代償と御守り
歩いて駅に向かい、電車に乗って家から最寄りの駅で降りる。徐々に落ちていく日を見ながら零は家路を辿った。
そうしているうちにいつの間にか、いつもの公園の横まで来た。ふと公園のベンチを見てみると、そこにはブラックコーヒーの缶を握って殆ど沈んだ日を見つめている男がいる。
「…………」
零は不思議と吸い寄せられるように、男の近くへと寄った。その気配を感じた男が振り向く。
「ん、いつかの青年」
「こんにちは……いや、時間的にこんばんはでしょうか?」
スマホで時刻を確認すると、午後7時前だった。通りで暗くなっていると零は思った。
「ああ、こんばんは。どうした、座らないのか?」
「あ、はい」
男に促され、零はベンチに座る。男は顎に手を当て零にとって聞き飽きた質問をぶつけた。
「ところで君はこんな真夏なのに、どうして厚着してるんだ?」
「代償ですよ。そのせいで僕は季節に関係なく寒さを感じなければならない」
男は重度の中二病患者という存在を知っている。故に細かく説明せずとも、それだけで理解してくれると零は思ったのだ。
そして実際、男はそれだけで納得していた。
「成る程、能力の代償とあれば納得だ。とはいえ、まだまだ世間に認知されていない病気だから、説明するのに苦労するだろう?」
「ええ、それはもう。でもとっくに慣れました」
「それもそうか」
男は小さく笑った。暗いからか男の瞳は街灯で照らされても光が足りなく見えるが、それでも悪い印象はない。
零は代償の話で少し引っ掛かり、自覚した時には既に言葉を発していた。
「あの、魔法少女の存在って信じてますか?」
「唐突だな。んー、魔法少女か……。そうだな、いるかいないかは何とも言えないが、そうなりたいと思えばそうなれるんじゃないのか?」
「そうですか。そんな夢に溢れた魔法少女が、代償に命を払おうとしている。僕はそれをどうしても止めたいと思いますが、彼女達の意思は強くて……」
突拍子も無い話。いくら重度の中二病患者という存在を知っているとはいえ、魔法少女の話など要領を得ないはずだ。
それにも関わらず、男は真剣な表情と姿勢で零の話を聞き続けた。きっと男がそういう姿勢だったから零は話し続けてしまったのだろう。
「今、同学年の女子にお願いされて人探しをしているんです。探している人物は魔法少女で、同学年の女子も魔法少女で、誰かを助ける為に能力を使い続けるって言ってるんです。でも僕は、そんな誰かの為に頑張れる彼女達だからこそ生きていて欲しい」
「うん」
「あ……こんなこと話しても、どうしようもないのに。なんかすみません」
話すだけ話すことが出来て少し楽になったような気がしたが、その分、よくわからないであろう話をしてしまったばかりに居づらくなってしまった。
零はこの場を後にしようと立ち上がろうとする。その直前、男が言葉を発した。
「そうだな。俺もそんな魔法少女と出会った経験がある。彼女達は不思議だよな、何もかも全て1人で背負って人助けをしようとする。人助けが、誰かと一緒にしてはいけないなんて決まりはないのにな」
「……はい」
「なら、君に出来ることは同学年の子が命を削ることが極力ないように協力してあげることだろう」
「でもそれじゃあ、いつかはその魔法少女は……」
零はそれ以上を口にしたくなかった。短過ぎる付き合いではあるが、亜梨沙と過ごした今日という日は濃密だ。一緒に美味しいパンケーキを食べ、街を歩いた仲である彼女が迎える最期を想像したくない。
「そうだな、御守りがあれば別なんだろうが……」
「えっ……」
零はそれを聞いて頭を何かに強く叩きつけられたような眩暈を感じた。御守りという単語、それを何処かで聞いたような気がしたからだ。
一生懸命に頭を回転させて思い出す。そうしてようやく、最初に梨々香の残留思念からその単語を聞いたのだと思い出した。
「あの! その御守りって何ですか!?」
「え、ああ。能力による代償を『拒絶』する為の御守りだ。御守りとなる器に『拒絶』を『奇跡』で封じ込めて作ることが出来る」
「それって、どこで手に入るんですか?」
零は必死だった。それさえあれば、梨々香と亜梨沙の願いを実現しつつ彼女達の命を救うことが出来る。
だが、現実はそう簡単ではない。男は少しばかり悲しそうな声で現実を告げる。
「今は入手不可能だ。当時、作っていた人間の1人がもう重度の中二病患者じゃないからな」
「そんな……。そうか、だから……」
───だから、梨々香は御守りを持っていない。それによって彼女は寿命を削りながら能力を使い続けていることになる。
