追憶「鷺森家と彼女」
それは、なかなか実感できない繋がり。
母より生まれ、長い月日を経て人は死ぬ。人生とは結局のところ、それだけのもの。
しかし、自分が歩んだ人生だけが全てではない。先祖が姓を残してきたように、自分も何か生きた証を残していく。
世界から、時間から見れば、全ては繋がっている。過去と今と未来は繋がっているのだ。
はるか昔、既にこの世を去ったはずにも関わらず、黒山詩穂と行動を共にしている女性……『はつ』は藍ヶ崎高校の校長室にて詩穂と対面した鷺森零を見て、うんざりしながらもそう思った。
姿は現していない。だから零は『はつ』の存在を感じ取ることが出来なかった。だが、彼女は確かにそこにいた。
そして、何も知らない零を見ながら過去を振り返り、冒頭のことを思ったのだ。
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鷺森家は代々「この世ならざるもの」と戦い続けてきた。
昭和初期。その代を務めたのは鷺森雫。彼女はあらゆる異形の存在を目視し、代々伝わる霊刀の技法を正しく継承していた。
子孫である零が持つのは、血の記憶を辿って発現させた妖刀。本来の形は雫が持つ霊刀だった。
台所の床下に隠された洞の中で精神統一をしていた雫は、どこからともなく霊刀《夢切離》を発現させて掴むと、撫でるように振り下ろした。白く半透明なその刀は、いかなる異形でも斬り伏せることが出来る。
彼女の剣筋はどこか優しい。鷺森家の使命は「この世ならざるもの」を葬って人々を守ること。だから、代々の剣筋は力強いものであったが、彼女のそれは異なっていた。
「うん、良い……!」
今日の調子も良い。雫は日課の精神統一と素振りを終えて洞を出た。台所から出た先にある居間で同い年の男性が待っていた。
「雫、今夜も行くのかい?」
「勿論ですよ、兄さん」
雫は兄に対して笑顔を見せる。一方で雫の兄・露は心配そうな顔を妹に対して向けた。
2人は双子である。ただ、今となっては理由が不明となってしまっているが鷺森家の使命は代々、長女が引き継ぐことが決まっている。むしろ、先に生まれたのが男であったとしても、必ず次に生まれる女のみにしか「この世ならざるもの」と戦うだけの力を得られないし、そもそも感じ取り見る才能すら与えられない。
「すまない、雫。俺に力があれば───」
「言っても仕方のないことです」
雫のそれは諦めではない。むしろ彼女は自分の使命に誇りを持っている。
露は誇らしげな顔をする雫を優しく抱き締めた。大きく温かい兄に抱き締められ、雫も抱き返して応える。
「ん……兄さん、そろそろ」
「ああ、途中まで一緒に行くよ」
「いつも、ありがとうございます」
笑顔で礼を言った雫はすぐに自室で正装に着替えた。巫女装束にも似たその正装は、鷺森家に代々伝わるもの。与えられた能力を本来より強力にする効果が施されているとされている。
双子の兄・露の役割は、雫を現場にまで送り届けること。いくら「この世ならざるもの」と戦うだけの力を有しているとはいえ、悪意を持った人間相手には普通の女の子でしかいられない。一方、鷺森家の長男として生まれた露は体格に恵まれ、そういったところを補う為に雫とは異なった鍛錬を続けてきた。
玄関で母が見送る。雫の先代を担った母の表情は厳しいものだった。無事を祈る気持ちは勿論あるのだが、それ以上に鷺森家の使命をしっかりと果たす願いが強い。それが鷺森家、女当主としての顔だ。
「母様、行って参ります」
「雫、しっかり。露、雫の手助けを」
「はい」
兄妹2人、改めて気を引き締めて夜の闇へと足を踏み込んだ。
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月明かりが照らす中、2人は歩いていた。現場はいつも異なっており、今夜も鷺森家に依頼が来たのでそれに対応する格好だ。
ちなみに「依頼主の気の所為だった」ということも当然ながらある。
「今回の依頼は、どうだろうな」
露が雫に問う。雫は引き締まった表情を前に向けたまま答えた。
「気の所為であることを祈っています。だって、何も無いのですから、それが一番平和なはずです」
「……そうだな」
「しかし、今夜の仕事はそうもいかないかもしれません。何やら胸騒ぎがするのです」
「そうか」
雫がそう言うということは、本当にそうなのかもしれない。それでも露は雫の努力と能力に疑いを持っていない。きっと今夜も無事に終わらせてくる。そんな自信があった。
現場はもうすぐ。鷺森家はあまり遠くの依頼は受けられないので、いつも現場は家から近い。
場所は河原の近くにある大きな岩。月明かりが照らす岩の上には、麻の着物に身を包んだ女性が座って月を見上げていた。
「兄さん、そこにいます。離れていてください」
「わかった、気をつけて」
露が雫から離れて隠れ、様子を伺うが何も見えない。雫は大きな岩に近付いて彼女を見上げると、彼女から話しかけてきた。
『月が綺麗だ。そう思わないか?』
「そうですね、私もそう思います」
『……へえ、私の姿が見えるし、声も聞こえるんだ?』
女性は感心したようだった。女性……といっても、雫や露とあまり年齢が変わらなさそうだ。
しかし『生きていた時代』が違うのはわかってしまう。彼女は紛れもなく「この世ならざるもの」だった。
「先に言っておきます。大人しく成仏してください。でなければ───」
雫は霊刀《夢切離》を発現させて構えた。それを大きな岩の上で見ていた女性は、雫がどんな存在なのかを悟った。
『ああ、私を滅しようというわけか』
「その通りです。大人しく成仏しないのであれば、無理矢理……となりますよ」
女性はまた月を見上げて余裕の笑みを浮かべ答える。
『長い時代、私を滅しようとした奴は何人、何十人といた。それでも私を滅することの出来た奴はいない。わかってて言ってる?』
「愚問です」
雫が戦う意思を示しているうちに、女性もその気になったようだ。月を見上げている女性と見紛う彼女の姿は様々な想いを取り込んだ混沌とした姿へと一瞬で変わった。
雫が息を呑む。相手を包む混沌からは怨念の声が沢山聴こえてくる。
「はっ!」
雫はすぐさま動き出した。混沌とした相手からは、今までの敵からは見られない異形の力で襲い掛かり、雫のいた場所にあった小石が爆ぜた。
『私は、はつ。止められるものなら止めてみろ』
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意識は現代に戻る。共に行動する詩穂の陰から見た様子では、零に先祖程の力があるようには見られない。
地域、そして苗字から零が雫の子孫であることは容易にわかるが、はつはそういった縁で接触するつもりはなかった。
ただ、先祖の雫にしたように、目標を果たすのに困難である壁となるのであれば排除しなくてはならない。
しばらくは詩穂の陰に隠れながらも、彼の動向を注視しなくてはならない。
一度、記憶に蓋をして今に集中することにしたのだった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
この続きは次週に持ち越しません。第2章が終わってから『はつ』に追憶をさせます。
章毎の最後にはこういった、この作品の世界を裏付けたり紐付けた話を書いていくつもりですので、よろしくお願いします。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします。