祖の呪い
止まったバンの扉が自動で開き、そこからタツの回収に向かったはずの詩穂が降りてきた。バンの扉を開いたまま、詩穂が待っている。
思わず零は彼女の名を呟いた。
「黒山さん……」
亜梨沙はただ目を丸くして驚くばかりだったが、零は不思議と安心した。張り詰めていた緊張が解され、深く息を吸って吐いた。
「2人とも、乗って」
労うこともなく彼女はそう言う。普段から関わりのある零は何とも感じなかったが、亜梨沙はどこか冷たい印象を感じた。
とはいえ、断る理由にはならない。零と亜梨沙の2人は詩穂に導かれるまま車に乗り込む。
しかし、そこに回収されたはずのタツがいなかったので零は疑問に思った。詩穂が最後に乗り込んで車が移動を開始したところでそれを質問した。
「あれ、タツさんは?」
「既に回収は済んでいるわ。誰かの居場所を当てるのが得意なだけで、戦闘力もなければ逃げる力もないもの」
「そうなんだ? 無事で良かった」
「ええ」
重度の中二病患者は最初に目覚めた能力がどんな能力であろうと「武装型」という別の使い方で戦闘に転用できる場合がある。それには個人差があり、零のように姿そのものを変えることが出来れば、タツのように「武装型」そのものが使えない場合もある。
むしろ、タツのような人の方が多いとまで言える。そんなタツが誰に襲われることもなく無事だったのは零にとって本当に朗報だった。
今度は詩穂が質問する番だ。
「2人だけということは、上手くいかなかったのね」
「…………!」
亜梨沙が悔しんでいるのは目に見えてわかった。彼女の脳内は自身の能力に対する不甲斐なさと、失敗という結果が占めており気が立っている。
とても詩穂に説明出来るような精神状態でないことはわかるので、やはり零が説明に応じた。
「ああ、失敗した。ちょっと厄介なことが起きてね」
「厄介なこと?」
「うーん、何と説明したらいいものか……。背後に悪霊がいて、その悪霊が梨々香さんを操って攻撃してきたんだ」
「ゆ、幽霊……?」
詩穂は訝しげな顔をした。零に残留思念が見えることは知っていたが、まさかここで幽霊が出てくるとは思わなかった。詩穂としても、現実的に存在しているのかどうかあやふやな存在が関わってる案件は初めてだったので、どう考えれば良いのかわかっていない。
「えっと、そもそも鷺森君は幽霊が見える人だったかしら?」
「黒山さんの違和感は正しいよ。元々僕は幽霊が見える体質ではない。だけど、今回遭遇した悪霊によって植え付けられてしまったという結果なんだ」
「そんなことが……」
零の言うことを疑うわけではないが信憑性には欠ける。詩穂からすれば、幽霊という虚像を利用した能力が発動している可能性だって考えられる。いずれにせよ、ここで結論を無理に出したところで対処に失敗してしまえばどうすることもできない。
改めて策を練る必要があると考えた。
「鷺森君、古戸さん。取り敢えず今回はここまでにしておきましょう。各々、今回起こったことを精査してから改めて策を練るべきだと思うのだけれど……」
「うん、僕も同意見だよ。亜梨沙さんもいいよね?」
「…………」
亜梨沙としてはすぐにでも救出を再開したいので、詩穂と零の提案に納得は出来なかった。
しかし、一方で2人の言っていることが正しいこともわかる。したがって、はっきり返事することこそは出来なかったが頷く形で了承の意を示した。
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今回はどこかへ泊まることもなく、それぞれ家に帰った。
零が家に着いた時間は夕方で、まだ夕食には早い時間だったが家事をしている祖母にどうしても露のことが聞きたかった。
干していた洗濯物を取り込んだ霰は扇風機に当たりながら畳んでいる。
「婆ちゃん」
「おや、おかえり」
「うん、ただいま」
そんなやり取りをし、いつもなら自室に戻る零だが今回はそういうわけにいかない。畳の上に座って家事をしている祖母の前に立ち、向かい合って座った。
「ん、どうした零?」
