第三章 天使のいない十二月 - 4
「桜里子、孤独とは――最も身近にある魔境ぞな。毒の沼ぞな」
B子ちゃんは言いました。
眠たい目の金髪少女がカッと眼を見開いて、「忘れるな」と心に刻印するように。
それほどに、
それほどまでに孤独は心を蝕むんですか?
山田には分かんないですよ。
だって人間関係のネットワークを寸断された経験なんてありませんから。
いつだって私の傍には家族や、友達や……そう、悠弐子さんやB子ちゃんがいたんです。
2018の女子高生には【本当の孤独】なんて味わえないのかもしれない。
それこそ、遠き地の果てまで人間宅配便でもされちゃわないことには。
「…………」
息を呑んで黙り込むB子ちゃん。
ないって、大丈夫だって言って下さい!
テスラの世界システム的な、ひみつの美少女プロトコルで確認できるから大丈夫だって!
「B子ちゃん!」
水と空気さえあれば、どんな環境でもサバイブできるって言ったじゃないですか!
悠弐子さんの生命力は女子高生の域を越えてるって!
「だったら何故、帰ってこない?」
ハッと息を呑む。
背筋が震えそうな美少女の眼差しに、息を呑む。
「ちょっとやそっとの逆境など笑いながら蹂躙していく女なら、何故ここまで音沙汰がない?」
そ、そうか……言われてみればその通りです。
やりたいことはし放題、の天衣無縫バーサーカーを止める手段など滅多にありません。
彼女は蝶。
彼女が羽根を羽ばたかせるだけで、カオスの乱流が世界を包む。
結果、世界の何処かで桶屋がバブルを謳歌してるはず。
だけど世界の箍は外れていない。予定調和の範囲内で安穏を貪っている。
「……てことは……?」
「強制的に身動き取れなくなっているのかもしれない――誰かの差し金によって」
「それってつまり……」
「【孤独の毒】を盛られた可能性はゼロじゃない」
むしろその可能性が高いんじゃないか?
伏し目がちの青い瞳は、暗にそう語っているかのようで。
「でも、まさか……悠弐子さんが……」
隔離された上で洗脳されちゃってる姿とか想像できません……
(だけど……)
志操堅固な美少女でも【孤独の毒】には抗えないんでしょうか?
こんな玩具みたいな牢もどきとは違う、本物の牢へ閉じ込められ、孤独の毒に浸されたなら……
蝕まれた精神が悪魔へ門戸を開いてしまうんですか?
悠弐子さんですよ?
己のが意に沿わぬことには、梃子でも動かない子ですよ?
「今回の脱出宅配クジ、もしも桜里子が過激思想テロリストの支配する一帯で拘束されたとして、狂信者から『思想矯正か死を選べ』って迫られたら、どうする?」
正義の戦隊員としては「Never, I'll never turn to the dark side」が正解でしょうけど、
「……………………死にたくないです」
無理です。正義のために自害しろとか言われても無理です。そこまで高潔ヒロイズムを貫ける自信なんかありません。山田は常識的な女子高生ですし。
「大概は前者を選ぶぞな」
「でも悠弐子さんですよ?」
普通の女子高生生活を擲ってまで正義の実行部隊を結成するような子ですよ?
「桜里子、もしゆに公が『高潔な死』を選んでいたら――――こうなっているぞな」
B子ちゃんのノートには、少し古めの事件記事、黒ずくめのテロリストが日本人人質を盾に政治宣伝を発信したニュースが映っていた。
「ゆに公ほど見栄えのする人質はいない」
ええ確かに。人質が縛り上げられた美人女子高生なら、国民の情緒は沸騰しますよね。
「なのに未だそういうアピールがない以上、ゆに公は『潔い死』を選ばなかった」
「てことは悠弐子さん、過激思想の虜にされちゃったんですか?」
遠い中東の砂漠で過激思想科高校の優等生ですか?
「かもしれない」
「そ、そんなまさか…………」
美少女の戯れ言と笑えない。無理した笑いも、中東の砂漠みたいに乾いてしまい。
カラカラの喉が私から余裕を奪う。
そんなことあるはずがない、自己暗示みたいに繰り返しても、【もしかしたら】の冷や汗が背中を伝う。
あるはずがないありえないあるはずがないありえないあるはずがないありえないこと……
幾度否定を繰り返しても、得体の知れない不安が蒸し返す。
「これは備えなくてはいかんぞな」
「えっ?」
「もし本当にゆに公が過激思想科高校の優等生になっていたなら…………我々(ゆにばぁさりぃ)は備えねばならない!」
牢の中の金髪プリゾナーは真剣な顔で訴える。
「……備える? 何に備えるんですか?」
「最悪の事態に、ぞな!」
「最悪の事態ですか?」
さて何の事態でしょう?
「――我々(ゆにばぁさりぃ)が、ゆに公を敵として迎え撃たねばならない事態を!」
「は????」
悠弐子さんが《《《《 敵!?!? 》》》》
「ど、どうしてそうなるんですか? 悠弐子さんは仲間ですよ? 話せば分かる…………」
「分からない」
B子ちゃんは私の応えを遮り、強く否定した。
「相手が【過激思想科高校の優等生】であればあるほど、話は通じなくなる」
確かに、話せば分かると諭そうとした犬飼首相は問答無用と撃たれて絶命なさしましたが。
「でも……だからって……」
「考えてみるぞな桜里子。ゆに公は、ゆにばぁさりぃ――つまり、普通の女子高生では知り得ない情報や、正義のひみつ武器を所持している」
「それマズいです、それは絶対にマズいですって!」
悠弐子さんのフットワークと身体能力と頭脳がテロリストに利用されるとか、寒気がします!
反社会組織の鉄砲玉には最上級の人材じゃないですか!
日本を知り尽くし、日本人を知り尽くした――最強の敵。
張り合う相手として考えたら、厄介この上ない人ですって!
「だから、ゆに公が日本へ上陸したら身柄を押さえねばならん。誰よりも先んじて」
「押さえられるでしょうか?」
「できなきゃ悠弐子は犯罪者として収監されるぞな」
ぴぽーん!
つけっぱなしにしてたテレビから、ニュース速報のSEが鳴り響く。
『ええ、ここで臨時ニュースをお伝えします』
急遽画面は報道フロアへ切り替わり、アナウンサーが即席の原稿を読み始める。
『霞城市に於いて何者か、武器を所持した不審者が暴れ回っているとの情報が入りました』
「…………えっ?」
あろうことかアナは、私たちが最も聞きたくないニュースを伝えてきた。




