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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
魔法少女の娣子
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その先に死が待っているとわかっていても

 亜梨沙の案内で梨々香が戦ったとされる場所を回ってきたが、どこも人通りが少ない路地裏や、周囲には人が立ち寄るような店がないような場所ばかりだった。


 どの残留思念も受け答えはあまり変わらない。梨々香の意志は一貫して「魔法少女として燃え尽きる」というものだ。死に場所を探しているのではなく、魔法少女として能力を使い続けた果てに散るのが彼女の本望。


 少しずつ日が暮れ始めている中、零は歩きながらふと気になったことを口に出した。



「どうして、命を散らせようとするのだろう」


「え?」



 亜梨沙が訝しげな顔をする。零は殆ど放心状態で呟く。



「能力によって命が蝕まれるなら、使用を止めるべきだ。魔法少女といえども人間なんだから簡単に死を受け入れるべきではないって僕は思う」



 今まで色んな残留思念と会話してきた。当然、生きている人のものもあったが、生死不明だったり既に死亡している人のものもある。自殺を図ろうとする者には「この世に留まらなければならない理由」を考える余裕さえないが、事故や事件に巻き込まれた人、闘病の末にこの世を去った人達は生きることに対して渇望していた。


 梨々香や亜梨沙には能力の使用をやめて生き続ける選択肢だってある。なのに魔法少女として寿命を削り続ける彼女達の気持ちが理解できなかった。



「…………」



 亜梨沙は考え込むように黙った。夕陽が差し込み、オレンジ色に包まれる街を歩きながら、一つひとつ言葉を紡いでいく。



「理解されるとは思ってないよ」


「………」


「能力を使い続けた果てに死んで、お母さんとお父さんが悲しんでしまうことくらいわかってる。2人のそんな姿を想像するだけで、私も泣きそうになる。それでも私は、私を助けてくれた魔法少女ミラクル☆リリカのように人々を助けたいと思った」


「ご両親が悲しむ未来までわかっているのに?」


「うん。悲しませてしまうかもしれないけど、私自身は胸を張れるから」


「…………」


「師匠はどうなんだろうね。鷺森君からして、師匠はどう見える?」


「……進んで死を選んでいるようには見えない。だから不思議なんだ。結末を知っているのにそれを避けようとしないから」


「そうでしょ? 自分が進んだ先に死が待っていたとしても、死とは結果についてきたオマケでしかない。大事なのは、寿命を削ってしまうような強い力でどれだけの人を助けられたのか、なんだよ」



 残留思念と会話することが出来る零と魔法少女である亜梨沙とでは、生と死に対する価値観が違い過ぎる。きっと言葉を交わすだけでは分かりあうことなどないのだろう。


 ───それでも。



「それでも、僕は亜梨沙さんや梨々香さんに生きていて欲しいと思うよ」


「……そっか」



 その言葉は残酷だ。死に対する覚悟を揺るがす危険なものだ。嬉しいけれど感謝はできない。だから亜梨沙はそんな返事しか出来なかった。



「さっきから全然収穫が無いから、鷺森君の能力をちょっと疑っちゃうんだけど?」


「うっ……確かに、他の人からすれば通話の真似事みたいにしか見えないもんね」


「だからテストをしよう。これから向かう場所の残留思念を見て、内容を教えてくれれば信じられるから」


「うん? わかった」



 亜梨沙と零はそのまま駅の方に向かって電車に乗った。普段一緒に登校するわけでもない仲なので、こうして並んで列車に揺られていると不思議な気分になる。


 5つ駅を移動したところで2人は降りた。駅の近くには商業施設が建ち並んでいたが、歩いて移動しているうちに家ばかりが並ぶ住宅街へと景色が変わっていた。



「そういえば、亜梨沙さんの残留思念を追い掛けている時にも住宅街に行ったな。やっぱり子供を狙った悪意のある人もいるってことなのかな」


「そうだね、確かに少なくないかも。子供と一言で表しても、子供に対する憧れは人それぞれなんだよ」


「え? 子供に憧れ……?」



 零は亜梨沙の言っていることが理解出来なかった。零にとっての子供とは、非力で無知な印象しかないからだ。憧れるような存在であるなら、きっと両親を失わずに済んだかもしれないからだ。


 しかし、亜梨沙の言う「子供に対する憧れ」とは零の想像しているものと異なっていた。



「着いた! ここだよ」


「ここ?」



 そこはマンションに囲まれた場所にある小さな公園。そこに住む家庭の子供達が遊べるような場所だ。



「ここで能力を使って見て欲しいんだ。そうしたらきっと何かわかると思うよ」



 今はシンとしている。手入れがされていて、比較的綺麗な公園なのだから今も子供の溜まり場となっていることだろう。


 零はそんなことを考えながら目を凝らす。すると、色んな家庭の親子や少年少女の集まりが見えてきた。


 しかし、それが目的ではない。見るべきものはそれでないと予感が告げる。



「あ……」



 ベンチに腰掛ける亜梨沙に似た女性。今の亜梨沙より少し大人に見える。彼女は他のお母さん達と会話している。


 その周囲を見渡してみると、成人男性に手招きされる少女の姿が見えた。状況からしてその少女は亜梨沙だろう。


 純粋無垢で疑うことを知らない幼き亜梨沙は成人男性に走って寄る。成人男性は幼き亜梨沙を無理矢理連れ去ろうとした。


 その直後、成人男性は大学生くらいの女性に呼び止められた。その女性が梨々香であることはこれまで見てきた残留思念を通して知っている。


 梨々香は例の如く魔法少女に変身し、ステッキで成人男性に向けて魔法を放った。男性はフラリと歩き出し、魔法少女ミラクル☆リリカは幼き亜梨沙に母親の元へ戻るよう促した。


