今やるべき事
一方、その頃───。
詩穂も自宅の近くで降ろしてもらったが、すぐに帰宅することはしなかった。暗くなってあまり遅くなると心配されてしまうが、まだそれまでに少しだけ時間がある。詩穂としては、そんな僅かな時間でさえも家から離れていたかった。
近くに夕陽がよく見える丘がある。時には一人で星や夜景を観に行くお気に入りの場所だ。家の中で涼みたい気持ちもあるが、天秤に掛けた時こちらの方が勝った。
他には誰もいない。詩穂が予想した通りに隣で『はつ』が姿を現した。
「姉さん……鷺森君の話、聞いてた?」
『勿論! とても興味深い話だね』
「姉さんはどう思う?」
『十分にあり得る話だと思うなぁ。私自身、似たような存在だからね』
実のところ、はつには大体のことがわかっている。だが、それを詩穂に話すことで自身の計画が狂ってしまう可能性があることを危惧した。
だから、こういう言い方をする。
『いずれにせよ、そういった存在はあの少年の領分だろうから任せておくといい』
「姉さんには、鷺森君の能力がわかるんだ?」
詩穂はいつもより目を少しだけ見開いて驚いた。はつは詩穂が思っている以上に物知りではあるが、まさか零の能力まで見透かしているとは思わなかった。
『これまでに何回も見ているからねぇ。それを踏まえて詩穂はどうする?』
「場合にもよるけど、鷺森君が苦戦しない限りは梨々香さんの救出を援護しようと思ってる」
『……うん、そうだね。それがいい』
はつは車内で零を見ている。今日以前にも零を見ているのだから、今までとの違いさえも見透かしていた。
彼には無理矢理にも後天的な霊能力が植え付けられていた。それは、零は勿論のこと能力を植え付けた側にも相当の強さが必要だ。それに加えて、植え付けた霊能力が定着するにもかなり厳しい制限がある。
ここまで考えられている段階で、零が対峙した怨霊が零自身と「何かしらの繋がり」がある存在だとわかっていた。一番は「魂のつながり」だが、だからといってそれが誰なのかは見てみないとわからない。
だがはつは、そこまでわかっていても詩穂にそれも知らせなかった。
ゆっくりだとはいえ、時間が過ぎて日も沈んでいく。
「姉さん、そろそろ帰りましょう」
『そうだね。詩織が心配する』
詩織は詩穂の母親。はつは詩穂が生まれる前から詩織のことを知っている。現在の詩織が必要以上に心配性であることもわかっているので、帰宅に同意したのだった。
果たしてそれは本当に「心配性」という表現で良いのか。はつには詩織のそれが心配性ではなく一種の「依存」だと思っているが、それを詩穂に言えば心労が増える。故に今も心配性の正体を言わずに合わせてあげている。
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鷺森家に課された使命に対して零はずっと半信半疑だった。何故なら実際に祖母や生前の母がこの世ならざるものと戦っている姿を見たことがない。
だがしかし、この日からそれが本当だということと使命の重さを痛感することとなる。
自室で考え事しているうちにすっかり日が暮れて外は暗くなっていた。時刻が深夜に近付いていくにつれて、どうも外が気になって仕方がない。
違和感について考え出した直後、夕食が出来上がったことを伝える祖母の声が聞こえた。居間へ向かい、3人で食卓を囲む。
「いただきます」
零は一口ご飯を食べてから、箸を置いて祖母に訊ねる。
「婆ちゃん、何か外が気になるんだ」
「ん。だが、まだだな。0時を超えてからが本番だぞ」
「そっか……」
祖父にはその会話のやり取りの意味が何となくわかっていた。伊達に霰と長年連れ添ったわけではない。
「ん? 零もついに役目が……。あん? でも零は女じゃないぞ?」
祖父が霰の方を見る。霰は深く溜息を吐いてから、出来事を祖父にも共有する。
「どうやらお父さんが零に能力を授けたらしい」
「あん? どういうことだ?」
「お父さんの怨霊が出たということだよ。これはある意味、呪いだけどな」
「えっ、そうなのか?」
祖父が零の方を見て訊ねる。それに対して零は無言で頷いた。
「うお……。それはきついな」
零にとって不思議なのは祖父がそこまで驚いていないということだ。むしろ、怨霊として出現し零に呪いを掛けたことに納得しているとさえ思えるほどの反応だ。
「爺ちゃんから見て、鷺森露はどんな男だったの?」
「あん? まあ、おっかない印象だな。俺と婆さんは親が決めた結婚だから反対とかそういうのは無いが、どうも話しにくい……ってか、色んなことに怒ってたように見えたな」
「…………」
霰は誉めることもなく逆に咎めることもない、無の視線を夫に送っていた。彼の言っていることは強ち間違いではないからだ。
「しかし、呪われたとはいえ、零がこの役割を担っていいのか? これじゃ掟に反するだろう?」
