いい雰囲気
長瀬は車を出し、零と亜梨沙の二人を乗せて走り出した。女子である亜梨沙を先に送っていくこととなったが、零には1つ懸念があった。
「亜梨沙さん、お母さんは大丈夫?」
「え? あー……」
亜梨沙の母はかなり亜梨沙のことを心配している。彼女が魔法少女であるということこそは知らないようだが、何かしら危ないことをしているという認識はある。
梨々香を助けた時に零は亜梨沙の母と「危険過ぎることはさせない」という約束をしている。今回はそこまで苦戦する敵がいないという見込みだったし、一番危険だと思われた友香とは最初から零が戦うつもりだったので問題はないはずだ。
ただし、零が思っていたよりも時間が掛かってしまった。日付が変わる前には終了する見込みだったのが、今は午前3時を迎えようとしているところだ。亜梨沙の母が心配し、今後の亜梨沙に何かしら制限を掛けるかもしれないという点が懸念だった。
そしてその懸念は亜梨沙にもわかったようだ。亜梨沙は少し考えて苦笑いで答える。
「多分、大丈夫でしょ。怪我もないし、無事に帰るわけだから」
「そうだね。ただ、場合によっては僕からご説明に上がるよ」
「大丈夫、大丈夫!」
亜梨沙の母も心配性だが、零もなかなかに心配性だ。亜梨沙としては悪い気がしないものの、少し申し訳なさを感じている。
「ごめんね、うちはお母さんがアレだから」
「いやいや。お母さんの仰ることはごもっともだよ。母として娘を心配しないわけがない」
零には自分の母がどうだったのか、あまり記憶がない。しかし祖母はそうだった。帰りが遅くなれば心配してくれたし、今でこそ鷺森家の使命を全うすることに厳しくあるが、内心では心配している。それを感じ取っているからこそ、亜梨沙の母が心配する気持ちもわかるのだ。
やがて亜梨沙の家があるマンション前に着く。亜梨沙も疲れが顔に出ており、いつものような元気は少し減っていた。
「それじゃあ、おやすみ。零君」
「うん、おやすみ。お疲れ様!」
零は出来るだけ静かで元気に亜梨沙を見送った。しかし、どちらかといえば見送るのは亜梨沙の方だったようで、車が発進するまで出入り口で待っていた。
車が発進する。亜梨沙が微笑んで手を振るのが見えたので零も小さく手を振りかえした。
そんな様子をルームミラー越しにちらっと見た長瀬が小さく笑ったので、零は少し恥ずかしく感じて咳払いをした。
「鷺森君。やはり君は古戸さんとコンビを組んでるんじゃないか」
「え? いや、そんなつもりはないですが」
「そうかな? 最初は黒山さんも組むものだと思っていたけど、どうなるかわからないものだね」
「長瀬さんもよくわかっているはずです。僕は誰とも組むつもりがないって」
「そんなこと言いつつ古戸さんといい雰囲気じゃないか」
零は内心で「確かに長瀬の言う通り」だと思った。明確に相棒という関係で亜梨沙と接しているわけではないが、いい雰囲気になっているというのは事実だ。それはかつて自分を裏切った元相棒に抱いていた感情と少し似ている。
学んだつもりでも生かされていない。それを自覚したところで、今更亜梨沙に冷たく出来ない。そんな自分を情けなく感じた。
しかし、詩穂よりも亜梨沙といい雰囲気になってしまうのには理由がある。
「今回だって僕達は4人で立ち向かったつもりでした。黒山さんは遅れて来ましたが、一度は僕、亜梨沙さん、黒山さん、潤が集まった瞬間まであります」
「うん」
「でも、結局あの場に残ったのは僕と亜梨沙さんだけです。潤には別の能力者を捕まえてもらうために別行動をお願いしましたが、黒山さんは友香さんを連れて離脱しました。そんな中で黒山さんと信頼関係を築けるわけがない」
零も疲れていたのか、いつもは言わない他人に対する不満をつい口に出してしまっていた。長瀬はそれに対して「珍しい」なんて水を差すようなことも思うことはなく、純粋に共感した。
「確かに君の言うとおりだよ、鷺森君。確かに黒山さんは相談することなく勝手に正しいことをする」
「正しいこと?」
零はその言い方に少し違和感を覚えた。確かに彼女のやり方は間違っていない。だが、それを正しさだと納得できるかと問われれば否だ。
「黒山さんはいつだって正しい。結果を残しているからね。彼女なりに恋悟と同じ轍を踏まないようにした結果が今回だ。お陰でちゃんと友香を捕らえられた」
「結果だけ見れば、ですよね。僕は時々黒山さんの行動が理解出来ません。彼女を仲間だと呼ぶには知らないことが多過ぎます」
「……うん」
長瀬は零の気持ちに若さを感じた。とても新鮮だった。
いつからか、感情を全面に出すことを忘れていたように感じる。だから零の言いたいことも理解出来た。
