第三章 天使のいない十二月 - 3
え? 私、能力があったんですか? 持ってたんですか?
戸惑う桜里子。
それもそのはず、突然「貴様には特殊能力がある!」とか告げられたら、誰だって狼狽えます。混乱必至です。
しかも何ですか、そのよく分かんない能力は?
《絶対普遍化》?
普通思いつきませんよ、こんな能力の活用法とか!
本当、本当に度し難い、美少女どもの思考回路……
そんな、凡人には理解しがたいロジックに頭を抱えていると……たまたまB子ちゃんが点けたテレビから、気になる声が流れてきたのです。
キャラクター紹介 (2) バースディブラックチャイルドさん
天下御免の無軌道女子高生、ハーフにして英語の喋れない金髪さん。
正義のためなら、割とどんなことでもやっちゃう系の、“ヤバい子”です。
そんな彼女をも震撼させる事件とは?
「……店長?」
以前私たちがバイトでお世話になった居酒屋、その店長がテレビに出てるじゃないですか?
詳しい経緯は省きますが、詳細はこの辺を参照して頂ければ……
https://ncode.syosetu.com/n0689eb/18/
……読んでいただけました?
ま、そういうことなんですよ。
これまで傍若無人な人生を歩んできた悠弐子さんとB子ちゃんも、よーーーやく心入れ替えて、真人間として勤労に奉仕する気になりましたか?
……なんて一瞬でも期待した自分が馬鹿でした。
勤勉を装いながら、裏では《対アヌスミラビリス殲滅作戦【オペレーション両成敗】》なる派手な粗相をやらかしてしまいやがりまして。こいつら(悠弐子&B子)は。性懲りもなく。
結局、勤労を勤労とも思わぬ傍若無人な女子高生二人(悠弐子さんとB子ちゃん)はクビの憂き目に。そりゃ残念でもないし当然の処置だと思います。
その時の管理責任者として多大なご迷惑を掛けてしまったのが、この店長です。
童顔に白髪交じりの頭は、如何にも心労を抱えていそうな中間管理職っぽい風貌。それでいて職場の和を乱さぬよう、無理して作る笑顔が痛々しい人です。
そんな店長、美少女どもの厄介騒動にも、努めて穏便な処置を採ってくださいました。
むしろ恩人です。私たちがクビだけで済んだのは、偏に店長の寛大さに拠るものですよ。
「こいつもクビにされたんぞな?」
「B子ちゃん!」
なんですその、恩を仇で返すというかクリームパイを顔へ投げつけるような言い方! 傲慢不遜にしても程があります!
「クビにされるワケないじゃないですか……あんな聖人みたいな人(店長)が」
杓子定規で堅物な店長だったら、今頃悠弐子さんとB子ちゃんは警察へ丸投げされてますよ?
「おそらく店長、転職したんじゃないですか?」
テレビに映る店長の制服は、私たちが勤めていたお店のものとは違ってる。
壁に貼られたオススメメニューからして、同じ飲食業っぽいですが。
居酒屋チェーンっぽいですね、それもリーズナブルな。
『やぁやぁ頑張ってる?』
『社長!』
開店前の店内でインタビューされていた店長、飛び上がらんばかりの勢いで席を立った。そして直立不動からの高速コメツキバッタ開始、頭をテーブルに打ちつけんばかりの勢いでペコペコと。
「この人、どこかで見覚えがあるような……」
いかにもフランクに店長と接するスーツ男、芝居がかった仕草にカリスマの演出を感じる。
「綿貫ミキオぞな。こないだの選挙で国会議員に当選した奴ぞな」
「外食産業のフロントランナーとか、メディアで持て囃されてる人ですか?」
どうりで見たことある気がしたんですよ。
『君のことは聞いてるよ。人手不足の現場を支えている店長だって?』
『き、恐縮ですっ!』
涙を流さんばかりに感激してお辞儀する店長。なんて大袈裟な……
『会社が大変な時に転職する奴は、他人によく思われたいだけの偽善者です!』
『僕の本の一節がすぐ出てくるとは、勉強熱心だ! もう一冊プレゼントしちゃおう!』
スラスラとサインして店長へ本を下賜する綿貫社長。一冊持ってるのに、二冊目とか要る?
