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いちゞくの花  作者: イヲ
第六花
33/68

-3-

一応、お客という扱いをしなければならないだろう。

茶をいれて差し出すと、まるで無視を見るかのような目で永劫を見上げた。


「信じらんない! この私に緑茶ですって!?」

「!」


そう叫んで、――湯呑を投げ捨てた。

畳に茶が散らばって、こん、と音がする。


「私を誰だと思ってるのよ! 高桐薬品社長の娘よ! 明宜を出しなさいよ! 早く!」

「……珊瑚さんは外出中と言ったはずですけど」


湯呑を拾い、ふきんで畳の上をぬぐう。湿ってしまっているが、大丈夫だろうか。

この高桐美鈴という女は、自分の思うとおりにならないとかんしゃくを起こす人間らしい。

そういう人間は、どこかで見た気がする。

記憶の泥のなかにうずまっていて、どこにあるのか分からないが。


ぼそりと呟くと、彼女は再びきんきんする声で叫び始めた。


「いいから! 早く出しなさいよ! 私は明宜の彼女よ!? どこにいたって、駆けつけるのが普通でしょ!」


――彼女。

どこかぼんやりとする頭に、その二文字が刻まれる。

まさか、という思いと、やっぱりか、という思いが次に浮き出た。

それでもまるで石で頭を殴られたかのような感覚に、わずか失笑する。


よくよく考えてみれば、ふつう男と付き合うよりも、女と付き合った方がいい。

世間一般的に考えれば、そうなのだろう。


それでも、信じたかった。

疑ってはいたものの、本当は。

少なからずショックを受けている自分がどこかむなしい。


「ちょっと、暑いじゃない。エアコンつけなさいよ」

「ありませんよ、そんなもの」

「じゃあ買ってきてよ。今すぐ」

「……」


暴言にイライラするよりも、頭は今休息を求めている。ぼんやりとして、とてもじゃないが思考がうまくできる状態じゃない。


すこし疲れた。

女はぎゃんぎゃんと何かわめいているが、言葉が追い付かない。


それほどまでにショックだったのだろうか。自分は。

いや、そんなはずはない。

頭の片隅にでも、分かっていたはずだ。

明宜は、何を考えているのか分からない。嘘をついていてもついていなくても、まったく読めないのだから。


だから、苦しくないし辛くもないし、悲しくもない。

これは、嫌な夢をみたからこんな沈んだ気持ちになるんだ。

だから、だから。

そう言い訳しても、頭は追い付かない。



「ただいま」


遠くで声がする。


もう帰って来たのか。早いな、と思っていると、目の前に座っていた女の姿はすでになかった。

代わりに廊下を走る、かわいらしい音が聞こえる。


「……」


眩暈がひどい。ぐらぐらとしていて、立つことさえできない。

畳に手をあてて、目をとじる。目を閉じなければそのままひっくり返りそうだったからだ。

できたら、明宜のこんな姿を見せたくない。


「ぅ……っ」


体重を支える腕が無様に震えて、(ああ、このまま倒れたら楽だろうけど。)そう思うも、やはりあんな女とはいえ、女性の目の前で弱みを見せるのも癪だ。


――それでも、重力に逆らえないことが当たり前だとでもように、視界が余計に黒くなって――それから、意識が途切れた。




どうして。


どうして、おまえが。

おまえが生きて、私たちが死ななきゃいけなかったの。

おまえが死ねばよかったのに。

おまえが。

おまえが。

おまえ――永劫が。



「あ……っ?」


体がびくりとひきつって、目を見開く。

だるい手で額の汗をぬぐった。また、あの夢だ。


薄い掛布団がかけられていて、それをのろのろ持ち上げて、起き上る。


――確か、変な女が来て――それから、覚えていない。

倒れたのか、自分は。

今朝から眩暈がしていたから、そのせいだろうか。


「……はあ」


頭が痛いし未だ、くらくらとするし、気分がひどく悪い。

頭を押さえながら襖を開けると、どこからか話し声が聞こえてきた。


「……?」


あの変な女の声だろうか。きんきんとしている。

どうやら口論でもしているようだ。それにしても、あの声はただでさえ痛む頭が余計痛む。


明宜が付き合っているという、本当の「彼女」は、永劫からしてみればどこがいいのかよくわからない。

だが、自分と付き合うために別れろとは言えない。

言いたくないし、言う必要もない。

すべてが嘘だったのなら、きっと楽になれる。

こんな苦しい思いも、辛い思いも――ぜんぶ、殺せる。

殺して、なかったことにできる。きっと。いや、しなければならない。

そうすれば誰も傷つかないで済むのだから。


「……」


口論が聞こえる部屋の襖に手を当てる。ここを開ける勇気など、どこにもない。

口論の内容を聞くこともできない。

墨絵に手を触れて、目をとじる。

ぐらぐらとする頭が憎い。


こんなことになるのなら、明宜に会わなければよかった。あんな場所に行かなければよかった。

そうすれば、本当に誰も傷つかなかった。

傷つくのは、自分だけで十分だ。

ちぐはぐな世界のままでも、よかった。

指をさされることも慣れているのだから。

そうして人生をまっとうするのもいい。

このままでも。

このまま、でも。



「永劫くん!」


夢、

夢でもよかった。

現実でもよかった。

どちらでも、もういい。


からっぽになれれば、よかった。

感情も何もかも、なくなってしまえばよかったのに。


それでもその声は、引き戻してしまう。

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