表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
複合能力者の邂逅
21/193

手掛かりは途絶え。そして───

ようやく。

 既にこの世を去り、今回の案件への協力を依頼されるきっかけとなった青年の家に辿り着いた。零と詩穂は彼の住所を知らなかったが、長瀬に電話をしたらあっさりと教えてくれた。


 個人情報を話してしまっている点で言えば、長瀬が2人に教えたことは咎められるべきだ。しかし、今回の案件に関わった以上、部外者だとも言えない。


 長瀬は上司に咎められるようなこともないだろうが、微妙なところではある。



「ここだね」


「ええ」



 零の横には詩穂がいる。最初、零は1人で行こうとしたが何を思ったのか詩穂も一緒についてきた。


 家の外観は平成初期くらいに建築された建物に見える。零がインターホンを押すと、外観に似合わず電子的な鐘の音が聞こえてきた。



『……はい?』



 50代くらいの女性が答える。妙な緊張が零の心拍数を上昇させたが、至って声は平静を装い用件を伝える。



「鷺森と申しますが、お線香を上げさせていただきたく……」


『今行きます』



 30秒も待たないうちに扉が開いた。そこには声を裏切らないイメージ通りの年齢をした女性が立っていた。ただ、雰囲気がそうであっただけでよくよく観察すると、ノーメイクではあるが肌に皺がない。腰も曲がっておらず、健康体だ。



「……どうぞ」


「失礼します」



 青年の母親と思われるその女性は意外と平気そうな調子で2人を通した。零と詩穂も落ち着いて挨拶をする。


 通された仏間には仏壇があり、そこには笑顔で写る青年の写真があった。部屋の天井近くには、比較的新しい別の遺影がある。


 2人は線香を拝借し、蝋燭で火をつけて供える。手を合わせて冥福を祈り、母と思しき女性の方に向き直して礼を言った。



「ありがとうございます」


「いえ……。えっと、高校生のお二人は息子とどういう関係で?」



 母親は困惑……というより、疑念を抱いているような雰囲気でそう尋ねた。それも無理はないと思った零が嘘を感じさせない声で質問に答える。



「小学生の頃からお世話になっていまして。彼が高校生になってから疎遠になってしまいましたが……」


「ああ……。こちらこそ、わざわざありがとうございました」



 どうやら信じてもらえたようだ。青年と零は小学校時代に被るかどうか微妙な年齢差だったが、母親はそこまで細かいことは気にしなかった。


 詩穂はただ黙って沈んだ表情を浮かべていた……が、それはただの真顔である。一方で零は会話に応対しつつも部屋に残った残留思念を確認する。


 ───反応なし。どうやら、この仏間にはそこまで思い入れのようなものはないようだが、それにしても思念が少な過ぎる。


 普通、そこに住む住人よりもっと前の世代を生きた人達の思念が残っているはずだが、ここにはそういったものが一切ない。



「失礼ですが、ここには引っ越してきたばかりだったりしますか?」


「ええ、5年前くらいに越してきたばっかりです。それがどうかされました?」


「いえ、外観と内装にギャップを感じてしまったので」



 女性は困ったような微笑を浮かべた。



「よく言われます。前の住人がここを出て行ってからリフォームされた状態で売られていましたので」


「ああ、そうなんですね」



 母親の言うことが本当なのであれば、この家にはそこまで歴史がないということだ。前の住人も仏間には用が無かった家庭だったと窺える。


 しかし、廊下を見てみれば走る子供達の残留思念が見える。歴史が浅く、死者に対する残留思念はあまり見られないのに、むしろ子供達の残留思念は多い。


 青年には恋人がいた。だが結婚はしていない。彼女との付き合いは遡れば高校時代から始まっている。よって、子がいるということもない。


 そこまで考えて、零は最初の遺書にあった「長男」という単語を思い出した。



「そういえば、ご兄弟は?」


「あー……皆、独り立ちしましたから。もう私もお婆ちゃんなんです」


「ほう……!」



 長男だからといって兄弟がいることには直結しない。だが、何かしら家業を継いでいるような家計ならともかく、普通の家庭なら若いうちに長男であることを意識する必要はない。


