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いちゞくの花  作者: イヲ
第六花
34/68

-4-

――この世界に、理由がないものなんて、あるのかい?



理由がないものなんて、この世界にたくさんあるよ。

何のために存在しているのかさえ分かっていない自分。

こんな自分は生きている資格も価値もない。

自分の価値も見いだせないような人間に、生きる資格はないだろう。

誰かにそれを乞う勇気もなく、ただ閉じこもっているだけの生はなんて醜くて、なんて汚いのだろう。

自分を卑下して、信じることもできずに生きているのなら、いっそのこと。




何かが倒れる音が聞こえた。

重たすぎる瞼を無理やり開く。


「……?」


また倒れていたのだろうか。頭はまだぼんやりとしていて、思考がうまくできない。

自分の貧弱な思考と体力に今は失笑するしかないだろう。


「なにするのよ! お父様に言いつけるわよ!? あなたは私の彼氏でしょう!」

「……もうあなたとは別れたはずですが」


ひやりとするほど、氷のような冷たい声が聞こえる。

隣の座敷だ。

どのくらいの時間、気を失っていたのだろうか。

あれからまだ数分しかたっていないような気がするし、一時間もたっているような気もする。


聞くつもりはない。

そんな勇気も、趣味もない。


――だから、自分は駄目なんだ。

弱くてずるくて、わがままで。


いっそのこと。

この命を絶てたら、どれほど楽だろう。

記憶も思い出も何もないのなら、生きていないのと同じだ。

何も感じたくない。

これ以上、辛い思いも苦しい思いもしたくない。

こうして畳に這いつくばって、無様な思いを抱えて、一体何の意味があると言うのだろう。


意識がもうろうとする。

このまま、意識を手放せたらきっと楽だろう。

それでも、あの声が、あのやさしい声が邪魔をする。

自分を呼ぶ、あの声が。


それでも、その声も徐々にちいさくなって、消えてゆく。

このまま目を閉じることができたら、ずっと、きれいな夢を見て眠れる気がする。



「永劫くん!」


許してくれない。

眠ることを、すべてを捨ててしまうことを。

弱いからと、苦しいからといじけて拗ねることを許さない。


「……」


ぼんやりとする視界では、うまくピントが合わない。

ただ、抱きかかえられているであろう、わずかな浮力を感じる。


明宜の後ろに、冷たい人形のような高桐美鈴が立ったまま、こちらを睨んでいた。


「そう。このガキが、今度の遊び相手ってわけ」

「……」


遊び相手。

その言葉が胸に突き刺さる。

だけど、そうだろう。やはり、そうだったはずだ。

明宜には、ちゃんとした(・・・・・・)彼女がいる。

自分はちょっとした、遊び相手だった。

それで納得がいく。


「……。やっぱり、あんたは」

「永劫くん」

「だめじゃないか。こんな遊び相手に手を貸しちゃ」

「永劫くん」

「高桐さんっていう、ちゃんとした彼女がいるんだからさ。俺、は」


――俺は。


「違う。永劫くん。俺は」

「このガキの言う通りよ。ねえ、明宜。遊び相手なんて放っておいて、今日、パーティーがあるの。一緒に行きましょうよ。今までの無礼は許してあげるから」


やわらかい声。

やわらかいにおい。

自分にはないものばかりだ。


もう、いい。

すべて、全部全部いけないのは自分だ。

明宜は悪くはない。

何も、悪くはない。


「――ひ……っ」


呼吸がひきつる。苦しい。苦しい。

苦しいのは心なのか、呼吸なのかさえ分からない。

ただただ無様で、みじめだった。


明宜が何かを叫んでいる。

それを冷ややかに高桐美鈴が見つめている。

涙でも流れているのか視界は滲んで、輪郭だけしか分からないのに、彼女の冷たい視線だけははっきりと分かる気がした。





「……」


信じることが怖かった。

傷つくことも怖かった。だから心に蓋をして、そして野良神を心に飼った。

そう願ったのは自分。

世界を映すことさえ怖くて、世界を捻じ曲げた。




(俺には、もう理由がない。)


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