第五章 私を異界に連れてって - 2
三人が霞城市のテロ現場から拾ってきた謎の女の子、アウディ。
日に日に衰弱していく彼女を見るに見かねて、救う手段を求め奔走してたんですよ。
そりゃもう危ない橋まで綱渡り、
もうちょっとでカジノシップどころじゃない女子高生大ピンチ、社会的に抹殺されかねないリスクまで冒したのに……
あの……何故かアウディさん、突然の文明化を果たしているんですけど?
日本語も喋れず、自分のことを何も説明できず、ただ弱っていくだけの貴女が?
なにこれ?
どういうこと?
ちゃんと説明してもらわないことには!
(熊!?!?)
かと一瞬身構えた。集落丸ごと胃の中に収める、獰猛野生獣かと。
でも違った。
唸りを上げる内燃機関は、機械の咆哮! メカニカルエキゾースト!
茂みの中から飛び出してきたのは――マットブラックのワンボックスカー!
「B子ちゃん!?!?!?!?」
贅理部御用達、いつもお世話になっている移動車両、ウイドーメイカー号じゃないですか!
バンドの機材も山ほど積み込める私たちの足です。
フロントガラス越しにはB子ちゃん。
当然です、その車を運転できるのは彼女しかいないんですから!
「…………」
対するアウディ、微動だにせず弓を構える。
オフロードを爆走してくる巨躯へ照準器を定め。
(いくらなんでも無理!)
弓の威力じゃフロントガラスの貫通は難しい。少し角度がズレれば、跳ね逸れる。
仮に貫通できたとしても、標的の殺傷までは難しいと言わざるを得ない。
馬や象の御者を撃ち抜くのとは難易度が違いすぎますよ!
「…………」
なのにアウディ、呼吸も乱さず、ただ一点だけを狙って弦を引く。
悪路で揺れまくる車を狙って、明鏡止水のターゲッティング。
「アウディ!」
ヴゥゥゥン!
プロユースのカーボンファイバーから放たれた一閃は、厚いガラスに阻まれ……なかった。
彼女の狙いはタイヤ。
弓の殺傷力でも射抜けるポイントを瞬時に察知し、意図通りの必中ショットを遂げてみせた!
ギャギャギャギャ!
車は急に止まれない。
矢の刺さるタイヤが惰性で回れば、フェンダーが障害となりトレッドゴムを激しく破損、取り返しのつかない自壊へと至る。
果たして車輪は用を為さず、もはや運転手は急制動を選ばざるを得ない。
バカッ!
ならば車を捨てて白兵戦! とばかりに開け放たれるドア!
「ダメです、B子ちゃん!」
それじゃ狙い撃ちされちゃう!
この距離は弓の距離、間合いを詰めるまでに射抜かれる――遠距離絶対の距離!
ましてやアウディ(この子)は飛ぶ鳥を落とせるスナイパーですよ?
ヴゥゥンッ!
アーチャースナイパーは矢を放つ。
『思考』や『警告』を置き去りにして――必中の矢を放つ。
獲物の動きを先読みするくらいでなければ、狩りは成功しない。そう、優れたハンターは身体で知っている。
「出ちゃだめですB子ちゃん!」
だから私の言葉は【 既に射抜かれてしまった獲物 】にしか届かない。
言葉は遅すぎる。既に、手遅れです。
(――――えっ?)
アーチャースナイパー(アウディ)の狙いは正確でした。
足を失った戦車から乗員が真っ先に飛び出す、その箇所へ、そのタイミングへ、寸分違わぬクリティカルショットが放たれた。
なのに。
結果は見事な空振り。
B子ちゃんが――――自重した?
(そんなのありえない性格的にありえない!)
《猪突猛進》を具現化して金髪にした女子高生がB子ちゃんです。
斉射の雨が降り注ごうとも、決して怯まず躊躇わない。
(そんな子が……思い留まった????)
「裏があるでしょ!」
拍子抜けの私と緑髪のアーチャースナイパー、その間隙を突いて意外な方向から声がした。
「世の不自然には謀略があぁぁぁる!」
前後左右三百六十度、どこからも均等に聴こえる声。
「貰ったぁぁぁ!」
ザザザッ!
「上!?」
樹上から地表へ向けて【彼女】はロケットダイヴ! 重力の力添えも得て!
ショッピングセンターの「階段落ち」より更に過激な速度で獲物へ襲いかかる!
「(’&&%##”###&%!」
それはヒョウやジャガーが草食獣へ襲いかかるにも似た、天空からのハンティング!
後頭部から「獲物」の頭を抱えた悠弐子さん、そのまま背中からアウディを引き倒した!
ダメです悠弐子さん! フランケンシュタイナーはマット上だから出来る技であって、それ以外の場所では自爆に等しいダメージを負ってしまいますよ、自分も!
「きゅう……」
案の定ですよ……アウディを裸絞にしたままグロッキーの悠弐子さん。
二人して伸びちゃってます。お目々グルグルの美少女二人羽織。
「これが数的有利の絶対法則ぞな」
アウディを人間抱き枕にして失神する悠弐子さんを指し、他人事のように評するB子ちゃん。
「てか、なんでアウディに襲いかかってるんですか?」
「怪しいからに決まってるぞな」
「えっ?」
「よもや忘れたとは言わせんぞな桜里子」
B子ちゃんが真顔で呟く。
「こいつは霞城市を荒らし回った破壊の天使――――かもしれんぞな?」