「御守りに関しては絶望的だが、探し人を探すのはそんなに苦労しない方法はある。君の近くに、重度の中二病患者を無力化し続けている人がいないか?」
問われて零の頭には2人の顔が浮かんだ。神田川潤と黒山詩穂だ。しかし、2人が人探しにどう関係するというのか。
「……ええ、いますよ」
「ならばその人に相談するといい。人探しに長けた能力を持った人を紹介してもらえるかもしれないし、いなくても何かしら手伝ってもらえるかもしれない。君も魔法少女である彼女らと同様に1人で抱え込む必要はないということだ」
「そうですね、考えてみます」
確かにそのことを失念していた。潤や詩穂に共有できていることは亜梨沙を探して見つけるところまでだ。彼らなら梨々香に辿り着くヒントを得られるかもしれない。
そんなことを考えているうちに男は立ち上がった。
「さて、俺はそろそろ行く。雇い主に怒られるからな。君もそろそろ帰らないとお家の方が心配するだろう」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ。また話そう」
男は足早に去っていく。零も立ち上がってゆっくり歩き始めた。
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帰宅すると既に夕飯が出来ていた。零が「ただいま」と言って席に座ると、祖母の霰は驚いた顔で「おかえり」と返した。
「思っていたより遅かったな。誰かと遊んできたのか?」
「いや、人探しをお願いされたんだ。まだ見つかってないけど……」
「人探し? それは警察の仕事だろう? もし、その人が亡くなっていたら……」
「わかっているよ。でも事件性がないと見られているから捜索してもらえないんだ」
死者を追うことは死を追うことに繋がる可能性がある。残留思念を追っているだけだとはいえ油断はできないし、そのことに関しては過去に何度も霰から忠告されている。
今日の出来事を思い出しながら、ふと霰に話そうと思ったことを思い出した。
「そうだ、婆ちゃん。今日、車の窓越しに僕と同い年くらいの女子と目が合ったんだ。なんか不思議と、その人が霊能力を持っているのがわかったんだ。婆ちゃんにはそんな感覚の経験ある?」
「え……」
その瞬間、目に見えて霰の顔が真っ青になったのがわかった。祖父が異変を感じて「どうした?」と尋ねた。
「もしかしたら、本家かもしれんな。本家の現当主は鷺守梓。確かに歳はお前と同じくらいだろう」
「えっ、まだ若いのに当主!? 本家ってどういう考え方してるんだろう」
「うちは結婚してから当主ってことにしてるが、本家は霊能力が全盛期を迎えているタイミングで当主が変わる。けど、今回は確かに若過ぎるな。それだけ梓の能力が高いということだろうな」
「それでもお母さんは当主にならなかったんでしょう?」
「澪は当主になることを拒んだからな。それはもう、本家と揉めたもんだが」
その瞬間、霰は黙って考え込む。零が梓と遭遇した時間にもよるが、もし零のことが本家に知られたのならば既に電話が鳴り響いていることだろう。
今回のことについてはまだ先延ばしでいいということだろう。零の母である澪が結婚する時のことを思い出して話をしている夫の姿を見ながら、霰はそう考えたのだった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
この作品と並びに「隣の転校生は重度の中二病患者でした。」を読んで下さっている方にも御礼申し上げます。
さてさて。
アドバイザーが現れるというのは創作において魅力の一つだと思っています。現実ではどうかというと、後任を育てたいという強い思いがある人か、余程のお節介でない限りはないのではないでしょうか。皆、自分のことで一杯一杯なものだから余裕はないんだと思います。
前作は基本的に、他者と関わりを絶とうとする主人公が愛を知って人間らしくなることがストーリーの主軸としていますが、今作は悩み悩んだ結果として道を選んでいくストーリーにしたいと思っています。
男はその為のアドバイザー。零の欠点は過去のトラウマにより「客観的に自分を評価できないこと」です。そんなところも克服出来たらなと思っています。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!
ふと思いついた新作をそのうち出すかも、です。




