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明宜はうれしそうに口元をゆるめ、うん、とうなずく。
それから、ありがとう、とも。
「本当は、ずっと隠しておきたかったんだけどさ。でも、そんなの不公平だろう?」
「……」
素直にうなずいて、漆のような、ぬれた色を持つ机の上に並べられた料理を見下ろした。
魚料理がメインであとはきのこ料理や、野菜をふんだんにつかった鍋、そして栗の渋皮煮も上品にならべられている。
そういえば、日本酒がとっくりに入っているが、明宜はまったく手をつけていない。
「どうして酒、飲まないんですか? せっかくあるのに」
「だってきみ、飲めないでしょ。それに酔ったら、いろいろ分からなくなるじゃない」
「は? なにが?」
「うん。いろいろとね」
彼はすこしだけ笑って、酒ではなく、水を飲んだ。
別にそんなこと気にしないというのに。そう伝えても、明宜は酒に手をつけようとはしない。
「もったいないじゃないですか」
「うん、まあね。でもシラフでいたいからさ」
「――? そんなもんですか」
「そんなものだよ」
もったいないとは思うが、永劫はまだ19歳なので酒は飲まないし、たぶん二十歳になってもそんなに飲んだくれにはならないだろう。
酒の力は怖いと、あの暑気払いで思い知った。
「あのさ、きみ、分かってるよね」
「何がですか?」
「俺は、もう自分の心に嘘をつかないし、きみにも嘘をつかない。それって、どういうことなのか分かってる?」
「……ええ、まあ。そうさせたのは俺ですし」
ほとんど誘導尋問のようなものだった気がする。明宜は飴色の目を細めて、くちもとをゆるめた。
明宜の、生身の心。むきだしの心を思い知ることがどういうことなのか、自分自身分かっているつもりだ。
その結果、どういうことになろうとも、永劫はすべてを飲み込むつもりなのだから。
「残酷だよ。俺は」
「分かってますよ。それくらい。そんなこと言ってないで、手を動かしてください。せっかくの料理が冷めるでしょう」
「……うん。そうだね、ごめん」
ちいさく笑った明宜は、どこか吹っ切れたような表情をしている気がする。
今までの彼自身がすべて嘘だったというわけではないだろうけど、まるで赤い段幕が上がるように、彼自身の本心を垣間見た気がした。
おなじように、先刻の明宜がすべてというわけでもないだろう。
それからは、互いに話すことはなかった。
明宜がなにを考えているのかは分からない。ただ、永劫は箸を動かしながら「自分はいったい何を言ってしまったのだろう」と内心ひどい後悔をしていた。
これから何をするかなどと、永劫にも分かっている。
そして、いやだと言えば明宜はやめるだろう。だが、そんなことはしたくはない。プライドなどといえば、安っぽいかもしれないが、たしかにそういうものに似た意識を永劫は感じている。
「……」
食事が済んでも、明宜は野良神避けの煙草を吹かし始めたが、何も話さずにただぼんやりと天井を見上げていた。
永劫は机を挟んで座っているだけで、何を話せばいいのか分からないままだ。
布団は隣の座敷に敷いてもらってある。
「永劫くん」
「な、なんですか?」
「あのさ。無理しなくてもいいんだよ。俺はまだ、待てるだろうから」
つかえてしまった言葉をおちょくることもなく、明宜はささやくようにこぼした。
まだ、ということは、たぶんその先はすくないのだろうと理解する。だから、かぶりを振った。
「そんなの、いつになるか分からないですよ」
「そっか。俺も、そうそう待てるようなできた人間じゃないからね」
煙草を灰皿に押しつぶして、頭をぼりぼりと掻く。わずかにまだぬれていて、束になっていた。
背中を丸めながら、明宜が立ち上がる。その動作に思わず肩がすくみ、めざとく見つけられたせいでかすかに笑われた。
「……笑うな」
「ごめんごめん」
口元をゆるめて、すっと手を差し出される。
その手を取ろうか取るまいか迷っていると、明宜は再びちいさくほほえんだ。
「畳の上でっていうのもいいけど、背中痛くなるよ」
「う、うるさい」
その手を取らず、自分で立ち上がる。そして明宜を見上げるも、自分でも分かるほど肩が力んでいることに失笑した。
明宜はいつも通り、なにを考えているのか分からない表情をしている。
それがすこし悔しく感じるも、なにも言えやしない。
「ずいぶん、余裕そうですね」
苦し紛れに出た言葉は、かわいげの一つもないものだった。
それでも明宜は笑って、「そんなことないよ」と笑ってみせるその姿がすこしだけ、腹立たせるも今更どうしようもない。
「すごく緊張しているんだけどな」
「そんな風に見えないけど」
呟いたあと、いきなり腕を捕まれて明宜自身の胸に手のひらを押しつけられた。
思わず息をつめる。なぜなら、鼓動がひどい速度で打っていたからだ。
「……」
「分かってくれた? どれくらい、俺が緊張しているかって」
「……うん」
頷かざるを得なかった。
その鼓動がひどくリアルだったからだ。
ほおをそうっと撫でられて、背筋がわななく。そのまま深くくちづけられた。ぬめった舌が口内をゆっくりとぬぐっている。
「ん……っ」
鼻にかかったような吐息が自分から聞こえることが耐えられない。目をきつく閉じると、情けなく目尻に涙が浮かんだ。




