6日目・7日目
次の日、昼前に起きた叶湖が黒依の様子を伺うと、涙の痕を頬に残した黒依がぼぅ、と叶湖を見返した。
「おはようございます。今日は、寝返りうちましょうか。さすがに、床擦れが酷くなりそうなので。試しに、意識は落とさないであげますので、抵抗せずにいてください。大人しくできなかったら……分かりますよね?」
叶湖はそれだけ言うと、まず、黒依を拘束している足かせを外した。ついでに、湯で濡らしてきたタオルで、下半身を拭き、衣類を新しいものに変えると、先ほどのものより長い足かせで拘束しなおした。
次いで、手錠の方は、長いものに付け替えてから、短い方を外す。
その際、足も、手も、ついでに首も、血がにじんだ擦過傷に軟膏を塗り、ガーゼをあててから嵌めなおす。
足と腕をそれぞれ繋ぐ鎖に余裕が出来たことで、黒依の身体が横を向けるようになった。黒依を横に向け、真っ赤になっている背面をタオルで拭いていく。
それが終わると、黒依の背中が当たる部分に柔らかな毛布を敷き、それが下になるように、再び黒依を仰向けにした。
「よくできました。……横を向きたくなったら自分で向いてくださいね」
叶湖がそう言いながら、くしゃり、と髪をなでると、それを皮切りにしたように、黒依が再び涙を流し始めた。
「……また泣くんですか」
「こんなに手をかけてまで、僕を服従させたいんですか」
「えぇ、そのとおり」
「どうして……僕は、何もできない、ただのヒトゴロシなのに……」
「アナタが何もできないかどうかは、私が決めます。と、いうか、私がアナタをいじめるのに、アナタに何ができるか、は関係ありません。別に曲芸を見たいわけじゃありませんから」
ニッコリと笑み返す叶湖に、黒依は顔を歪ませて泣き続ける。が、本人は無意識なのだろう、黒依の頭に乗せたままの叶湖の手に、僅かに彼が擦り寄るのを感じた。
叶湖は口の端だけで笑うと、満足げに黒依の頭をなで続ける。
「ひとつ……教えて、ください」
「はい、機嫌がいいので、いいですよ。答えられるものに限りますけど」
黒依の頭から離れた手が、優しくその涙を拭う。
黒依の身体をとことんまで拘束し、毒薬でもって苦しめる手腕は凶悪そのものであるが、身体を拭き、頭を撫で、その涙を拭う叶湖の手つきはどれも優しい。そのギャップに黒依は理解が及ばずに思考の渦へと飲みこまれる。
「名前……」
「名前?」
黒依の言葉に叶湖がこてん、と首をかしげた。
「アナタの、名前を……」
そう、口にした黒依の言葉に、叶湖は笑みをこれまで以上に深く、深くしていった。
「ふふっ。これだから、人相手は楽しいんですよねぇ。……いいですよ。教えてあげます。私は叶湖。よろしくお願いしますね、黒依」
「叶湖、さん……」
呟いた黒依は、疲れが出たように目を蕩けさせ、間もなく意識が落ちて行った。
また、次の日。
その日は朝早くから黒依が毒薬に呻いていたので、起き出した叶湖はまず、2本の注射の措置を行う。
「叶湖さん……」
「はい?」
「叶湖さ、……」
叶湖の名前をうわ言のように呟きながら、また涙を流している黒依に叶湖はふふっ、と笑ってその髪をなでる。その手に擦り寄って、安心したように泣きやむ黒依に、叶湖は面白そうに、その様子を見下ろしていた。
キリが悪いので短めの話がしばらく続きます。
このお話から、1日1話更新にします。




