第六章 サヨナラは八月のララバイ - 2
バーニラ! バニラ! バーニラ!
バーニラ! バニラ! 高! 収! 入!
いえいえ、収入なんて二の次です。
私たちが為すべきは、図らずも意識の内へ迷い込んできてしまった「霊」を排除すること。
余計な人格は早々にデトックスして、正しい悠弐子さんと正しいB子ちゃんに戻ってもらわないと!
いくら教科書級の偉人さんであっても、女子高生のプライベートと一体化されては困ります!
セクハラです!
憑依ハラスメントです!
というワケで、彷徨う霊魂は慰めることで成仏なさってもらう――日本古来、伝統の様式に則って、
「意識高い系偉人」のリンカーンさん、キング牧師さんの『ご意向』を叶えるため、
ゆにばぁさりぃは不徳の国会議員をハニートラップできるのか?
というか、その子で大丈夫か?
「どぉーもー、サリィでぇす☆」
「あれぇ、新人さん?」
「よろしくおねがいします♪」
(――本当に来た!!!! 本物の綿貫参議院議員だ!)
「お客さ~ん、戦国武将の方ですか?」
震えそうな喉を必死に宥めて、ルーティーンを投げかければ、
「分かる?」
分かりません。
実は貴方が著名な議員だなんて、裃衣装とチョンマゲ鬘を被れば容易には分かりません。
「分ぁーかーるーぅ☆ なんとなく威厳あるっていうか……お飲み物、何にします?」
まさかそういう理由(人相隠し)ですか? こんなニッチな店へ通うのは?
「佳きに計らえ」
「わっかりましたぁ~♪ じゃ水割りで」
トプトプ……
ウイスキーを適当な分量でブレンドしながら周囲を伺ってみる。
「…………」「…………」「…………」
見張りの悠弐子さん、アウディ、B子ちゃん――物陰から「首尾良し」とアイコンタクト。
――SPらしき人影なし、の合図です。綿貫議員、本当にお忍びらしい。
「あ、お客さん、よく来たりするんですか?」
グラスを渡しながら媚び媚びで尋ねてみる。
「忙しくてなかなか来れないよ。君みたいな子に会えるなら、毎日でも来たいのに」
「ありがとうございます☆」
科を作りながら隣へ座って、ここぞとばかりに営業スマイル。
「お仕事って何をされてるんですか? 合戦系?」
「僕は両国経営系☆」
物は言いようです。社員を奴隷労働させておきながら、いいご身分ですよ。
「じゃあ、家来とかも一杯いたり?」
「そこそこ」
「えー? 何人何人侍大将何人?」
「三千人は越えてるかな? 数えたことないけど」
「すっごぉーい! サリィよく分かんないけど超大手の戦国大名じゃん?」
このお仕事はオジサマを良い気分にさせたら勝ち。多少盛り過ぎでもいいから、褒め言葉をラッパー並みのマシンガンで紡いでいくに限る。
「もしかしてお客さんって――――有名武将? 信長? 家康?」
「羽柴筑前守秀吉」
「やだー! ヒデヨシ! 超有名じゃ~ん!」
「見る? これが俺の大阪城」
スマホの写真フォルダにはバカでかい自社ビルが収められていた。
「でもぉ~、秀吉ってことは……苦労人の成・り・あ・が・りってこと?」
「これでもさ、若い頃は飛脚で身体張ってたのよ?」
飛脚……っていうとセールスドライバーかな?
てか飛脚制度が整えられたのは江戸以降…………ま、細かいことは気にしないでおこう。
「すっごっぉーぃ、さすが秀吉、ど根性!」
「ゆとり世代だか何だか知らねぇけど、今の若い奴らは覇気がねぇ! 男なら天下を目指せよ! なぁそうだろうサリィちゃん? 一国一城の主を目指さずして何が侍か? 俺間違ってる?」
「間違ってない間違ってない、秀吉ちゃんが正しい!」
「男なら天下獲りの野望を持ってだな……秀吉(俺様)の野望を見倣って……」
野望は信長さんの専売特許では? 秀吉は太閤立志伝……なんて野暮はいいっこなしです。
「さすが! さっすがー墨俣一夜城の人! 中国大返しの人!」
高まる殿のテンションに合わせて、北ノ庄城蹂躙の勢いで私も水割りを勧めていく!