「担うくらいなら問題はない。当主が代々女だったというだけでこの世ならざるものを葬るくらいなら男でもやっていいはずだ。でなきゃ、そもそもこの業界が成り立たんだろう」
「おお、確かにそうだな! だがなぁ……」
祖父は零のことを心配していた。霰や澪のように当主となる為の教育や訓練を受けてきていない零には荷が重いのではないかと思った。
しかし、それを霰が否定する。
「零とて、最初から特別な存在だ。既にこの世ならざるものと戦ってきた実績はある。ちょっとその範囲が広がっただけだが……」
並大抵の相手なら零の敵ではない。だが、敵の範囲が広がったからには注意しないといけない敵もいる。
「零。とはいえ、今はまだ戦いを避けなければならない敵もいる。特に古来から居座っている若い女の霊には気を付けろ」
「若い女の霊?」
「叔母……鷺森雫は優秀な当主だったが、その霊に負けてしまった。相手とて無傷ではないだろうが、月日が経ち過ぎてる。更に力を増しているだろう。戦う相手は選べ、逃げる事は恥ずことではない」
「……うん」
「まずは食え。力が入らんぞ?」
「うん」
それから零はいつも通りに夕食を食べた。露の話を出されて懐かしかったのか、祖父は零に思い出話を沢山した。その殆どが「恐かった」という結論に繋がる話ばかりだが、今となっては笑い話なようで霰も度々突っ込みを入れていた。
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夕食を食べ終えて自室に戻ると、スマホにメッセージが届いていた。相手は亜梨沙。彼女としてはやはり一刻も早く救出を再開したいようで、次回の決行日を相談する内容だった。
しかし、今の零と亜梨沙では梨々香を救う事など出来ない。今はパワーアップが急務なのだと零は亜梨沙に返信をし、目処としては夏休み中であることも添えた。
時刻は深夜を迎え、何かの気配を感じる。家の中ではなく外だが、決して「すぐそこ」というわけではない。
零は防寒具を身につけてからピンク色のガラケーを握りしめて外に出ようとする。すると、玄関先で霰が待っていた。
「婆ちゃん、行ってくるよ」
「待ちな。零、着替えてから行け」
「着替え?」
霰に導かれて零は当主の部屋近くにある「着物の部屋」に入った。普段の零はここに用がない。それこそ幼い頃は好奇心で入った事はあるが、着物が置かれて飾られていること以外には何もない。
どうやら霰は零の為に着物を引っ張り出してきたらしい。鷺森の家紋が入った着物だ。暗い灰色を基調とした不思議な雰囲気のあるものだった。
「これ、どういう時に着るの?」
とても冠婚葬祭で身に付けるとは思えない。そう思った瞬間、答えに辿り着く。
「この着物は霊能力を高めてくれる効果がある。当主こそは女だが、当主の婿となる者も身に付ける為に用意されてあった」
「へー……。でも僕、着れないよ?」
「教えてやる」
「えぇ……」
気恥ずかしさを感じる中、零は霰によって着付けて貰った。しかし、しばらく誰も袖を通してなかったからなのか少しばかりカビ臭い。
「ん、これでいいな。よし、行ってこい」
「う、うん」
零は初詣にでも行くかのようにマフラーだけ首に巻いて外に出た。予め履き物も用意されていたようで、慣れない地下足袋で歩き出す。直感に従って気になる方向へ歩いていくが、誰とすれ違うこともない。
考えてみれば、こんな姿を誰かがみたらギョッとするだろう。せいぜい「不思議なものを見た」くらいの感覚で終わるだろうが、零としてもそれはちょっと嫌だったので都合がいい。
「うん……?」
気になるところへ辿り着いた。よく目を凝らして見てみると、比較的新しい一軒家を見上げる男の姿が見えた。
直感的にわかる。それがこの世ならざるものであることが。
『あ……あ……』
何か言っているのか声が聞こえる。しかし、はっきりは聞こえない。零は一応、ピンク色のガラケーで通話を試みた。
「もしもし」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
最近、ラノベを含み小説が読めていません。
毎週の更新分を書き上げて読み直した時、上手い表現が出来ていない気がする時は特に「読めてないなあ」って実感します。
今回の章はもっと早めに片付く予定でした。ところが思ったより色々出てきてしまい……。
第2章にしてパワーアップが必要な状況になってます。
まあむしろ、順風満帆に進むストーリーなら、わざわざ小説にする価値がないような気もしますけど!
いつもと違う変化こそが、小説の種だと思ってます。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!
最近、前作の方も読んで下さってる方がいらっしゃるようで……。ありがとうございます!
完結した作品だからこそ、今でも読んで頂けるのは嬉しい事です。今後ともよろしくお願いします!




