第六章 サヨナラは八月のララバイ - 4
登場人物紹介(渦中の人)
参議院議員 綿貫未希。
若くして起業を志し、全国規模の居酒屋チェーンを立ち上げた立志伝中の人。
既に社長職は辞したものの、創業者・大株主として外部から権勢を振るう。
「隣人は愛しても社員は愛さない」という特異な理念で、ブラック企業界にその名を轟かす大物経営者である。
趣味は夜のクラブ活動。金持ちでありがなら、地味でチープな店を愛する風流人。
そんな綿貫氏、
新人嬢との語らいに気を良くし、珍しく泥酔してしまった夜。
悪酔いのせいか、立て続けの悪夢に苛まれるも……やがて純和風旅館で目を覚ます。
前後不覚に陥るほど泥酔した自分を、誰が介抱してくれたのか?
「あの新人嬢が添い寝してくれてたら良かったのに……」
はてさて、呑気な議員先生の身に降り掛かった災難とは?
さっきの【悪夢】で知り得た知識。
人が地べたに俯せているのは《 極めて不自然な 》格好なのだと。
それは高確率で「絶命している」可能性が高いのだと。
ああ、そうだとも。
倒れてる奴の服には黒いシミが浮き出て、周囲の地面は液体のスパッタリングが施されている。
分かっているよ、それは黒ではないんだろう?
明度も彩度も消えた世界だから、黒に見えるだけなんだ。
月明かりのライティングが映す水墨画の世界だからだろう?
陽が照れば赤。
人の体内から漏れ出したヘモグロビンの色だろう?
プンプンと漂ってくる鉄臭さで丸分かりだ!
(逃げなければ!)
本能が叫んでいる。気が狂わんばかりのエマージェンシーを告げてくる。
せめて誰か人のいる場所まで!
隔離された純和風旅館の離れなど、殺してくれと言わんばかりのシチュエーションだぞ?
たとえ助けを呼んでも、関係者が駆けつける頃には絶命している!
だがどっち?
どっちへ逃げればいいんだ?
この「離れ」はプライベートへの配慮も完璧で、庭から「本館」などは窺えない。
おそらく植木や築山で巧妙に隠してあるんだろう――余計なことを!
どんなにお高く止まったホテルでも、非常口の誘導灯は必ず点いているはずなのに!
欠陥ホテルか? 法律違反だぞ!
「くそ! どっちでもいい!」
――殺意の残り香で心臓が破裂しそうだ!
当てずっぽうでいいから今すぐ別の場所へ…………
遅かった!
「!!!!」
延々と続く離れの縁側、その先に現れた人影。
乏しい光量では人相も不明瞭だが――手にした得物の光が。
月を反射する凶器が俺を凍りつかせる。恐怖が足を縛りつけ、喉はカラカラだ。
「各々方!」
しかも増える!
あれよあれよという間に二人三人四人五人、みるみる増えていく刺客たち!
なんだ?
なんなんだ、これは?
政権転覆を狙う左翼過激派なのか? 俺はまだ一回生の泡沫議員だぞ?
それとも無差別発砲ならぬ無差別辻斬りのサイコパスか?
助けを呼ぼうにも声が出ない!
ギラつく凶器の準備集合は、圧倒的な威圧で見る者を萎縮させる。
襲いかかる犯罪で判断力を喪失する。
結果――為す術のない死を抗えなくなる。
その刹那、
「殿!」
蹂躙を待つばかりの俺へ、差し伸べられた手!
「――失礼仕る!」
和装の男が強引に、俺を屋敷の奥へ引っ張っていく!
まるで時代活劇のように颯爽と!
なんだ? なんだこれは一体? ――あまりに出来すぎたタイミングではないのか?
――もしや、これは【あの店】のオプションサービスなのか?
殿が寝込みを襲われる「シチュエーションプレイ」?
いや、俺はそんなサービスを頼んだ覚えがないし…………そもそも、あの店は場末のクラブじゃないか? そんな性サービス店とは業態が違うだろう?
「愚図愚図なさいますな! 火急にござる!」
「待て待て! こんなオプションはキャンセルだキャンセル!」
と訴えても「スタッフ」は馬の耳に念仏で。中途キャンセルはお請けできません、とでも言わんばかりに俺を連れ回す。
「殿、堪忍下され!」
和装の「スタッフ」が俺を納屋へ放り込むと、外側から木戸を閂で封じる音がした。
「夜が明ければ御公儀も参りましょうぞ。しばらく此方でお留置を」
一方的に俺を押し込めて、足音は消えた。
賊退治の加勢に向かったか? ……という体の芝居か?