『これからも頑張って会社に貢献しなさい。会社に貯金するつもりでね』
『はい!』
『『三百六十五日二十四時間――――死ぬまで働け!』』
満面の笑みを浮かべて肩を組む店長と社長、「やったぜ!」とでも言わんばかりにガッツポ。
「B子ちゃん…………これ、なんかおかしくないですか?」
現場が回らないほど人手不足ならば、社長の書いた本を褒めてる場合じゃないですよね?
他に言うべき言葉が――切なる人員確保のお願いとかの方が先に出てきませんか?
「呆れ果てるほどの…………仮面ライダーブラック企業ぞな……」
「ですよね……」
考えてもみて下さい。居酒屋なのに女子高生をホイホイ雇う店が健全なのか?
私たちがバイトしてた短期間だけでも、パートも社員もドンドン入れ替わってました。
厚遇で居心地のいい職場ならば、そんなこと起こるでしょうか?
店長が任されていた「蟹貴族」は、そういう店だったんです。
そして実際の【 地獄 】を体験すると「あ……ここはダメだ」と察知できるようになる。同じ臭いが漂ってくるんですよ――――人を人とも思わない吹き溜まりからは。
「私たちですら見抜けるんですからね。表も裏も知り尽くした店長(管理職)なら、もっと簡単に感づくんじゃないんですかね? ブラックな職場とか」
ブラック企業に愛想をつかして辞めた人が、またブラックに転職しますか?
「いや桜里子……これ後天的な【改造】を施されとるぞな」
「改造????」
ショッカーに改造されちゃったんですか? ブラック企業にしか勤められない体質の怪人に?
「……あの目」
B子ちゃんが指摘した目。テレビに映る店長の目には、まるで精気が宿ってなかった。
「感情が上滑りして言葉と乖離する。だから病的に、薄気味悪い笑顔に映るぞな」
人間性を喪失したかのような虚ろな目のまま、饒舌に他者の言葉を語り続ける店長。
「彼奴(店長)は――――マインドコントロールされとるぞな」
「!!!!」
店長は分別ある大人でした。常識の世界で行きていた立派な社会人でした。
そんな普通の人が、洗脳されたりするんですか?
「心の隙間を狙われたぞな」
「隙間?」
「たとえば進学や転居、近親者との死別、そして転職……環境の激変で人間関係が希薄になると、心に隙が生まれる」
壊れた蛇口から多幸感を垂れ流す、不気味な絵面を眺めながら……B子ちゃんは断じた。
「カルトが出家と称して信者を監禁同然にするのも、意図的に人間関係を切る常套手段ぞな。人がネットワークから切断された時――【孤独】という名の魔境に取り込まれる」
眠い目の彼女が刮目して語る。
「他者との比較が最も容易な手段ぞな、己のアイデンティティを確認するには」
「…………」
「だが比較対象を失うと、人は不安という迷路へ落とされる。羅針盤の壊れた船――ヒゲを抜かれた猫――提灯を削がれた鮟鱇――そんな哀れな存在として虚無を彷徨えば、垂らされた《救い》に縋ってしまうんぞな。悪意の釣り針を見抜くこともできず、簡単に捕獲されてしまう」
「…………」
「桜里子、孤独とは最も身近にある魔境ぞな。毒の沼ぞな」
「【孤独の毒】……」
ヤクザを前にしても、些かも怯む素振りすら見せなかった彼女が黙り込む。
真剣な瞳で変わり果てた店長を眺めてる。
そこには低俗な嘲笑も、形ばかりの憐れみもない。
ただ『他山の石以て玉を攻むべし』と、被験者を目に焼き付ける。
珍しい、本当に珍しいですよ。B子ちゃんが、ここまで本気で人の有様に見入るとか。
それほどにクリティカルな脅威と捉えるべきなんですか、【孤独の毒】って?
「……………………ん?」
ちょっと待って下さい?
今、現在進行形で《 孤独の渦中に置かれてる子 》がいませんか?
お金も連絡手段も持たずに地の果てへと宅配されちゃった、あの子は?