「給料上げて欲しかったら結果出してみろよ! 俺を下剋上するくらいの結果をよ!」
「わぁぃ下剋上最高! 呑んで呑んで呑んで呑んで、呑んで呑んで呑んで呑んでハイ太閤~♪」
「社員が身を粉にして会社に貢献しないから業績も上がらんの……俺は悪くない、むしろ俺は被害者……ウイッ……」
「そーだそーだ! 二十四時間会社に捧げろ社畜ども!」
「ウィィィ……」
Rage.
Rage Against The Low BirthRateProblem
RageAgainstTheLowBirthRateProblemUniversallyRageAgainstTheLowBirthRateProblemUniversally Rage Against The Low Birth Rate Problem U n i v e r s a l l y ……………………
「…………はっ!」
とてつもなく眩いライトで意識が覚める。
「……なんだここ?」
真っ暗闇でピンスポットされると、光の外が窺えないじゃないか。
それでも気配は伝わってくる。
ムッとする人いきれ、下卑たざわめき。生臭い人の存在感が空気を淀ませる。
相当な人数が自分の周囲を取り囲んでいるな。
天井には剥き出しのライトが幾つも吊るされて――――これは見世物小屋の灯だ。
この光に照らされるものは、エンターテイメントという生贄の捧げ物だ。
俺が見世物?
おいおい、悪巫山戯にしても趣味が悪い。
「おい、誰かいないか! SP!」
――ああ、SPは断ったんだった。場末の風俗で遊ぶのに、護衛など不興。
だがそれでも呼んでみる。
「俺は議員だぞ? 俺の名誉を汚す者には断固たる法的措置を……」
すると周囲から、嘲笑と指笛が飛んでくる。
嗤うな! 俺は選ばれた成功者だぞ! 一国一城の主だ! お前らとは違う!
「……!」
いやいや冷静になれ俺――慌てふためいても醜態を晒すだけだ。鎮まれ、鎮まれ……
カッ!
「……ッ!」
ピンスポットの光が広がり、周囲が露わとなる。
「なに????」
五、六メートル四方の床には赤黒い染みが点々と……生臭い体液の残滓が付着している!
見世物のライトと派手に飛び散った血痕。
そこから導かれるのは――――バイオレンス。
日常では禁忌とされる暴力性を売りにする「興行」。
まさか俺に殴り合いをさせようというのか?
「話にならない!」
俺は、国会議員だぞ? 一部上場企業の筆頭株主だぞ? 成功者として羨望を受ける者だ!
踵を返して、野蛮なマットから立ち去ろうとしたのだが……
「うっ!?」
不意に上半身を仰け反らされた!
「紐????」
気がつけば左の手首に【紐】が結び付けられているではないか?
『よろしければ皆様方に、このファイトをご説明させて頂きましょう』
突然、声が響く。
『それは二十年前のことです……不良債権処理に端を発するデフレスパイラル、その落とし子としてブラック企業は生を受けました』
朗々と詠うようなマイクが闇から届く。
『労働環境は悪化の一途を辿り、いよいよ抜き差しならぬ域へ。混乱を避けるため、労使双方がファイトと称し、闘って闘って闘い合わせ、最後まで勝ち残った方が要求を得ることができる。なんともスポーツマンシップに溢れた労働争議か』
意味不明のマイクアピールに立ち尽くしていると、
『そこのお前! ――この男に見覚えはないか!』
いきなり、大型ビジョンに映し出される……俺の顔!?
しかも西部劇のお尋ね者風にコラージュされて! 失敬な! 訴えるぞ!
ウォォォォォォーッ!
ところが衆愚には格好の餌、陳腐な煽りが群衆に火を着ける!
「ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾォー!」
凄まじい音圧が四方八方からリングへ降り掛かってくる!
『さて、この写真がどのようなファイトの嵐を吹き荒らすのか?』
全ての照明が点灯されて、立錐の余地もない試合会場が露わとなる。
『今日のカードは株式会社ワ多三会長、参議院議員 ――綿貫未希!』
「ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾー! ワタゾォー!」
目を血走らせた客たちが生贄の血を求める中、
『対するは――名ばかり管理職代表! ネームレスマネージャーTENCHO!』
マイクは俺の対戦相手を告げた。
※ お水の花道部分の元ネタは戦国鍋です。まんまです。
(戦国キャバクラ以外も)非常に面白いので、機会があったら見てね☆