「何れにせよ……」
これで身動きできない。外から封じられてしまったのだから。
「どうなってんだよ?」
頭を抱えて納屋に座り込むと……多少は頭が冷えてきた。
「一体俺は何をオーダーしたんだよ?」
もはや泥酔した際の記憶など辿りようもないが……
「何のシナリオを演ってる?」
俺は不意を襲われた殿という【設定】らしい……
源義朝? 足利義教? 蘇我入鹿か? 誰のロールプレイなんだ?
というか、あの店の何処にこんな設備が存在したのか?
ちょっとした時代劇の撮影セット並みだぞ?
考えられるのは――無理な注文ばかりの泥酔客に困り果てて、別の店へと厄介払いされたか?
にしたって! 一介のイメージクラブが用意できるレベルじゃない! 大規模すぎる!
まるでタイムスリップでもしたかのような舞台の作り込みじゃないか!
「タイムスリップか……」
日本で仇討ちが禁止されたのは明治に入ってからと聞く。
「もし俺が江戸の経営者だったら命が幾つあっても足らんな……」
過労死した社員の仇を討つべく、親族が用心棒を引き連れて経営者(俺)を襲いに来るだろう。
「洒落にもならん」
いや?
――笑い事ではないぞ?
そもそも死ぬ方が悪いんだ。
「三百六五日二十四時間働け!」と言われて馬鹿正直に働く方が馬鹿なのだ。
勝手に死ぬな馬鹿どもが。
死ね、などという業務命令を発した覚えはないぞ?
むしろ俺の方が被害者ではないか。会社への風評被害をどうしてくれる?
愚か者の尻拭いを何故俺が為さねばならんのか?
道理に合わん不公平! 実に理不尽だ!
――前触れもなく!
ガンッ! ガンガンッバッァカーン!
「ヒッ!」
木戸は外から強引に蹴破られ、納屋は隠れ家としての機能を失った。
「探したぞ……」
儀礼的な羽織袴とは違う、鎖襦袢と額当て。実戦に特化した出で立ちで現れたのは……
「お前……お前は!」
【あの】木っ端社員ではないか!
いつの間にマスクマンから仇討ちの徒に変わっていたのか?
というか何だこの茶番劇は?
俺のための「プレイ」なら華々しい見せ場が用意されて然るべきなのに……何故俺が殺られ役の立場に追い込まれている?
「高家筆頭、吉良上野介義央殿とお見受け致す」
その疑問は社員の『台詞』で解消された。
「は?」
吉良上野介?
それはまさに、日本屈指の殺られ役の名ではないか?
「社員を社員とも思わぬ非道の扱い……許し難し!」
狭い納屋の中で、鋒を向け躙り寄ってくる木っ端社員!
正気を失った目で瞳で俺を睨みながら!
「――御首頂戴仕る!」
ダメだ、このままでは落ちる! 俺の首が胴体から落ちる!
「ちょっと待て待ってくれ! 何が不満なんだ? 昇進か給料か配属か? 株が欲しいのなら、それもやろう! 何株欲しい?」
ここは俺の卓越した交渉術で切り抜けねば!
「一時の気の迷いでも刃傷沙汰など人生終了宣言だぞ? 今なら見なかったことにしてやる!」
ハッタリでもいい、誤魔化しでも構わない!
「俺に『誠意を見せろ』というのか? ああ勿論、誠意とは金のこと。知っている、弁えているとも俺は。誰より理解しているよ?」
この復讐者を翻意させねば俺の首が落ちる!
「だから金で水に流そう! 互いに蟠るところがあったとしても、水に流す! さすればWIN-WINで丸く収まる。素晴らしい知恵だ! 日本人は賢いな実に賢い!」
「…………」
「オーレーオレオレオレ、ニッポンチャチャチャー! あはは…………あがぁっ!」
ウーウゥゥ……
ウーウゥゥウゥゥウ! ウーウゥウゥウゥ!
【 寸 断 】
RageAgainstTheLowBirthRateProblemUniversally ―― EMERGENCY SHUTDOWN ――
「カーット! カットよ桜里子! B子! 作戦中止!!!!」




