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情報を操る女

「空也さんは……叶湖さんとどういう関係なんですか?」

「商人と客。或いは、喫茶店のマスターと客、だよ」

「そうですか。……分かりました」

 空也の言葉に黒依が静かに頷いた。




 そんな黒依様子にくつくつと喉を鳴らして空也が哂う。

「それじゃ、そんな従順なポチに、大サービスで1つ教えてやろう」

「え?」

「……お前は既に1度、お前の所為で叶湖を泣かせているぞ」

「え……」

 笑みを消して真剣な表情で告げた空也に、黒依はきょとん、と顔を見返す。

 黒依は自分が首を絞めたことで叶湖を泣かせたことなど、既に承知の上である。

 そんな黒依の様子に、空也の表情はだんだんと険しいものになった。




「さてはお前、お前が意識を取り戻してから、既に叶湖を泣かせたな?」

「え、えぇ……、はい。空也さんは、叶湖さんから聞いたんじゃないんですか?」

「アイツが、自分が泣かされた話を他人にすると思うか?」

「ですよね」

 空也の言葉に返したところで、ある可能性に気付いた黒依はさ、と青ざめた。

「僕が意識を取り戻す前にも、叶湖さんを泣かせてしまった、ということですか」

「ビンゴだ、ポチくん」




 そんな黒依を肯定して、空也は溜息をついた。

「俺は言っただろ? また飲んだのか、って。こんなに強い薬を、さすがの叶湖も濫用しない。これを飲むのは、アイツが何の備えもなく、急激な痛みに襲われたときだけ、だ」

「そんな痛みを、どこで……」

「拾われてすぐに見なかったか? アイツの手」

 空也の言葉に黒依は目を見開いた。

「見ました……そうか、僕を引きずった時に……」




「そう。お前を拾うと決めたものの、その持ち運びの仔細まで思い至らなかったんだろ。叶湖にしては珍しいミスだが。寝袋までは用意したが、人ひとりが入ったそれを、アイツの力で無事に運べるわけがない。が、1度家に帰って薬を飲むこともせずに、アイツは力技でお前を連れ帰った」

空也の言葉に黒依が顔色を悪くする。

「そんな……結構な距離がありますよね……なんで、そんな無茶を……」




「さぁ、な。だが、そうまでしてお前を連れ帰ったんだ、叶湖は。……そこまで手を焼いてるお前が知りたがるなら、アイツ自身が答えると思うぜ。元々、叶湖は親しい人間に隠しごとをする人間じゃない。自分の仕事以外では、ラフなヤツだから」

「……分かりました」

「あぁ、あと、これは忠告だが、アイツを泣かしたことは他の連中にはバレないようにしろよ。俺は薬の調達もあって、実情を掴んでる方だが、客の中には叶湖の信者をしてるようなヤツもいる。お前が泣かしたっつーと、何かと面倒くさいことになりかねない」

 その忠告に黒依が大人しく頷いたのを見ると、空也は席から立ち上がった。




「特別に、珈琲も飲まずに帰ってやるよ。次きた時は、ちゃんと淹れろよ」

「すみません。……ありがとうございます」

「おう、感謝しな。さっさと帰って、ぐったりしてるアイツの傍にでもいるんだな」

「はい」

 空也がひらひらと手を振りながら店から出て行ったのを見て、黒依は深い溜息をつくと、重い足取りで叶湖のマンションへと戻って行った。







「おはようございます」

 次の朝、黒依がソファで目覚めると、ちょうど、叶湖が部屋から出てきたところだった。

「もう、大丈夫なんですか?」

「えぇ、おかげさまで」

 叶湖の顔には、いつもの笑顔が浮かんでいる。もしかすると、薬は飲んでいるのかもしれないが、それでも、昨日の憔悴は見るかげもなかった。

 洗面所で身支度を終えた叶湖がリビングに戻って、黒依ににっこりと微笑んだ。

「おでかけ、楽しかったですか?」




 ざ、と黒依が青ざめたのを見て、叶湖がくすくすと笑う。

「そんな顔をしなくても、怒ったりしませんよ。何をしていたのかは掴んでいます。空也に怒られてきたんでしょう?」

 叶湖のからかうような声に、黒依は落ち込んだようにコクリと頷く。

「すみません、……アナタのことがあまりに心配で……いえ、言い訳はしません。もう二度と、勝手に調べたりはしないと誓います」




「そんなに反省せずとも構いませんよ。私のためだったんですね、などと感謝もしませんが、勝手なことを、と怒るつもりもありません。好きにすればいいんです。あぁ、これはアナタを見放したわけではなく、そうですね……放任とでもいいましょうか。私が気に障ることは、遠慮なくそう言います。つまり、それ以外は何をしてもよいということです。私のことを人に聞くのも構いません。まぁ、私を知る人たちの中で、冗談以外で、私の許可なく私の話をする人間はいませんが」




「よく、分かりました」

 昨日のことを思い浮かべた黒依が、しゅん、と肩を落とす。

「同じように、アナタも私の話を私の許可なく人にしてはいけません」

「はい……」

「それはね、黒依。今、こうして家の中にいる私の姿など、知っているのはアナタだけだということなんですよ」

 その言葉に驚いて叶湖を見上げる黒依の前で、叶湖はいたずらが成功した子どものように笑ってみせた。




「朝食にしましょう。準備してらっしゃい」

一瞬の後、叶湖はいつもの笑顔に戻って黒依を促すが、黒依はしっかりと頷いて立ち上がった。



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