-4-
朝、儀式のようにポストのなかを覗く。
そして、いつもとおなじ封とうが置かれていることに安堵する。
「……」
居間にもどり、祖父がつかっていたペーパーナイフで、そっと封を切る。
この紙を切る音を、何度聞いただろう。
なかに入っているお守りを取り出そうと、封とうに手を入れた直後、違和感をおぼえた。
お守りのほかに、何かが入っている。
紙だ。
「手紙……」
それは、便せんだった。
すこしくせのある字は、明宜自身のものだ。
「……珊瑚さん」
その手紙は、永劫の身を案じる内容だった。
やさしいその文章。だが、その文字列には、やはりどこにいるのか、いつ帰るのかは書かれていない。
そうして、もうじき誕生日である永劫を祝うことばがあった。
永劫くんへ
お久しぶりです。
いや、若菜さんから手紙を渡されたようなので、久しぶりでもないかな。
それでも手紙を入れたのは、初めてです。
手紙を書いたのも本当に久しぶりで、実際に会ってはなしたいことはたくさんあるのに、こうして文字を綴るとなにを書けばいいのか分からなくて、躊躇しました。
でも、どうしても伝えたいことがあったので、手紙にします。
そばにいられなくてごめん。
きみのことはずっとずっと、想っています。
この空がそれを伝えてくれたら、と、柄にもないことを思いました。
せめて、そう感じてくれたらうれしいです。
もう、5月になりましたね。
きみの誕生日の月です。21歳になるのかな。もう、あれから1年がたとうとしています。
もし、俺のことを案じてくれているのなら、心配いりません。
俺は元気でやっています。ついでに、鈴鹿も元気です。
(鈴鹿が書けと言っていたから、書きました。)
手紙に書いたとおり、俺のことは心配しないでほしい。
でも、すこしだけ不安です。
きみと離ればなれになって、いや、俺が勝手に出て行ったから、そんなことを言う資格なんてないかな――俺は毎日、とてもさみしい。
ずっと、きみと一緒にいれると思っていた。それでもひとの生というものは、とても残酷です。
だから、なにひとつ思うとおりにいらないということもあります。
それでも、きみと出会えたことは、とても幸福なことです。でした、とは言いません。俺はいまも、そう思っています。
残酷だとは思いたくない。それが痛みやつらさを生むとしても。
俺は、きみのことが好きだ。
それだけは、俺の唯一の真実です。すべて嘘だとしても、それだけは真実です。
どうか、信じていてください。
けど、1年もはなれていればきみのこころが離れてしまうこと、それも分かっています。
きみがもし、俺ではないだれかを好きになってしまったら、俺はそれを受け入れます。だれも、こころを縛ることはできないですから。
でも俺は信じています。
せめて、そう信じさせていてください。
きみが好きです。その気持ちは変わりません。
そして、なにがあろうと、俺はきみの味方です。
不安を感じているのだとおもいます。でも、その不安のかたすみに、俺がいると思ってください。
俺も、きみをそばに感じたい。
ほんとうは、きみのそばにいたい。
ずっと、ずっと。
朝、おはようと笑ってくれたきみを、俺は大切にしたい。
だから、心配しないでください。
これからも今までも、きみは俺の宝物です。
それから、もうじき誕生日ですね。
おめでとう。もう、21歳になるんですね。
月日がたつのはとてもはやい。
今度会えるときは俺が探してきた、きみが生まれた年のワインを買ってきます。
ふたりだけで、乾杯しましょう。
その日をずっとずっと、待っています。
追伸・鈴鹿は今日も「イイ子」を探しています。そんな滅多に現れたりしないのに、ご苦労なことです。
明宜のやさしく、永劫を思いやることば。
ぐっと、くちびるを噛みしめる。
やさしかった。
そのことばたちは、ただただ、やさしかった。
視界がゆがむ。
そして、泣くのだと知った。
どこか他人事のような思い。
かすかな霧がかかったように生きてきたこの1年間を、ゆるしてくれるような気がした。
待っている、信じている、と。
そう思っていても、不安だった。
ずっとずっと、不安だったのだ。
会えないということが、こんなにももどかしくて、辛いことだったなんて、思いもしなかった。
痛むほど。
ひとの生は後悔ばかりで、そしてそれを積み重なっていくものだろう。それが残酷な鋭い硝子の破片となって、突き刺してゆく。
そして、血を流しながら生きていくのだ。
傷つかない生なんて、ないのだから。
「……。あんた以外のだれかを好きになるなんて、ない……」
喉が痛む。
目頭が熱をもったように熱い。
便せんを机のうえに置く。
そして、そっと、明宜にことばを送るように、泣いた。
かなしみの涙ではなかった。
かといって、うれしいときに流す涙でもない。
自分でも何が何だか分からなかった。
ただ、こころのなかの何かを洗い流すように、ただ涙がこぼれおちた。
「珊瑚さん」
そこにいるように、永劫はつぶやく。
「俺もさみしい。すごく」
そのことばは、休日の、かすかな雨音に消えていった。




