第五章 私を異界に連れてって - 4
良かった!
アウディはテロリスト一味の尖兵なんかじゃなかった!
……と、判明したまでは良かったものの……
新たな難題に頭が痛い、桜里子。
ええ、そうです。
いつもの病気です。
不可解現象は、全て悪の秘密結社の企てである! ……と信じて止まない美少女ども(悠弐子とB子)の妄言です。
こうなったらもう美少女暴走機関車は止められません。
ユーラシア大陸を爆走するシベリア超特急です。
ニトロ級のスーパー燃焼剤が釜へ炊き込まれたに等しいんですから。
さぁ、どうなる贅理部?
どうする山田桜里子?
「ここが、あの女のハウスね……」
ショッピングモール二階のシネコン、その廊下がアウディの出現場所らしい。
「ここに転移してきたのアウディ? 間違いない?」
客も疎らな平日午後の映画館。
そこへ《召喚された》異邦人アウディが、不審な音に扉を開ければ、
『グギャアアアアアアーッ!』
大音響で吠えるCGモデルの肉食恐竜。
VRを意識したドアップのアングルで客席へ迫ってくる。
「恐竜パニック映画の予告編ですね」
「……で咄嗟に火矢を射ちかけてしまったのだ」
「ああ……」
仄暗い照明でも、そこらかしこらに修繕跡が見受けられる。
上映中にスクリーンが燃え上がってしまったりしたら、そりゃパニックは避けられない……
「まさか作り物とは……」
文明開化したアウディは、創作と現実の区別が出来るようになったみたいだけど……逆に、そんなコンテンツに触れた経験がない人には、どうしようもない。
テレビが普及し始めた頃は「箱の中に人が入っている」と頑なに信じる人もいたそうですし。
「ないなー」
壁や床を入念に調査しても、アウディの『召喚地点』に特異な痕跡は見当たらない。召喚された本人が触りまくってもワープゲートの反応など皆無で。
「《場所》に特別な意味はないのか?」
「仮に悪の秘密結社が異世界人召喚するにしても、こんな人目につく場所、選びますか?」
地下室とか廃墟とか山中とかでやりません?
「場所が転移のキーではないとしたら……」
悠弐子さんとB子ちゃん腕組み考える。
「ねぇアウディ……あんた何かに乗って演習してたのよね?」
「如何にも」
「何に乗ってたの?」
「)((’&&%$なんだけど……こちらの世界で喩えるなら……豚? いや猪?」
「猪って乗れるものなんですか?」
「で、なるべくアウディの証言に近いのを用意してみた」
ボボボボボボボボ……
660ccとは思えない、腹に響くエキゾースト。車検の時だけチョチョイと換装する、アレなマフラーですか?
B子ちゃんが調達してきたのはオープンカー。どう足掻いても二人しか乗れない、割り切ったスタイルの、スパルタンな軽です。
「んじゃ試してみるぞな。乗れアウディ」
ボボボーボボ、ボボボボボー……バルンバルン! ギュルルルルルル!
ライトウエイトボディを震わせながら、部室棟裏のスーパー農道を急発進して行きました……
「というか悠弐子さん……猪って、軽自動車並に大きくなるんですか?」
「生物は生息環境に順応するものだからね。違う世界なら違う世界なりに」
「仮に、あのサイズの猪がいたとして、どのくらいスピード出るんでしょうね?」
「普通の猪で45キロ程度……そのままスケールアップすれば60キロ以上は軽く……」
どんな暴走猪だ? 私には想像できません……
あ、帰ってきた。赤いオープンカーのB子ちゃんとアウディ。
ボボボボボー……
「これはすごいぞ桜里子!」
大興奮のアウディ、矢継ぎ早に質問を放ってくる。
「これは何で動いているのか? どういう仕組み? 中に猪が組み込まれているのか?」
「なんて説明したらいいのかな……油ですね。油を霧状に吹いて……」
「 ま た 油 か !」
ええまぁ、そうなんですよ考えてみれば。だいたい現代日本(この世界)は油で出来ています。
「この釜の中で油を爆発させるのか?」
「ああダメダメ触っちゃダメです! 走行直後のエンジンルームとか!」
「……開かんかったぞな。異次元転送通路」
好奇心旺盛なアウディに苦慮する私を横目に、実験ドライバー・B子ちゃんは難しい顔で悠弐子さんへ報告した。
「何らかの兆候も?」
「全く」
眉を顰め首を振るB子ちゃん。
こと話が【悪の秘密結社】絡みになると、真剣度がマシマシになる悠弐子さんとB子ちゃん。
私やアウディそっちのけで試行錯誤の方法をディスカッションしてる。
本当に存在するのかすら怪しい【絶対悪】のために、そこまで真剣になれる二人。
私も、正義の執行者に名を連ねる者としては、勇んで「作戦会議」へ加わらないといけないのかもしれませんが……
私は別に、直接的被害が及ばなければ別に、邪悪存在の征伐に乗り出そうとか思いません。
悪へ正義の鉄槌を浴びせかけることに快楽を感じたりしないんです。
「普通の女子高生」って、そんなもんですよね?
親が居て、兄妹が居て、友達が居て、偶に信じられないくらいの美少女がいて……
当たり前の日常を過ごせたら、贅沢は望みません。
(…………当たり前?)
違う。
当たり前じゃない。
何の当たり前も存在しないじゃないか、この世界には――――アウディにとっては。
「ね、アウディ……」
かぶりつきでエンジンルームを覗き込むアウディへ囁きかける。
「アウディは、さ……もし悠弐子さんとB子ちゃんが次元転移の謎を解明できたら……」
「うん?」
「やっぱり……帰りたい?」
アウディは覚悟してたみたいです、この質問が振られるのを。
「もはや帰れるはずがない、と思ったのだ」
遠い目でアウディは語り始める。
「何が何だか理解らないうちに、目を疑うような異邦へと放り込まれて…………【これは絶対に帰れない場所だ】と直感したのだ」
「アウディ……」
食事も喉を通らず、痩せ衰えていく最中で、彼女を蝕んだ【孤独の毒】。
どうにもならない望郷の念は、斯くも心を押し潰してたんですね。
「あらゆる未来は絶たれてしまったものと……」
なら答えは決まってる。
「我は帰るぞ、桜里子。帰れるものなら蜘蛛の糸に縋っても帰りたい」
人は回帰する生き物です。
訪れる新たな環境へ適応する生き物であると同時に、
《当たり前》へと回帰する。自然な姿へと戻ろうとする生き物なのですね。
「その意気や、良し!」




