ化するそうで!
私が劣等生を知ったのはアニメがきっかけとなっていますが、九校戦のモノリス・コードで主人公達が活躍して激しい戦闘シーンがあるわけですが「文字で表すにはどうしているのだろう」と書き方を学ばせていただいた素敵なライトノベルです。
───といいつつ、純粋にストーリーを楽しんでいるだけの夏風陽向がそこにいるのでした。
とても楽しみです!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!