だが、感情だけで世界を生きていけるわけではない。ましてや重度の中二病患者を相手取るということは立証が難しい分、理不尽なことは多い。
それを鷺森零という若者に指摘するのは簡単なことだ。しかし、そんな理不尽の中で生きていける力は他人に指摘されたから身につくというわけではない。足掻いてもがいて、その先に諦めて妥協してきてこそ得られる力だ。
今はただ、大人として共感だけしてあげたのだった。
そんなことを話しているうちに鷺森家へ辿り着く。零は長瀬にお礼だけ言って速やかに車を降りた。
車が発進したのを見送り頭を下げる。そうしてから静かに家へ入った。家の中は静まり返っていて、祖父母は寝ている。
汗や埃で汚れているだろうから入浴したいのが本音だったが、疲れはピークを迎えている。意識が無くなりかけているのをどうにか堪えて部屋着に着替えた後、正装を床に置いたまま眠ってしまった。
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『黒零』を解かれる直前に聞いた声が影響したのか、零は眠りについてすぐに夢を見た。
場所は鷺森家の一階。今と少し家に置かれているものが異なっている。昼間で窓は全開となっており、風鈴の音と共に入ってくる風が少し涼しい。
「…………」
無意識に歩き出す。どこへ向かっているのか疑問に思わずに歩いているが、そこは決して零が近付かない場所だ。幼い頃から祖母に「近付いてはいけない」と言われている方向なのだが、夢の中にいる零にはその意識がない。
少し重い扉を横にスライドさせる。歪んでいるのか、思っていたよりもスムーズにスライドできない。
扉の先は少し暗い。風の音が聞こえてくるものの、それは先ほどの窓とは違った音だ。まるでトンネルから聞こえてくるような音で、零はふと鷺森露と戦った地下のことを思い出した。
奥へ進むと石の階段があった。一段一段ゆっくり降りていき、やがて下まで降りると、いつの間にか持っていたマッチで松明に火をつける。
さらに奥には何かの祭壇があった。祭壇には武者のような木彫り像と長く反った太刀が置いてある。
そこへ近付くと、いきなり目の前に女性が現れた。30代くらいの女性に見えるが、零はその人を知らない。
『今日も訓練を……む?』
少ししゃがれた声でこちらに語りかけてきた。その声からは「普通」を感じない。強くて深い何かを感じさせる。
零は後退りした。女性の表情は険しいもので、巫女の衣装を見に纏っていても神聖というより荘厳だった。
『男が何故、ここに?』
「え?」
ただでさえ険しい女性の表情が鬼の形相に変わる。かなり怒っているのが零にもわかった。
『男がここに入ってはならない! 掟だろうが!』
「えっ、あっ、はい! えっと僕は」
『黙れ! 今すぐ出て行け!』
「ごめんなさい!」
あまりの勢いに負け、零は走って石の階段を駆け上がる。途中で躓くが転ばないよう手を使って支える。上がり切ったその先で若い女性と目が合った。
「え……?」
鷺森露の残留思念と一緒にいたかつての鷺森家当主。整った顔立ちで清楚さを感じる彼女はただまっすぐ零の目を見て呟く。
『追い出された?』
「あ、はい」
『鷺森家は代々女性が当主で、当主以外は地下に入ってはいけないとされています』
「少し前、祖母から聞きました」
『そうですか。でも、鷺森家の当主となるのであれば、ここを通れるようにならなくてはなりません』
「でも女性以外は駄目なんですよね? それじゃあ、僕は当主になれないでしょ」
『……私も兄も、当主が女性でならなければならない理由を知りません。長い歴史、鷺森家に何があってこの掟が出来たのか、探れば手掛かりがわかるかもしれません』
「…………」
『鷺森零。貴方には二つ道があります。一つは霊能力を持った人と結ばれ、その方を当主とする道。もう一つは歴史を探り、貴方自身が当主となる道です』
「何故、僕がそんなことを? 当主がどうとかなんて、時代的に……」
『いずれわかると思います。この地に鷺森家がある理由は、ずっと残っているのですから』
「え?」
『時間切れです。現世に残った兄のことも頼みます』
「ちょっと!」
尋ねたいことはいくらでもある。だが時間はそれを許してれない。
兄というのが鷺森露のことだとわかった直後、目が回ったような感覚が零を襲った。
それからはっと、零は悪夢から目覚めたようにベッドの上で起き上がった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
また次回。来週もお願いします!
何書こうか、忘れた……。