 つまり、残留思念で見えた子供達の走る姿は、彼からすれば甥っ子や姪っ子ということである。


 だが、そんな情報はついでのものでしかない。本当に知りたい部分は別にある。



「あの……最後に彼の部屋を見ていってもよろしいでしょうか?」


「え?」



 驚きと不信。複雑な感情を含んだ表情が母親の顔に浮かんだ。


 色々と理由を付けることは出来るだろうが、下手に言葉を並べるだけでは余計に怪しい。零は強い意志を込めた瞳で、ただ母親の顔を見た。



「わかりました、まだそのままになっていますから」


「ありがとうございます!」



 零は深く頭を下げて礼を言うと、階段を登った先にあることを教えて貰った。死後とはいえ、女子高生が見に行くのも何か変なので、詩穂はその間、母親と下で待つことにした。


 閉まった扉を開いて中に入る。誰も過ごすことのない部屋は窓とカーテンが閉まっており、黒い遮光カーテンは夕焼けを部屋に入れない。


 長くいたら熱中症になってしまうであろうくらいに暑い部屋ではあるが、極度の寒がりである零には関係ない。むしろ、適温くらいである。



「…………」



 青年の残留思念が見えた。色々な彼の様子が見えるが、その表情は疲れ切っている。


 零はコートの内ポケットからガラケーを取り出して能力を発動させた。電話は繋がり、仕事帰りに見える青年との会話を実現させた。



『えっ、誰!?』



 神社の残留思念とは記憶を共有できない。つまり、ここでの青年とは初対面であり、そして自室に侵入している零は不審者そのものだ。



「僕は鷺森零。君の苦悩を聞きにきた」


『は?』



 青年は零の言っていることが理解出来ない。むしろ、年下である高校生に人生の辛さを言ったところで、みっともないだけだ。



「君はこの世を去った。その原因は彼女との関係以外にあると思ったんだ」



 残留思念に未来を教えたところで過去と今の改変は出来ない。その事実を聞いて青年は俯いた。


 それは、もうこの時点で自殺を考えていたことを白状しているようなものだ。青年は諦めたように話し始めた。



『何が俺を悩ませているのかは正直わからない。彼女のこと、家のこと、仕事のこと。見たくない現実がそこにはあって、一生懸命に生きようとする気力が失われていく』


「…………」



 その回答は零も予想していたことだ。そもそも最初の遺書からわかることでもある。



「仕事って、何が辛い?」


『うーん、やっぱりノルマじゃないかな。達成出来る見込みがなくて、色んな人に迷惑を掛ける。それが嫌なんだと思う』


「それって、誰かに相談は?」


『勿論している。何の解決にもならないけど』


「…………」



 今のところ、自殺に繋がった明確な理由が浮かび上がってこない。零は質問の仕方を変えることにした。



「もし、仕事でのことを遺書に書くとしたら何を書く?」


『……先輩のこと、かな』


「その先輩が何か?」


『本人は指導のつもりだろうから強くは言えないけど、俺に実現不可能なことを要求してくるんだ。だから俺は、出来るだけそれに応えられるよう、遅くまで残ってでも仕事をしている』


「成る程、わかった。ありがとう」



 零は通話を切った。勤め先に関する遺書が消えたなら、その先輩がどうなのかを調べてみる必要がある。


 とはいえ、それは困難どころか実現不可だろう。零はその情報だけを持ち帰ってその部屋を後にした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どうやら詩穂と母親はあまり会話が弾まなかったようだ。零が戻った頃には微妙に気まずい空気が流れていて、ようやく戻ってきたことに母親はどこか安堵したように見えた。


 その後、お邪魔した礼を2人で言うと、母親は「息子と仲良くしてくれてありがとうございました」と深々と頭を下げて言った。嘘をついた手前、零の心にチクリと刺さったが、更に「こんなに暑いのにコートを着て、大丈夫?」という質問が、更に零の胸を貫いた。


