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いちゞくの花  作者: イヲ
第十一花
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-4-

 朝、儀式のようにポストのなかを覗く。

 そして、いつもとおなじ封とうが置かれていることに安堵する。


「……」


 居間にもどり、祖父がつかっていたペーパーナイフで、そっと封を切る。

 この紙を切る音を、何度聞いただろう。

 なかに入っているお守りを取り出そうと、封とうに手を入れた直後、違和感をおぼえた。

 お守りのほかに、何かが入っている。

 紙だ。


「手紙……」


 それは、便せんだった。

 すこしくせのある字は、明宜自身のものだ。

 

「……珊瑚さん」


 その手紙は、永劫の身を案じる内容だった。

 やさしいその文章。だが、その文字列には、やはりどこにいるのか、いつ帰るのかは書かれていない。

 そうして、もうじき誕生日である永劫を祝うことばがあった。




 永劫くんへ

 

 お久しぶりです。

 いや、若菜さんから手紙を渡されたようなので、久しぶりでもないかな。

 それでも手紙を入れたのは、初めてです。

 手紙を書いたのも本当に久しぶりで、実際に会ってはなしたいことはたくさんあるのに、こうして文字を綴るとなにを書けばいいのか分からなくて、躊躇しました。

 でも、どうしても伝えたいことがあったので、手紙にします。

 

 そばにいられなくてごめん。

 きみのことはずっとずっと、想っています。

 この空がそれを伝えてくれたら、と、柄にもないことを思いました。

 せめて、そう感じてくれたらうれしいです。

 

 もう、5月になりましたね。

 きみの誕生日の月です。21歳になるのかな。もう、あれから1年がたとうとしています。

 もし、俺のことを案じてくれているのなら、心配いりません。

 俺は元気でやっています。ついでに、鈴鹿も元気です。

 (鈴鹿が書けと言っていたから、書きました。)

 

 手紙に書いたとおり、俺のことは心配しないでほしい。

 でも、すこしだけ不安です。

 きみと離ればなれになって、いや、俺が勝手に出て行ったから、そんなことを言う資格なんてないかな――俺は毎日、とてもさみしい。

 ずっと、きみと一緒にいれると思っていた。それでもひとの生というものは、とても残酷です。

 だから、なにひとつ思うとおりにいらないということもあります。

 それでも、きみと出会えたことは、とても幸福なことです。でした、とは言いません。俺はいまも、そう思っています。

 残酷だとは思いたくない。それが痛みやつらさを生むとしても。

 俺は、きみのことが好きだ。

 それだけは、俺の唯一の真実です。すべて嘘だとしても、それだけは真実です。

 どうか、信じていてください。

 けど、1年もはなれていればきみのこころが離れてしまうこと、それも分かっています。

 きみがもし、俺ではないだれかを好きになってしまったら、俺はそれを受け入れます。だれも、こころを縛ることはできないですから。

 でも俺は信じています。

 せめて、そう信じさせていてください。

 

 きみが好きです。その気持ちは変わりません。

 そして、なにがあろうと、俺はきみの味方です。

 不安を感じているのだとおもいます。でも、その不安のかたすみに、俺がいると思ってください。

 俺も、きみをそばに感じたい。

 ほんとうは、きみのそばにいたい。

 ずっと、ずっと。

 朝、おはようと笑ってくれたきみを、俺は大切にしたい。

 

 だから、心配しないでください。

 これからも今までも、きみは俺の宝物です。


 それから、もうじき誕生日ですね。

 おめでとう。もう、21歳になるんですね。

 月日がたつのはとてもはやい。

 今度会えるときは俺が探してきた、きみが生まれた年のワインを買ってきます。

 ふたりだけで、乾杯しましょう。


 その日をずっとずっと、待っています。




 追伸・鈴鹿は今日も「イイ子」を探しています。そんな滅多に現れたりしないのに、ご苦労なことです。







 明宜のやさしく、永劫を思いやることば。

 ぐっと、くちびるを噛みしめる。

 やさしかった。

 そのことばたちは、ただただ、やさしかった。

 視界がゆがむ。

 そして、泣くのだと知った。

 どこか他人事のような思い。

 かすかな霧がかかったように生きてきたこの1年間を、ゆるしてくれるような気がした。


 待っている、信じている、と。

 そう思っていても、不安だった。

 ずっとずっと、不安だったのだ。

 会えないということが、こんなにももどかしくて、辛いことだったなんて、思いもしなかった。

 痛むほど。

 ひとの生は後悔ばかりで、そしてそれを積み重なっていくものだろう。それが残酷な鋭い硝子の破片となって、突き刺してゆく。

 そして、血を流しながら生きていくのだ。

 傷つかない生なんて、ないのだから。


「……。あんた以外のだれかを好きになるなんて、ない……」


 喉が痛む。

 目頭が熱をもったように熱い。

 便せんを机のうえに置く。

 そして、そっと、明宜にことばを送るように、泣いた。


 かなしみの涙ではなかった。

 かといって、うれしいときに流す涙でもない。

 自分でも何が何だか分からなかった。

 ただ、こころのなかの何かを洗い流すように、ただ涙がこぼれおちた。


「珊瑚さん」


 そこにいるように、永劫はつぶやく。


「俺もさみしい。すごく」


 そのことばは、休日の、かすかな雨音に消えていった。

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