第三章 天使のいない十二月 - 7
山田桜里子絶体絶命!
本作二度目の絶体絶命!
ほとんど生身の状態で弓矢にロックオンされるとか、もう完全に詰んでます!
頼みの能力も役に立たず……いや、元から戦闘向きじゃないですが。全く以て戦闘には不向き!
なんでこんなことになったのか?
もはや振り返るのも嫌なくらい絶望的です!
脆弱系ヒロインは早々に命脈を絶たれてしまう運命なのか?
ギリギリギリギリ…………
無理だよね……常識的に考えて。そんな都合のいい遡及などありえない。
私の思考の走馬灯がハムスターホイールしている間も、弦は破滅へのセレナーデを奏でてる。
オワタ。もうだめぽ。
こんな状況じゃ命乞いも届きやしない!
さようなら悠弐子さん! 先に涅槃で待ってます!
でも、私が死んだからってライブで遺影プロジェクションとか止めて下さいね!
使うんならちゃんとPHOTOSHOPしてから使って下さいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!
ブ チ ィィン !
緊張の糸が突然――事切れた。
でもそれは私が絶命を悟った心の音じゃなくて……物理的な破断音。
「弦!」
咄嗟に顔を上げれば、弓の弦が敢えなく途切れて、武器としての用を為さなくなってた!
(た、助かった!)
まるで私はマーティ・マクフライ。
過激派アラブ人に殺されかけて……危うく難を逃れる少年。
「&%””##”#”!((’&&&’’’’(’&%$$$!」
でもバック・トゥ・ザ・フューチャーとは明らかに違う。
だってテロリストの言葉にアラブ圏の音韻は感じない。意味は分からないにしても、音韻の特徴は伝わるもの。英語には英語なりの、スペイン語にはスペイン語なりのロシア語にはロシア語なりのフランス語にはフランス語ドイツ語にはドイツ語の特徴的な音韻を感じ取れる。
だけどこのテロリストには、それがない。
何らかの類型や様式は感じられるから、単なる叫びとか鳴き声じゃないと思う。
なのに全く聞き覚えのない音韻なの!
《聴いたことのある文化の香り》がしないんですよ、言葉から!
(なに? なんなのこの子?)
極めて物騒な武器が除けられれば――戦士は年端もいかぬ少女だった。
霞城中央の氷柱花とは似ても似つかぬ。
というかというか!
悠弐子さんのみならず私ともB子ちゃんとも全然違うんです!
だって緑髪の人類って存在するんですか? ヲタク界隈とパーリーピーポー以外で?
それも緑がかかった黒、とかそういう半端な緑じゃない。
草の色です。ドリアードか? ってくらいの。十六進数カラーコードなら#00ff00みたいな緑ですよ?
なんだこの色???? ……ヅラ? ウイッグ?
いや、テロリストが【戦場】にヅラ被ってくる意味が分からない。わざわざ目立ってどうする?
「&%””#”!((’&###&&’’’’(’&%$$!」
あ、地団駄踏んでる……ような気がする。
単語の一部すら類推不可能な音韻でも、態度から何となく読み取れる。
おそらく彼女は獲物を仕留め損ねた悔しさと武器を失った嘆きを喚いているんだ。
頭を抱え、やりきれぬ感情を扱いかねる様……まさに地団駄。
「&%””##””!((’)))))))&&&’’’’(’&%$$$%%!」
そして彼女は走り出す。へたり込んだ私に背を向けて。
「ちょ! あなたちょっと待って!」
でも言葉は届かない。「止まって」の一節すら私には紡げずに。
もどかしい! 言葉が通じないってこれほどにも歯痒いものなのか!
私には訊かなきゃいけないことが残ってるのに、みすみす大魚を逃しちゃうなんて!
「まだぞな桜里子!」
諦めの早い私を叱咤する声!
ツーマンセルの頼もしい相方――B子ちゃんは安易なギブアップなど許さない子です。
「何あれ? ゆに公の手下?」
迷子の私を保護してくれたB子ちゃん、『緑の女』が逃げた方向へ並走しながら尋ねてきた。
「極悪テロリストが日本へ送り込んできた民兵、には見えませんでしたけど……」
だって彼女、中東の民兵というより、お伽噺の狩人みたいな格好でした。
緑基調の服にアースカラーの靴とタイツ。あれは森で戦う子の服です。森林や藪が保護色になる配色だと、街中じゃ目立って仕方ない。中東の砂漠でも「的にして下さい」と言わんばかりですよ?
「じゃあ何なの?」って顔されても困りますよB子ちゃん?
山田だって知りたいんですから。
「――待つぞな桜里子」
あの子が逃げ込んだショッピングモールへ踏み込もうとすると、B子ちゃんは私を制止した。
「ショッピングモールは危ない」
ほえ? B子ちゃんはゾンビ原理教の信徒なんですか?
「正面玄関の前には警察が非常線を張っているぞな。迂闊に出ていくと蜂の巣ぞな」
違いました。B子ちゃんはジョージロメロの盲信者などではなく、戦場に於いては冷徹なリアリスト、ゆにばぁさりぃの戦士でした。
「射殺態勢ですか……」
確かに、こんな派手な破壊工作やらかしたテロリストとか射殺されても文句言えません。
世論だって「それならしゃーない」と許してくれるはずです。
文句を言うのは、政権に難癖をつけることが仕事の老害メディアくらいです。
「じゃそっちには絶対に行かないということ…………で!!!!」
いたー!!!!
正面側とは反対の入口から入ったら――いるし!
柱にもたれかかって休んでるし!
「(()%%&$%$##%%!!!!」
でも突然のエンカウントに驚いたのは、私たちだけじゃなかった。
体育座りで項垂れていた緑髪のテロリスト(候補)、飛び上がって逃げ出した。私たちから少しでも離れようと、全速力で。
だけど!
「そっちはダメ!」
B子ちゃんから警告されたばかりの正面玄関方向ですよ!
そんな情報など露知らぬ緑の彼女、吹き抜けコンコースを疾走!
走り着く先には、六列の並列エスカレーターが迎える。
一階の巨大なエントランスホールへと連なる【 死の階段 】です!
「それを下っちゃったら!」
勢いのまま正面玄関へ駆け抜けてしまったら――狙撃部隊に蜂の巣にされちゃいます!
「って伝えたいのに!」
叫べば叫ぶほど緑の彼女(テロリスト候補)は逃げていく。
追い縋る死神の魔手から逃げ延びようと足掻く。
本当の死神は彼女の行く手に潜んでるとも知らずに。
「死にたいのか貴様ぁ!」
すかさずB子ちゃん全速のダッシュで追いかける。
次いで私も必死に追いかけたんですが……
「だめだ!」
お手上げだ!
「こんなの無理ですよぉぉぉ!」
悠弐子さんに匹敵する走力を持つB子ちゃんですら追いつけそうもないのに!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
私には見送ることしか出来ない。
その差が縮まらないまま【地獄の門】へと近づいていく二人(B子ちゃんと彼女)を。
非力が憎い、無知が憎い――神様、山田は本当に無力です。
せめてあなたがもう少しだけ利口な頭脳と、もう少しだけ運動神経のいい体をくれたなら!
幼気な少女の射殺死体など見ずに済んだかもしれないのに。
……少しじゃ無理か。
山田桜里子はどうしようもなく矮小な凡人で、力不足も甚だしく……
「諦めるな桜里子!」