「婆ちゃん。鷺森露って知ってる?」
「…………!」
霰の動きが止まる。祖母の反応を見て、零はそれだけで「ただならないこと」だということを悟った。
「先に聞いていいか? 何故、お前の口からその名前が出る?」
「人探しをしていたら遭遇したんだ」
「…………」
霰は止めていた作業を再開し、少し考えてからまた作業を止めて零に問う。
「残留思念を見つけた……と言う割にはあまりに偶然が過ぎる。だが、お前には幽霊を見る力はないはずだ」
「その通りだけど、露によって植え付けられたんだ。その瞬間、露がよく見えるようになったついでに他の悪霊も見えるんだ」
「そうか……」
思わぬ邂逅と覚醒に、霰は「ほ」とでも言うかのように口を開いて、ただ驚くことしかできない。
だが同時に露について説明してあげないといけないという必要性が出てきた。露のことは……特に『鷺森家の男』である零には話しにくい案件であることに違いはない。
霰は零のことを真っ直ぐ見て話す。その表情は祖母のものではない、鷺森家当主のものだと直感的に零は感じた。
「鷺森露は、私の父だ」
「えっ?」
意外な告白に零は目を丸くする。しかし、そんな孫に構うことなく霰は話を続けた。
「私の先代は鷺森雫といって、露にとって双子の妹にあたる。しかし雫はある強大な怨霊との戦いに敗れてこの世を去った。私が生まれる前の話だから詳しくはわからんが、それ以降の露は人が変わったように鷺森家を憎むようになってしまったそうだ」
「だから今、怨霊になっていると?」
「それはわからん。だが私はその可能性が高いと思っている。私自身、父に対して良い印象はないからな」
「うーん……でもわからないな。本来ならその怨霊を憎むべきなのに鷺森家を憎むだなんて」
「父は生前、自信に力がないことを嘆いていた。恐らくはそれが関係してるんだろうね」
「そうか……」
本来、鷺森家と血の繋がりがあったとしても男は霊能力を得られない。零自身も生まれつきで残留思念が見えたわけではない。全ては父と母を失った交通事故がきっかけだ。激しく雨が降る中、這いつくばって倒れる両親の元へ向かった記憶が蘇る。
その追憶を途中で止めたのは霰の言葉だった。
「零、悪いことは言わん。父と……露と戦うことは避けな」
「僕じゃ敵わないから?」
「そうだ。霊能力がないからといって素質がないわけではない。怨霊となった今なら並大抵の悪霊よりも力は強いだろう」
「わかってるよ……でも! 戦わないと救えない人がいる。露は……曽祖父さんは、ある女性に取り憑いて活動していて、僕はその人を助けなければならない」
「うーん……」
霰はかなり難しそうな顔をして唸った。零の意思と覚悟は鷺森の子としては上等だし、対抗しうる手段の基礎は持っている。
零に鷺森家の代々当主が乗り越えてきた修行をさせるか?
当主のみ入ることが許されている地下へ招き入れるか?
霰は色々考えたが、掟を破るわけにはいかないという結論に至る。そもそも零は鷺森家の中でもかなり異質の存在ではあるが、例外を許容できる程でとないと言える。
苦渋の判断で一つ助言をした。
「もし、お前が本当に霊能力を手にしたというのなら、今まで以上にこの世ならざるものを葬ってみせな。そうすりゃ、戦えるだけの手段を教える」
「今すぐにってわけには?」
「自惚れるな、そう甘くはない」
「……わかったよ」
今までになく祖母は厳しい。それが鷺森家なのだと改めて零は感じられた。
話は終わりだと、そういう合図も込めて霰は家事に戻る。邪魔をしないよう零は自室に戻った。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
え? 更新日がずれているって?
案の定、書くだけの時間をなかなか得られませんでした。土日とも休みがなくて……。
無理しないでって言ってくださる方がいます。でも、読んで下さる方々に最新話を届けたかった。日がずれたのだとしても。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!