 曖昧な答えだけ残してその場を去る。時間も時間だからか、むしろ早く帰ることを強く言われた。


 日は沈み始めている。殆ど暗くなった道を歩きながら、青年の部屋で見て話した残留思念の情報を共有した。


 右手の人差し指を顎に当て、詩穂は疑問を口にする。



「パッと聞いた感じでは、遺書をわざわざ紛失させる意図が理解出来ないわ」


「そうだね、本当に紛失しただけってことなのかな」


「どうでしょうね。そう決めつけるにもまだ早いけれど、恋悟と関係した何者かが関与しているなら、いずれわかるかもしれない」


「…………」



 零にはその「いずれ」がいつ来るのか想像出来なかった。とてもヒントがなく難しい。


 考えても仕方がない。詩穂は長瀬に言われた通り「この件を終わりする」よう零に注意することにした。



「鷺森君。長瀬さんに言われたこと、忘れてないわよね?」


「えっ、ああ。勿論だよ」



 納得はしていないようだ。それも仕方がない。


 いつの間にか、零が長瀬のメモに残った残留思念を読み取る為に使った公園の近くまで来ていた。青年の家は奇妙にも、公園からそこまで遠くない場所にあったのだ。


 詩穂は公園を指差し、零に提案をする。



「大事な話をしたいから、少し寄ってもいい?」


「えっ、でもだいぶ暗くなってるけど」


「少しでいいから」


「……わかった」



 結局、零は詩穂に誘われたまま公園の敷地内に入り、そして先程と同じように鞄を隔てて並んでベンチに腰掛けた。


 零の言った通り、辺りは暗い。公園に備え付けられた街灯だけが頼りで、互いの表情も読み取りにくい。


 詩穂がずっと黙って空を見ているので、零から本題を催促することにした。



「黒山さん、大事な話って何?」


「え、ええ。言い方を色々考えて見たのだけれど、単刀直入に言うわ。……私と組みましょう」


「え?」



 零は目を丸くした。まさかそんな提案をされるとは思っていなかったからだ。


 だが「少しいいかもしれない」と零は思った。紛失した遺書の謎も彼女と一緒なら解き明かせるかもしれない。


 それだけの武力と手段を彼女は有している。零にとっても悪くない話だ。


 ───しかし。



「……僕には無理だよ」


「どうして? 恋悟も鷺森君と一緒だったから追い詰められたのに」


「それは違うよ。きっと、黒山さんだけならもっと上手く出来ていたと思う。それに捕まえたのは実際、潤だよ。僕では単なる足手纏いにしかならない」


「そんなこと……」


「そんなこと、あるよ」



 零は過去の相棒を思い出してそう語る。詩穂の誘いを断るその声には、確かに重さがあった。


 詩穂の誘いには乗れない。それでも、この縁は決して無駄にしたくない。



「だから、今回みたいに一緒になって取り組むことは出来ないけど、残留思念を読み取ることならいつでも出来るから、必要になったら頼って欲しい。それが僕に出来ることだから」


「…………」



 組むことを提案した詩穂の声は、いつもより優しかった。だから、この後に言った詩穂の言葉は今までで一番冷たい声色に聞こえた。



「なら、仕方ないわ。その時はよろしく」


「うん……」



 鞄を持って立ち上がり、詩穂が去っていく。翌日も学校で会うかもしれないが、その時を期待する言葉も発しない。


 ただ静かに彼女は去っていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 追いかけるわけにもいかない零は、少しの間そこで待ち続けた。


 今からなら彼女に追いつくこともない。


 そう思って立ち上がろうとした瞬間、横から何かおぞましい気配を感じた。



「───!?」



 寒気が加速する。恐怖による震えが零を支配した。


 横にいる存在を確認しようにも怖くて見ることが出来ない。何か話をしているようにも感じるが、声を聞くことは出来ない。


 それを認識した直後、コートの内ポケットに仕舞い込んだガラケーから着信音が鳴る。それは母が着信音に設定した、当時流行っていた歌だ。


 出なければ、何かをされる。そう思った零は恐る恐る電話を手に取って通話を開始した。



『こうすれば話すことが出来るね。少年は賢い選択をしたと思うよ』


「…………」



 女性の声だ。といっても、年齢はそこまで変わらなさそうだった。その正体は横で話しているおぞましい存在だが、それでも尚、零は彼女を見ようとしない。



『へえ、詩穂は私のことを人として認識するけど、少年はそう見えないんだね。残留思念? として見ているようだけど、その姿も強ち間違いじゃない』



 彼女は零が震えているのに気が付いている。そして恐怖を感じていることに対して逆に感心した。



『むしろ、正しいと言ってもいい。だから、そんな賢い少年に警告しておくよ。私の……私達の邪魔をしないで』


「あ……」



 声にならない声を発することしか、零には出来ない。きっと、人の姿をした彼女は笑っているのだろうが、零が感じているその存在は、様々な負の感情や思いが無理矢理にでもくっついているような、とても常識的には考えられないほどに、恐ろしくおぞましい気配をしている。


 彼女が零を覗き込むように動き出す。零はその存在を目にすることがないよう、必死に目を逸らした。


 見るのも、目を瞑るのも怖い。逸らすことが零にとっての最大限だった。



『邪魔したら、遠慮なくぶっ殺すから。それと、詩穂に私の話をしないこと。それが守られなくても……わかるね?』


「あ、ああ……」



 答えに満足した彼女は、零に姿を見せることなくその場を去った。感じているおぞましい負の大きさからは想像出来ないほどの速さで姿を消した。きっと、詩穂を追い掛けて行ったのだろう。


 詩穂のことが心配だが、彼女もあの恐ろしい存在を人の形として認識しているようだから、すぐに何かされることはないだろう。


 零は初めて恐るに至った「この世ならざる者」の存在を今は胸に仕舞い込み、家路を辿った。


 かつてないほど、足早に。

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


ようやく最初の章が終わりました。今回終わらせたいが為に、かつてのように5000文字書いてしまいました……!


この章、2人が組むきっかけとならなかったのには理由があります。それは単純に、零が詩穂と組むくらいなら、幼馴染である潤と組んだ方がいいわけで。

だというのに、零と潤は組んでない。それは何故か?

というところであります。それは過去のトラウマが原因となっているわけですが、その詳細はまたいずれ続きで。


第一章の最終話ということで、ちょっとネタバラシ。

実は、青年の遺書を11通としましたが、これは単純に私のミスです。零が青年から遺書の場所を聞き出した時に10箇所の場所を言ってしまっています。


本来なら、冒頭で自室にて発見された1通分を差し引いて場所を指定しなければならなかった。青年の証言を書いている時に「あと1通、どうしようとしたんだっけ?」って思いながら書いていましたが、完全に頭から抜け落ちていましたね。


修正しようか悩んだのですが、これはこれで面白そうということでそのまま。むしろ、これから先に影響する要素として利用させていただくことにしました。


さて、こんなところでまた次回。

来週は新章に入りません。今回は章の合間に本編では語れないだろう話を少しずつ書いていくつもりです。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