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――この世界に、理由がないものなんて、あるのかい?
理由がないものなんて、この世界にたくさんあるよ。
何のために存在しているのかさえ分かっていない自分。
こんな自分は生きている資格も価値もない。
自分の価値も見いだせないような人間に、生きる資格はないだろう。
誰かにそれを乞う勇気もなく、ただ閉じこもっているだけの生はなんて醜くて、なんて汚いのだろう。
自分を卑下して、信じることもできずに生きているのなら、いっそのこと。
何かが倒れる音が聞こえた。
重たすぎる瞼を無理やり開く。
「……?」
また倒れていたのだろうか。頭はまだぼんやりとしていて、思考がうまくできない。
自分の貧弱な思考と体力に今は失笑するしかないだろう。
「なにするのよ! お父様に言いつけるわよ!? あなたは私の彼氏でしょう!」
「……もうあなたとは別れたはずですが」
ひやりとするほど、氷のような冷たい声が聞こえる。
隣の座敷だ。
どのくらいの時間、気を失っていたのだろうか。
あれからまだ数分しかたっていないような気がするし、一時間もたっているような気もする。
聞くつもりはない。
そんな勇気も、趣味もない。
――だから、自分は駄目なんだ。
弱くてずるくて、わがままで。
いっそのこと。
この命を絶てたら、どれほど楽だろう。
記憶も思い出も何もないのなら、生きていないのと同じだ。
何も感じたくない。
これ以上、辛い思いも苦しい思いもしたくない。
こうして畳に這いつくばって、無様な思いを抱えて、一体何の意味があると言うのだろう。
意識がもうろうとする。
このまま、意識を手放せたらきっと楽だろう。
それでも、あの声が、あのやさしい声が邪魔をする。
自分を呼ぶ、あの声が。
それでも、その声も徐々にちいさくなって、消えてゆく。
このまま目を閉じることができたら、ずっと、きれいな夢を見て眠れる気がする。
「永劫くん!」
許してくれない。
眠ることを、すべてを捨ててしまうことを。
弱いからと、苦しいからといじけて拗ねることを許さない。
「……」
ぼんやりとする視界では、うまくピントが合わない。
ただ、抱きかかえられているであろう、わずかな浮力を感じる。
明宜の後ろに、冷たい人形のような高桐美鈴が立ったまま、こちらを睨んでいた。
「そう。このガキが、今度の遊び相手ってわけ」
「……」
遊び相手。
その言葉が胸に突き刺さる。
だけど、そうだろう。やはり、そうだったはずだ。
明宜には、ちゃんとした彼女がいる。
自分はちょっとした、遊び相手だった。
それで納得がいく。
「……。やっぱり、あんたは」
「永劫くん」
「だめじゃないか。こんな遊び相手に手を貸しちゃ」
「永劫くん」
「高桐さんっていう、ちゃんとした彼女がいるんだからさ。俺、は」
――俺は。
「違う。永劫くん。俺は」
「このガキの言う通りよ。ねえ、明宜。遊び相手なんて放っておいて、今日、パーティーがあるの。一緒に行きましょうよ。今までの無礼は許してあげるから」
やわらかい声。
やわらかいにおい。
自分にはないものばかりだ。
もう、いい。
すべて、全部全部いけないのは自分だ。
明宜は悪くはない。
何も、悪くはない。
「――ひ……っ」
呼吸がひきつる。苦しい。苦しい。
苦しいのは心なのか、呼吸なのかさえ分からない。
ただただ無様で、みじめだった。
明宜が何かを叫んでいる。
それを冷ややかに高桐美鈴が見つめている。
涙でも流れているのか視界は滲んで、輪郭だけしか分からないのに、彼女の冷たい視線だけははっきりと分かる気がした。
「……」
信じることが怖かった。
傷つくことも怖かった。だから心に蓋をして、そして野良神を心に飼った。
そう願ったのは自分。
世界を映すことさえ怖くて、世界を捻じ曲げた。
(俺には、もう理由がない。)




