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いちゞくの花  作者: イヲ
第七花
46/68

-8-

明宜はうれしそうに口元をゆるめ、うん、とうなずく。

それから、ありがとう、とも。


「本当は、ずっと隠しておきたかったんだけどさ。でも、そんなの不公平だろう?」

「……」


素直にうなずいて、漆のような、ぬれた色を持つ机の上に並べられた料理を見下ろした。

魚料理がメインであとはきのこ料理や、野菜をふんだんにつかった鍋、そして栗の渋皮煮も上品にならべられている。

そういえば、日本酒がとっくりに入っているが、明宜はまったく手をつけていない。


「どうして酒、飲まないんですか? せっかくあるのに」

「だってきみ、飲めないでしょ。それに酔ったら、いろいろ分からなくなるじゃない」

「は? なにが?」

「うん。いろいろとね」


彼はすこしだけ笑って、酒ではなく、水を飲んだ。

別にそんなこと気にしないというのに。そう伝えても、明宜は酒に手をつけようとはしない。


「もったいないじゃないですか」

「うん、まあね。でもシラフでいたいからさ」

「――? そんなもんですか」

「そんなものだよ」


もったいないとは思うが、永劫はまだ19歳なので酒は飲まないし、たぶん二十歳になってもそんなに飲んだくれにはならないだろう。

酒の力は怖いと、あの暑気払いで思い知った。


「あのさ、きみ、分かってるよね」

「何がですか?」

「俺は、もう自分の心に嘘をつかないし、きみにも嘘をつかない。それって、どういうことなのか分かってる?」

「……ええ、まあ。そうさせたのは俺ですし」


ほとんど誘導尋問のようなものだった気がする。明宜は飴色の目を細めて、くちもとをゆるめた。


明宜の、生身の心。むきだしの心を思い知ることがどういうことなのか、自分自身分かっているつもりだ。

その結果、どういうことになろうとも、永劫はすべてを飲み込むつもりなのだから。


「残酷だよ。俺は」

「分かってますよ。それくらい。そんなこと言ってないで、手を動かしてください。せっかくの料理が冷めるでしょう」

「……うん。そうだね、ごめん」


ちいさく笑った明宜は、どこか吹っ切れたような表情をしている気がする。

今までの彼自身がすべて嘘だったというわけではないだろうけど、まるで赤い段幕が上がるように、彼自身の本心を垣間見た気がした。

おなじように、先刻の明宜がすべてというわけでもないだろう。


それからは、互いに話すことはなかった。

明宜がなにを考えているのかは分からない。ただ、永劫は箸を動かしながら「自分はいったい何を言ってしまったのだろう」と内心ひどい後悔をしていた。

これから何をするかなどと、永劫にも分かっている。

そして、いやだと言えば明宜はやめるだろう。だが、そんなことはしたくはない。プライドなどといえば、安っぽいかもしれないが、たしかにそういうものに似た意識を永劫は感じている。


「……」


食事が済んでも、明宜は野良神避けの煙草を吹かし始めたが、何も話さずにただぼんやりと天井を見上げていた。

永劫は机を挟んで座っているだけで、何を話せばいいのか分からないままだ。


布団は隣の座敷に敷いてもらってある。


「永劫くん」

「な、なんですか?」

「あのさ。無理しなくてもいいんだよ。俺はまだ、待てるだろうから」


つかえてしまった言葉をおちょくることもなく、明宜はささやくようにこぼした。

まだ、ということは、たぶんその先はすくないのだろうと理解する。だから、かぶりを振った。


「そんなの、いつになるか分からないですよ」

「そっか。俺も、そうそう待てるようなできた人間じゃないからね」


煙草を灰皿に押しつぶして、頭をぼりぼりと掻く。わずかにまだぬれていて、束になっていた。

背中を丸めながら、明宜が立ち上がる。その動作に思わず肩がすくみ、めざとく見つけられたせいでかすかに笑われた。


「……笑うな」

「ごめんごめん」


口元をゆるめて、すっと手を差し出される。

その手を取ろうか取るまいか迷っていると、明宜は再びちいさくほほえんだ。


「畳の上でっていうのもいいけど、背中痛くなるよ」

「う、うるさい」


その手を取らず、自分で立ち上がる。そして明宜を見上げるも、自分でも分かるほど肩が力んでいることに失笑した。

明宜はいつも通り、なにを考えているのか分からない表情をしている。

それがすこし悔しく感じるも、なにも言えやしない。


「ずいぶん、余裕そうですね」


苦し紛れに出た言葉は、かわいげの一つもないものだった。

それでも明宜は笑って、「そんなことないよ」と笑ってみせるその姿がすこしだけ、腹立たせるも今更どうしようもない。


「すごく緊張しているんだけどな」

「そんな風に見えないけど」


呟いたあと、いきなり腕を捕まれて明宜自身の胸に手のひらを押しつけられた。

思わず息をつめる。なぜなら、鼓動がひどい速度で打っていたからだ。


「……」

「分かってくれた? どれくらい、俺が緊張しているかって」

「……うん」


頷かざるを得なかった。

その鼓動がひどくリアルだったからだ。


ほおをそうっと撫でられて、背筋がわななく。そのまま深くくちづけられた。ぬめった舌が口内をゆっくりとぬぐっている。


「ん……っ」


鼻にかかったような吐息が自分から聞こえることが耐えられない。目をきつく閉じると、情けなく目尻に涙が浮かんだ。


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