君と一つの出会い
「いや!やめてください!」
突然聞こえたその声に振り向くと、道の端っこで数人の男が一人の少女をかこっていた。
少女と言っても僕と同い年かちょっと上かもしれないくらいの女性だが、長くきれいな金髪のおとなしそうな人だ。女神さま…じゃないか。
そんな転生初日に、それもまだ10分も立ってないのに、そんな王道イベント起きちゃうのか。
「いいからちょっと付き合えよ」
「い、いや!誰か助け…」
どこの世界でもこういうことってあるんだな。
さて、僕はこれからどうしようか。とりあえず宿探しでもしますか。この世界はよくわからないけど、何とかなるでしょ。
え?今のは、少女を助ける流れじゃないのかって?
いやいや、わかってないな。そんなのは無理だって。だってあいつら超強そうだし。僕はそんな度胸のある奴じゃあないし。
大体ああいうのは首を突っ込んだ時点で大抵負けが決まっているもんなんだ。
まあ、諦めることも必要ってこった。
「助けて…!そこのお兄さん!」
あーあ。指名されたお兄さん可哀想。そんな名指しで頼むようなことされたら、断るのも一苦労、かといって助けるのはもっと苦労する。
だからこそ、指を指して助けを求めるのは悪質としか言いようがない。
俺が名指しされたら、この世の終わりまで覚悟する。
って、おいおい、まさか僕のことじゃあないよな?
「お、あんたがこの子を救い出すのか?俺らから」
嘲笑する男らをチラッと目線を合わせないように確認する。
こっちを見ている。
確実にこっちを見ている!
冷汗が顎まで垂れてきたのが分かった。
やばい、やばい、やばい、やばい!
無理だよ、もう。なんで僕なんだよ!
「八!あいつめっちゃビビってるぜ!」
「そのうちちびるんじゃねえの?」
と挑発をやめない男たち。
クソ。そんな馬鹿にされたら男として黙ってはいられない。男の名誉にかけて、ここは立ち向かうしかない。
僕は勇気を振り絞り、全力でビビってない顔を作り、言った。
「お前らあんま調子乗らねえ方がいいぜ?これでも僕は中学の頃、卓球の地区大会で優勝した男だぞ」
男らは首を傾げた。
「コイツ何言ってるのか分かんねえ、もう行こうぜ!」
「お嬢ちゃんもあんな変な奴に、期待しない方がいいぜ!」
男たちは言うだけ言って、背中を向ける
怒ったぞ。高校では一応、空手部やってたし!お前らなんて!俺に背を向けたことを後悔させてやる。
僕は男めがけて、右手を振り上げて走った。
男との距離が縮まり、もう1メートルもないくらい、あと少しで手が届きそう。そうと思ったその瞬間、男がぐりんと急に振り返り、僕のこぶしを手でがっしり掴んで止めた。
あ、終わった。
これから、ボコボコにされるんだ。こいつらのパンチとかキックとか、絶対痛いよな。
痛いのは嫌だなあ。もしかしたら殺されるかな。
さっき死んだばかりなのにまた死ぬのか。短い第二の人生だったな。ああ、第三の人生では怪力の件かの強い男になりたいな。
しかし、そんなことを考えていたら、予想外の事が起きた。
男が僕の拳を掴んだ瞬間、そのまま男が地面に叩きつけられたのだ。それはもう、勢いよく。身体半分埋まるくらいに。
あれ。僕ってこんな怪力だっけ?
それを見た他の男らは一瞬驚いた顔をみせ、すぐに襲いかかってきた。
いけるぞ。これ。今のが、まぐれの一発でないのなら、会心の一撃ではないのなら、僕はかなり強い。
素早い拳を避け、手首を掴む。掴んだ手に力を入れると、ジューっと肉の焼ける音がした。
僕の手のひらが発熱しているのか?そんな異能力は、確実に人間の物ではないが、今はそんなことを考えている余裕はない。僕は力は強いみたいだけれど、決して喧嘩は強くない。
余計なことを気にする暇もなく次々と殴りかかってくる。
「お前、さては貴慮か!?」
男らの一人がそんな事を訊いてきた。
きりょ?なんのことだ?人名か?それとも種族?あるいは異世界転生者の総称みたいな?
いろいろ考えていると、ふと、身体に違和感を覚えた。痛みだ。腹部に、ナイフが刺さっていた。
確実に刺さってはいけなそうな所に、しっかり奥まで刺さっていた。
ふらつき、その場に倒れこんだ。
眩む視界の中にあったのは倒れた数人と、僕を刺した男一人、そして、男の後ろで大きな石を振り上げる少女。
少女は男の頭めがけて石を振り下ろした。
彼女は僕を拾い上げ、路地裏のような細道に運びこんだ。
「起きてください!」
起きている。こんなすぐ死にたくはない。なんせまだせいぜい数十分、日帰り旅行にしても短すぎる。
「合図をしたら左手を思いっきり開いてください!」
彼女はそう言うと僕の腹部に刺さったナイフを握る。
おいまて、何する気だ。それを抜いたらマジで死ぬって。
「いきますよ!3、2、1!」
そう言って、力いっぱいナイフを抜いた。
おいおいおい!死ぬ死ぬ死ぬ!
「早く左手開いて!」
何もわからないまま、とりあえず従って、左手を力いっぱい開く。うまく力が入らない。
彼女が僕の左手を腹部の傷にかざすと、傷がみるみる癒えていった。
おいどうなっているんだ。
「もっと力入れて!」
はい!
言われるがまま、ただ必死に左手に全神経を注いだ。
次第に傷は綺麗にふさがっていった。
まだ物語は、始まっていない。