 幼き亜梨沙は魔法少女ミラクル☆リリカを羨望の眼差しで見る。こうして亜梨沙が魔法少女に憧れたのだと零はわかった。


 だがもう一つ確かめることがある。ピンク色のガラケーを取り出して電話を掛ける。そしてその相手は幼き亜梨沙でも梨々香でもない。罪を犯しかけた成人男性だ。


 電話が繋がる。



「もしもし」


『あ?』


「聞かせて欲しい。何故、貴方はあの子を誘拐しようとしたんですか?」


『誰だよ、お前……』


「どうしてですか?」



 成人男性は無気力な顔で零を見る。もし彼が残留思念ではなくて本人だったらきっと、このまま無視して去っていくことだろう。だが、零の中にある残留思念との親和性が男性の重い口を開かせた。



『あの子が、死んだ娘に似ていると思った』


「死んだ娘……?」


『俺の娘は事故でこの世を去った。嫁はその事実を受け入れられずに錯乱した。きっと、あの子を連れ帰れば、元の幸せな家庭が戻ると思ったからだ』


「…………」


『もう、いいか?』


「ええ。娘さんのご冥福をお祈りします」


『ああ』



 通話を終えて残留思念から意識を逸らす。景色は元の夕焼けに包まれて静まり返った現在に戻る。


「子供に憧れる」ことの意味。彼の場合、子供がいた幸せな家庭を取り戻したいということ。亜梨沙の言っていることが少しだけわかった気がした。


 亜梨沙は真剣な表情で零を見る。



「亜梨沙さん。君はここで梨々香さんに助けられたんだね。そして彼女に憧れた」


「……本当に見えたんだ」


「うん。そして彼が、幼い君を連れ去ろうとした理由もわかった」



 亜梨沙は微笑を浮かべ、夕空を眩しそうに見上げる。



「私はあの人が自首したってことだけしか知らない。だから聞いてもいい?」


「うん。彼には君が無くなった娘さんに似ているように見えたらしい。そんな君を連れ帰れば、娘さんを失った現実に打ち拉がれる奥さんとまた幸せな日々を過ごせると思った」


「だから私を……。まさか、今日こうしてそれを知れるだなんて思ってなかったよ」



 きっと、亜梨沙の両親はその話を知っていたかもしれない。だが、同情は出来ても娘を奪おうとしたことを許すことは出来ないはずだ。亜梨沙は怖い思いをしたのだから、尚更動機など話すことはないだろう。


 それでも、亜梨沙はその恐怖をトラウマとして引きずっていない。そこには亜梨沙なりの理由と強さがある。



「もし私が、その娘さんのすぐ近くにいたのなら助けてあげられたかもしれない。そんな不幸から家族を救えたかもしれない。だから私は、私が死んでしまうとわかっていても人々を助けたいんだよ」


「…………」



 零は何も言い返すことが出来なかった。残留思念との通話は言葉を交わす以上の意味がある。流れ込んできた彼の悲しみを知ってしまった今では亜梨沙の考えを否定することができない。



「もう遅くなっちゃうし、今日はここまでにしよう。連絡先、教えてよ」


「え? ああ、うん」



 零はスマートフォンを取り出して亜梨沙と連絡先を交換する。電話番号ではなく、SNSの連絡先を交換しただけだ。詩穂の場合は普通に電話番号を交換したので、その差が何だか不思議に思われた。


 亜梨沙は連絡先の交換に慣れている一方で零は慣れていない。彼女にやり方を教わりながらも、どうにか交換することが出来た。



「私の家、すぐそこだから。駅まで送ってこうか?」


「いや、大丈夫だよ。それじゃあ、また」


「うん、またね」



 零は寒そうに震えながらこの場を後にする。残留思念で過去の人間と話をしたり、真夏なのに厚着して寒そうにしている彼を亜梨沙は心底面白いと思った。


 零のくしゃみをする声を聞いて微笑み、そしてマンションの一室に向かって歩き出した。

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


ネット小説大賞の結果はTwitterで呟かせて頂いた通り、惨敗というところです。


一次選考の結果一覧をずらっと見てみると、作品数がすごいなぁと実感しました。それだけ沢山の作品が出ているイベントだということに驚かされました。


もう一つ驚いたことがありました。普通に複数の作品を応募してる人もいて、そのうちのいくつかが一次選考を通過しているということです。

本気度の違いを感じさせられました。いくつも執筆して応募に出すというのは少なくとも私には出来ないことです。ゲームする時間や寝る時間を惜しんで書く必要があるのだと思いました。


今作において大賞への応募は「ついで」でしかありません。読んで頂いている方の期待(?)を裏切ることのないように終わりまで書き続けたいと思います。


今後ともよろしくお願いします。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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