第三章 天使のいない十二月 - 8
ぱん!
――――思いっ切り背中を叩かれた!
そして間髪入れず、私の手を引いて走り出す一迅の風!
靡く髪は漆黒の尻尾。速く走るためだけに産まれた選良種の如くはためく。
彼女は救世主――窮地を覆す勝利の女神さま!
「悠弐子さん!?!?」
ああもう、どうしてこの子はこんな時に現れるのか?
誰しもが待ち望み、焦がれ助力を切望する――そんな瞬間に現れるの?
もしそれが計算なら殴りたい。心ゆくまでボコボコにしたい。
一人の女の子が散り散りの肉片になってしまうかどうかの瀬戸際なんですよ?
でも今はそんなこと問い詰めてる場合じゃない。
猫の手でも借りたい!
猫みたいな気まぐれな女の子の助けが欲しい局面なのです!
「いい桜里子? 優れた人間を過大評価してはダメよ!」
「え?」
「百打席換算なら、三割打者と二割五分のバッターでヒットの本数は五本差しかない! 優れた人間の凡人に対する優位性など僅かでしかないの!」
いきなり何の前触れもなく登場した『 ヒーロー 』は当然とばかりに講釈を垂れるのです。
「幻想よ――超人性とは幻想なの!」
『救われたければ、あたしの話を聞け!』とでも言わんばかりに。
「だから誰でも埋めることができる! その差を埋められる!」
なんて傲慢な、それでいて魅惑的な。
あらゆる思考を停止して身を委ねたくなる対象――――カリスマ。
「ホンの少しのアイデアと勇気でキャッチアップできるの!」
ヒーローのカリスマ、その本質とは強制的な全権委任スキルなのです。
あたしを信じて身を任せなさい、という魅惑の詐術なのです。
「胸を張れ、張ってけ女の子! いわんや凡人をや!」
ああもうなんて迷惑な! あなたこそまさしく天下御免の無軌道女子高生です!
「そんなこと言われたって……どうやって胸張ればいいんですか?」
「こうよ!」
叫ぶや否や、悠弐子さんはコンコースに放置されていたショッピングカートを押し始めた!
「カモーン桜里子――――アシスト!」
この状態でアシストって言われたら……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
これしかない。
自転車競技ならエースの風除けするのがアシストですが、この場合は後ろから押すのが正解。ボブスレー式に荷重を思いっきり前へ掛けるのが!
がががががががががががががががががががががが!
カートを押す悠弐子さんの腰に「合体」して思いっきり両脚を回転させる!
これなら二足歩行のバランスを慮る必要もない。全体重を悠弐子さんの腰に預け、目一杯「後輪駆動」の推進力になればいい。ただ乳酸の限界値まで筋肉を酷使するだけでいい。
がががががががががががががががががががががが!
ダッシュは鈍重なカート+女子高生+女子高生でも、加速が乗ると信じられないような速さに!
カートの小さな車輪が、今まで聴いたこともないような唸りを上げる!
ツルツルの床も相まって本家ボブスレーも真っ青な速度域へ!
「もう……だめ……」
一分も保たずにエネルギー切れです。
もはや押すどころか、ついてくのも四苦八苦!
「GJ一段ロケット! ――離して桜里子!」
悠弐子さんに命じられるまま手を離せば、
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
二段目点火!
カートに体重を預けたままで、悠弐子さん本気で床を蹴る蹴る! 蹴りまくる!
今やその歩幅は人の領域を超え、サラブレッド級です!
でも!
そこまでやっても「標的」に追いつかない!
先を走っていたB子ちゃんを追い抜くまでが精一杯。
既に緑のテロリストはエスカレーターへ到達、ステップを下って視界から消えてしまった!
「遅かった!」
悠弐子さんのワイルドスピードなアイデアも時既に遅し!
奇跡の大逆転も果たされることなくゲームセット!
……かと思いきや!
「まだよ!」
目を離した隙に悠弐子さん、いつの間にかカートの上に載ってまして。
「は?」
何をするつもりですか悠弐子さん?
ショッピングカートを巨大ロボか何かと勘違いしてませんか? 戦隊ものには付き物の。
そんなもの(ショッピングカート)を代替にするとかトリッキーすぎませんか?
てかそれブレーキなんて代物はついませんよ!
降りて下さい悠弐子さん!
危ないです!
あと数秒も経たずにエスカレーターですよ! 鉄の瀑布が待ち構えています!
その勢いでは一階まで紐なしバンジーを強いられちゃう!
「悠弐子さーん!」
ガァァァァァァァァァァァァァーッ!
ピカピカなモールの床を滑走するミスヒロインonザ・カート。
暴走ジェットコースターの勢いでカッ飛んでく!
「降りて! 降りて下さぁぁぁい!」
悠弐子さんへ私の言葉は届かない。緑の子とは別の意味で。
だって聞く耳を持って貰えないのだから。命知らずの猪突猛進娘には、全く以て馬耳東風!
ああ、もうなんですか!
何のための言葉だ? 何のための言語コミュニケーションですか?
「悠弐子さぁぁぁぁぁぁぁん!」
ガッシャアァァァァァァァァァァァァァーン!
人間ロケット・悠弐子さんは無事(?)離陸を果たし、下りエスカレーターの向こうへ消えた!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……悠弐子さん!」
息も絶え絶えで人間ロケットの《打ち上げ地点》へ辿り着くと、
「ヴイ」
階下のエントランスホールからVサイン。
「悠弐子さん!」
良かった! 怪我もなく無事みたい!
「無茶が過ぎます……」
こんな大クラッシュでも健在って、どんだけ頑丈なんだい、このお嬢さん?
少女が見た流星ですか? オペレーションメテオですか?
驚いていいのやら、安心していいのやら、どんな顔していいのか分かりません……
「桜里子、獲ったぞな」
『狙い撃つぜ!』とでも言わんばかりのドヤ顔で私の肩を叩いてくるB子ちゃん。
彼女が担いだ銃から【あの】特殊弾頭は消えていた。
象をも眠らす魔香ちゃん液弾は悠弐子さんの傍に、彼女が抱えた少女の脇に転がってます。
仕留めたんですね超敏腕スナイパーB子が。
「ミッションコンプリート……」
作戦も何もあったもんじゃない出たとこ勝負、それでも少女の惨殺死体は回避されたのです!
以上、第三章はここまで。
読み進めて頂きました方々には、感謝感謝雨あられでございます! m(_ _)m




